[11月7日14:00.都内の写真スタジオ 井辺翔太&MEGAbyte]
「はい、撮りまーす!」
サンタクロースをモチーフにした衣装を着て、ポスター撮影に挑むMEGAbyteの3人。
「はい、次!笑ってー!」
カメラマンの掛け声に合わせて、色々とポーズを取る。
クリスマス商戦のイベントの仕事が取れたので、今からポスターの撮影をしているのだ。
実はこれ、業務的には遅い方。
どうしても売れっ子の方が優先的になってしまうので、まだ新人の3人は撮影も後回しになってしまうのが実情だ。
「はい、OK!」
「お疲れさまです」
「ありがとうございました!」
セットから移動する3人。
「お疲れさまでした。いい笑顔でした」
井辺が3人を労う。
「お安い御用です」(Lily)
「まだまだ行けますよ!」(結月ゆかり)
「いい写真になるといいですね」(未夢)
3人の反応に頷いた井辺は口を開いた。
「頼もしい言葉です。それでは1度、事務所に戻りましょう。今日はアグレッシブな仕事が多いので、バッテリーの交換が必要です」
「そっかぁ……。夕方はMEIKOさんとKAITOさんのデュエットライブのバックがありましたね」
ムーディ✩アポ山さんな歌謡曲を歌うミニライブなのだが、バックダンスは結構ダンサブルなものらしい。
「昨日入ったばかりの仕事でしょ?」
「本当は別の人間のバックダンサーさんが務めることになっていたのですが、急きょ来れなくなりまして、それならうちの事務所で完結してしまおうということです。ボーカロイドなら、ダンスもパターンを入力すればノーレッスンで踊れますので」
「確かに……」
「ミク先輩が製造された当初は、本当にパターン化された動きしかできなかったんだけど、今のバージョンならもっとファジィな動きもできるしね」
「技術の進歩です。では、私は車を持ってきますので、着替えてお待ちください」
「はい!」
ボーカロイドから見れば『パターン化された動き』だが、人間から見れば『機械的な動き』である。
後者の表現の方が、いかにもつまらなく見えるだろう。
正に、そういうことだ。
因みに今の初音ミクのバージョンも、だいぶ進歩して、滑らかな動きでダンスができる。
都内の幹線道路を進む井辺達。
「プロデューサーさん」
リアシートに座るゆかりが話し掛けた。
「何ですか?」
「最近、社長さんが『もう1つのお仕事』をされていないようですけど、もう終わったんですか?」
「粗方、概ねは……。ただ、まだ謎は解けていないようです。それが解けるまで……というか、そのとっかかりを掴むまでは、こちらの本業に専念されるそうです」
「そうですか」
パッと顔を明るくするゆかり。
「それって、ほぼ95パーセントは平和になったってことですよね?」
「そういうことです。KR団自体は既に崩壊しましたし、後は脅威的なロボットが隠されているそうで、それの在り処……と言いますか、詳細な情報が入らないと動くに動けないそうです」
「つまり、その情報の入り待ちってことか……」
「95パーセント平和になったのに、社長さんも大変ですね」
「その辺は社長も完璧主義の御方です。100パーセントをお望みです」
「ロボット・テロを完全に封じる為にも、社長さんに協力してあげなくちゃね」
と、未夢。
「はい!」
「シンディさんの仕事、無くなっちゃいません?」
「いや……むしろシンディさんには、引き続き社長秘書と皆さんの護衛を務めれば良いと思うので、その心配は無いと思いますが」
井辺がルームミラー越しに言うと、
{「あ!?ゆかり、何か言った!?」}
通信機を通して、シンディが何か言ってきた。
「何でもないですぅ!」
ゆかりは慌てて、口を押さえて頭を低くした。
「大丈夫だって。いくらシンディでも、事務所からこんな場所まで撃ってこないから」
Lilyがゆかりの肩に手を置いた。
[同日同時刻 東京都墨田区・敷島エージェンシー 敷島孝夫&3号機のシンディ]
「全く。最近のMEGAbyte、調子に乗ってない?」
シンディは自分の右耳を押さえながら言った。
あたかも、インカムを押さえるかのようだ。
「ははははっ(笑)!売れる為には少しくらい調子に乗る方がいいんだよ」
敷島は社長室内の椅子に座り、窓の前に立つシンディの方を向いて言った。
「俺もこうして本業に専念することができたし、何かこのままバージョン1000とやらは無かったことにしたいな」
「いや多分あるって」
「まあな。だけども、噂程度の域をいい加減出てくれないと、俺達も動きようが無いしな」
「警察の方はどうなの?」
「ダメだ。鷲田警視達、情報を独占しやがって、こっちに提供してくれない」
ていうか普通、一般人に情報を提供することはない。
まあ、敷島や平賀は既に半分一般人ではないようなものだが。
「アタシが警視庁にスパイに行く?」
「お前じゃ潜入作戦ムリだよー。映画の女スパイはお前みたいな感じだけど、モノホンのスパイは小柄な地味女だぞ?」
「悪かったわね」
とはいえ、敷島の発言も半ば独断と偏見だったりする。
潜入先によっては、シンディみたいな高身長の美女の方がスパイとして成り立つ場合もあるだろう。
「ま、警視庁をテロる作戦に至った時には頼むわ」
「その言葉、平賀博士の前で言える?」
「……多分、エミリーを使って殺されると思う」
平賀は自分の姉を殺した犯人がKR団の関係者と知って、尚更ロボット・テロを蛇蝎の如く嫌うようになった。
主に情報戦であっても敷島が主体で行っていたのが、今では平賀が率先して行うようになっている。
敷島がこうして暢気に本業に専念しているのも、平賀が率先してくれているからだったりする。
「その平賀先生をして情報が手に入らないんだからな。まあ、『果報は寝て待て』って言うし、慌てずに年越ししようと思うよ」
その時、社長室の電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
{「社長、一海です。富士宮市の吉塚様と仰る方からお電話ですが、お繋ぎしてよろしいですか?」}
事務室にいる一海からだった。
本来の用途はメイドロイドだが、七海のデータを活用して、事務作業用に転用している。
衣装としてメイド服は持っているが、普段は事務服である。
「おー、吉塚さんか。いいよ、繋いで」
敷島が言うと、電話の向こうから聞こえて来たのは広美という老婆の声ではなかった。
{「……敷島エージェンシーの敷島社長さんですか?」}
「はい、そうですが?えーと……富士宮市の吉塚さん、ですよね?」
{「はい」}
「広美さんとはお声が違うようですが、ご家族の方ですか?」
{「私は広美の娘の佐野……旧姓が吉塚ですが、佐野瑞穂と申します」}
「そうでしたか。……もしかして、お母様に何かありましたか?」
{「母が先月他界しましたので、遺品を整理していましたら、社長さんの名刺が見つかりまして……」}
「そうですか。お亡くなりに……」
10月に入ってから急に具合が悪くなり、あっという間に急逝したそうである。
既に告別式まで終えたわけであるが、敷島の名刺が見つかり、その裏に、
{「この名刺を見つけたら、社長さんに連絡するようにと書かれていましたので……」}
「そう、ですか。それはどういった理由なのでしょう?」
{「もう1枚、大学教授の平賀太一……先生の名刺には、母の遺品をお渡しするように書かれていましたので……」}
(俺と平賀先生の2枚に分けて、遺言を書いたのか?)
確かに9月26日に会った時、敷島と平賀は吉塚広美に名刺を渡している。
だから家族が連絡してくること自体は、何ら不自然ではない。
「その遺品、私達に渡しても大丈夫なのですか?もし値打ち物だったとしたら、御親族の方で問題にされたりとかは……」
{「いえ、特に値打ち物ではないみたいです。母が以前勤めていた仕事に関することのようで、私達には何も分からない物ですから」}
「そうですか。では早速、お伺いさせて頂きます。御都合のよろしい日にちと時間を教えてください」
何やら大きく動き出しそうであった。
敷島は早速平賀にも今の件を連絡すると、再び静岡へ向かう算段をしたのである。
「はい、撮りまーす!」
サンタクロースをモチーフにした衣装を着て、ポスター撮影に挑むMEGAbyteの3人。
「はい、次!笑ってー!」
カメラマンの掛け声に合わせて、色々とポーズを取る。
クリスマス商戦のイベントの仕事が取れたので、今からポスターの撮影をしているのだ。
実はこれ、業務的には遅い方。
どうしても売れっ子の方が優先的になってしまうので、まだ新人の3人は撮影も後回しになってしまうのが実情だ。
「はい、OK!」
「お疲れさまです」
「ありがとうございました!」
セットから移動する3人。
「お疲れさまでした。いい笑顔でした」
井辺が3人を労う。
「お安い御用です」(Lily)
「まだまだ行けますよ!」(結月ゆかり)
「いい写真になるといいですね」(未夢)
3人の反応に頷いた井辺は口を開いた。
「頼もしい言葉です。それでは1度、事務所に戻りましょう。今日はアグレッシブな仕事が多いので、バッテリーの交換が必要です」
「そっかぁ……。夕方はMEIKOさんとKAITOさんのデュエットライブのバックがありましたね」
ムーディ
「昨日入ったばかりの仕事でしょ?」
「本当は別の人間のバックダンサーさんが務めることになっていたのですが、急きょ来れなくなりまして、それならうちの事務所で完結してしまおうということです。ボーカロイドなら、ダンスもパターンを入力すればノーレッスンで踊れますので」
「確かに……」
「ミク先輩が製造された当初は、本当にパターン化された動きしかできなかったんだけど、今のバージョンならもっとファジィな動きもできるしね」
「技術の進歩です。では、私は車を持ってきますので、着替えてお待ちください」
「はい!」
ボーカロイドから見れば『パターン化された動き』だが、人間から見れば『機械的な動き』である。
後者の表現の方が、いかにもつまらなく見えるだろう。
正に、そういうことだ。
因みに今の初音ミクのバージョンも、だいぶ進歩して、滑らかな動きでダンスができる。
都内の幹線道路を進む井辺達。
「プロデューサーさん」
リアシートに座るゆかりが話し掛けた。
「何ですか?」
「最近、社長さんが『もう1つのお仕事』をされていないようですけど、もう終わったんですか?」
「粗方、概ねは……。ただ、まだ謎は解けていないようです。それが解けるまで……というか、そのとっかかりを掴むまでは、こちらの本業に専念されるそうです」
「そうですか」
パッと顔を明るくするゆかり。
「それって、ほぼ95パーセントは平和になったってことですよね?」
「そういうことです。KR団自体は既に崩壊しましたし、後は脅威的なロボットが隠されているそうで、それの在り処……と言いますか、詳細な情報が入らないと動くに動けないそうです」
「つまり、その情報の入り待ちってことか……」
「95パーセント平和になったのに、社長さんも大変ですね」
「その辺は社長も完璧主義の御方です。100パーセントをお望みです」
「ロボット・テロを完全に封じる為にも、社長さんに協力してあげなくちゃね」
と、未夢。
「はい!」
「シンディさんの仕事、無くなっちゃいません?」
「いや……むしろシンディさんには、引き続き社長秘書と皆さんの護衛を務めれば良いと思うので、その心配は無いと思いますが」
井辺がルームミラー越しに言うと、
{「あ!?ゆかり、何か言った!?」}
通信機を通して、シンディが何か言ってきた。
「何でもないですぅ!」
ゆかりは慌てて、口を押さえて頭を低くした。
「大丈夫だって。いくらシンディでも、事務所からこんな場所まで撃ってこないから」
Lilyがゆかりの肩に手を置いた。
[同日同時刻 東京都墨田区・敷島エージェンシー 敷島孝夫&3号機のシンディ]
「全く。最近のMEGAbyte、調子に乗ってない?」
シンディは自分の右耳を押さえながら言った。
あたかも、インカムを押さえるかのようだ。
「ははははっ(笑)!売れる為には少しくらい調子に乗る方がいいんだよ」
敷島は社長室内の椅子に座り、窓の前に立つシンディの方を向いて言った。
「俺もこうして本業に専念することができたし、何かこのままバージョン1000とやらは無かったことにしたいな」
「いや多分あるって」
「まあな。だけども、噂程度の域をいい加減出てくれないと、俺達も動きようが無いしな」
「警察の方はどうなの?」
「ダメだ。鷲田警視達、情報を独占しやがって、こっちに提供してくれない」
ていうか普通、一般人に情報を提供することはない。
まあ、敷島や平賀は既に半分一般人ではないようなものだが。
「アタシが警視庁にスパイに行く?」
「お前じゃ潜入作戦ムリだよー。映画の女スパイはお前みたいな感じだけど、モノホンのスパイは小柄な地味女だぞ?」
「悪かったわね」
とはいえ、敷島の発言も半ば独断と偏見だったりする。
潜入先によっては、シンディみたいな高身長の美女の方がスパイとして成り立つ場合もあるだろう。
「ま、警視庁をテロる作戦に至った時には頼むわ」
「その言葉、平賀博士の前で言える?」
「……多分、エミリーを使って殺されると思う」
平賀は自分の姉を殺した犯人がKR団の関係者と知って、尚更ロボット・テロを蛇蝎の如く嫌うようになった。
主に情報戦であっても敷島が主体で行っていたのが、今では平賀が率先して行うようになっている。
敷島がこうして暢気に本業に専念しているのも、平賀が率先してくれているからだったりする。
「その平賀先生をして情報が手に入らないんだからな。まあ、『果報は寝て待て』って言うし、慌てずに年越ししようと思うよ」
その時、社長室の電話が鳴った。
「はい、もしもし?」
{「社長、一海です。富士宮市の吉塚様と仰る方からお電話ですが、お繋ぎしてよろしいですか?」}
事務室にいる一海からだった。
本来の用途はメイドロイドだが、七海のデータを活用して、事務作業用に転用している。
衣装としてメイド服は持っているが、普段は事務服である。
「おー、吉塚さんか。いいよ、繋いで」
敷島が言うと、電話の向こうから聞こえて来たのは広美という老婆の声ではなかった。
{「……敷島エージェンシーの敷島社長さんですか?」}
「はい、そうですが?えーと……富士宮市の吉塚さん、ですよね?」
{「はい」}
「広美さんとはお声が違うようですが、ご家族の方ですか?」
{「私は広美の娘の佐野……旧姓が吉塚ですが、佐野瑞穂と申します」}
「そうでしたか。……もしかして、お母様に何かありましたか?」
{「母が先月他界しましたので、遺品を整理していましたら、社長さんの名刺が見つかりまして……」}
「そうですか。お亡くなりに……」
10月に入ってから急に具合が悪くなり、あっという間に急逝したそうである。
既に告別式まで終えたわけであるが、敷島の名刺が見つかり、その裏に、
{「この名刺を見つけたら、社長さんに連絡するようにと書かれていましたので……」}
「そう、ですか。それはどういった理由なのでしょう?」
{「もう1枚、大学教授の平賀太一……先生の名刺には、母の遺品をお渡しするように書かれていましたので……」}
(俺と平賀先生の2枚に分けて、遺言を書いたのか?)
確かに9月26日に会った時、敷島と平賀は吉塚広美に名刺を渡している。
だから家族が連絡してくること自体は、何ら不自然ではない。
「その遺品、私達に渡しても大丈夫なのですか?もし値打ち物だったとしたら、御親族の方で問題にされたりとかは……」
{「いえ、特に値打ち物ではないみたいです。母が以前勤めていた仕事に関することのようで、私達には何も分からない物ですから」}
「そうですか。では早速、お伺いさせて頂きます。御都合のよろしい日にちと時間を教えてください」
何やら大きく動き出しそうであった。
敷島は早速平賀にも今の件を連絡すると、再び静岡へ向かう算段をしたのである。