Bill Evans / Waltz For Debby ( 日本ビクター VIJ-113 )
1984年に日本ビクターが再カッティングして3度目にリリースしたアルバム。前回同様、"LoCele Record Company" が持つマスターを使った、
とあるが、この会社はネットで調べても何も出てこず、住所がケイマン諸島だったことがわかるのみ。つまり、この会社は実態のない、
ダミー会社だったということだろう。カリブ海に浮かぶケイマン諸島はタックス・ヘイヴンだったため、税金逃れ目的の金融が流入していたから、
おそらくこれはアメリカのどこかの会社(あるいは個人)が作ったダミー会社である。片や、添付されている日本語のライナー・ノーツには
"Fantasy Records, INC. USA" が持つマスターを使ったという記載があるから、ファンタジー社のペーパー・カンパニーだったのかもしれない。
この歴史的遺産も個人/民間所有だったせいで、流浪の運命にあった。ここまでの芸術作品は、本来は公的博物館が所蔵・管理するべきなのだ。
そういう背景のよくわからない状況であるにもかかわらず、このプレスから出てくる音質は圧巻である。10年前にビクターが出したSMJ-6118
とはまた違う質感であることは明らか。とにかく、モチアンのシンバルの音の嵩と輝きが別物である。音が少し割れ気味になるくらい、
ギリギリのところまで引き上げている。カッティングを変えただけの効果だとは思えず、やはりマスタリングし直しているのではないだろうか。
オリジナル盤の "My Foolish Heart" はマザー・ディスク作成時に回したテープ再生がおそらく機械的不調のせいで全体に渡って音が揺れて
歪んでいるので船酔いしそうな感覚に襲われるが、ビクター盤はこの音揺れが無くなっている。この点1つ取っても、ビクター盤の品質は高い。
オリジナル原理主義者ならこの音の歪みさえ尊いと言うだろうが、それは普通の感覚とはズレた話である。
私がこのアルバムを初めて聴いたのは大学時代で、その時の現行品がこのプレスだった。新宿の紀伊国屋の2Fにあった帝都無線で新品を買った。
そして、"My Foolish Heart" の冒頭のモチアンのブラシ音にヤラれたのだ。本当に鳥肌が立った。あの感覚は今でも忘れることはない。
そういう個人的な体験があるので、その後一体何種類のこの作品を聴いたのか自分でもわからないけれど、私にとってはこのプレスこそが
真の "Waltz For Debby" 。今、こうして聴き比べてみても、このプレスの音の質感には何か別のものがあるのがよくわかる。