Chico Freeman / Spirit Sensitive ( 米 India Navigation IN-1045 )
70年代後半という時代は、若い黒人がジャズ・ミュージシャンとして一旗あげるには前衛ジャズをやらざるを得ない、そういう時代だったのでは
ないだろうか。特に、シカゴで生まれ育った場合、それは避けようがない環境だったに違いない。好むと好まざるにかかわらず、物心ついた頃
にはすでに自分の家に置かれた家具のように、当たり前にそういう状況に取り囲まれていたんだと想像できる。
だから、チコ・フリーマンが前衛派として頭角を現したのも当然の成り行きだったのだと思う。でも、この人はある時期に前衛派から降りて、
その結果「牙が抜けた」と酷評され、ファンから見放されて、やがては過去の人となった。芸能というのは難しい。
でも、まだ全盛だった時期に急にこういうアルバムをリリースしていることからもわかるように、本人の中には迷いがあったのではないだろうか。
おそらくはアルバム・セールスのことを考えてのことだったとは思うけれど、それにしてもここまでストレートなバラード・アルバムが出てくるとは
誰も考えなかっただろう。前衛の人がたまに作るこういう作品には、どこか部分的にはフリーキーな要素が混ざるのが常だけど、このアルバムには
そういう箇所は皆無で、100%ピュアなバラード・アルバムとして徹底されている。
彼のテナー奏者としての技術力の高さが実感できる内容で、これは本当に上手いテナーだと理屈抜きでわかる。そういうテナーを当時の一流メンバー
が支えるのだから名盤になるのは当たり前で、尚且つレコードとしても極めて音質がいいから、これは必携の一枚。70年代のジャズが嫌いな人も、
さすがにこれは褒めることになるだろう。中でも、セシル・マクビーのベースは圧巻だ。
涙なしには聴けない "Close To You Alone" は、アート・ペッパーと双璧を成す名演。とても余技として作った作品だとは思えるはずもなく、
こちらが本音だったのではないか、と勘繰らざるを得ない。