[9月25日23:30.天候:雨 JR新宿駅・中央本線ホーム 稲生勇太]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の9番線の列車は、23時54分発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。この列車は、6両です。全部の車両が指定席となっております〕
帰宅の乗客で賑わう新宿駅。
稲生のように列車を待つ者もいれば、稲生と同じような旅行者の装備をしていながら、あえて駅の外に向かう者達もいる。
それは恐らく、夜行バス組だろう。
新宿駅もJRバスなら新宿駅新南口、中央高速バスなどの京王バスが絡む路線なら新宿駅西口高速バスターミナル、それ以外の元ツアーバスなら……新宿公園付近から出発する。
稲生ももし列車のキップが取れなければ、京王バスのターミナルに向かっていたことだろう。
家を出る前に一応、風呂には入ってきたのだが、9月下旬になっても蒸し暑いので、列車を待つ間、また汗をかいてしまっていた。
自動販売機でSuicaで冷たいペットボトル入りの飲み物なんかを買ったりしているうちに、
〔まもなく9番線に、当駅始発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、6両です。全部の車両が指定席となっております。……〕
と、ATOSの自動放送がホームに響き渡った。
当然のことながら駅員がその後の肉声放送で、改めて指定席券が無いと定期券などでは乗れないこと、車内販売やら自動販売機が車内には無いことが放送された。
ゆっくりと入線してきた電車は、かつて特急“あさま”号で使用された特急用の車両。
9両編成とか11両編成とかが当時はあったが、今現在はグリーン車も無くなって6両だけに短縮された。
〔「業務放送です。9番8421M、準備ができましたら、ドア操作願います」〕
プシューとエアの音がして、ドアが開く。
乗り込んでみると、さすがに車内は空調が効いていた。
先頭車はグレードアップ車両と呼ばれ、シートピッチなどが広くなった当たり車両である。
「うん?」
指定席券を手に座席を探していると、自分の席に新聞が置かれていた。
この電車は車両基地から来た整備済みの車両だ。
折り返しの乗客が置いて行ったはずがない。
よく見るとその新聞は使用済みではなく、まるで買ったばかりそのままの状態できれいに畳まれており、しかもその新聞が、『アルカディア・タイムス日本語版』だった。
アルカディア・タイムスとは、魔界の王都アルカディア・シティに本社を置く新聞社である。
それがここにあるということは、明らかに稲生宛に置かれたものである。
(一体、何なんだ?)
取りあえず荷物を荷棚の上に置き、ペットボトルは座席の網ポケットに入れておいた。
〔「ご案内致します。この電車は23時54分発、臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きでございます。中央本線、大糸線回りの白馬行きです。……」〕
次々と乗客が乗り込んでくるが、稲生の隣に座る者は、まだ誰もいない。
新聞には、やはり大魔道師が殺されたことが大きく報じられていた。
『人間界フランス共和国北部の◯◯で、25日昼頃、1人の女性の惨殺遺体が見つかった。女性は世界魔道師連盟の中で大規模人数を抱えるダンテ一門の1人、クレア・バルバ・オブライエン師と見られ、契約相手のバルバドス(ゴエティア系)も惨殺された状態であったことから、いわゆる“魔の者”に殺害されたと見られる。また、直弟子として共に行動していたジェシカ・ベリア・オズモンド師も行方不明になっていることから、その安否が気遣われている。この事態に対して、大師範ダンテ・アリギエーリ師の声明はまだ発表されていない』
(“魔の者”に……1人前の魔道師さんが殺された!?)
稲生は新聞記事で初めて、事態を知ることができた。
おかげさまで、マリアの再・免許皆伝がコラム程度になってしまっていたが。
『ある消息筋の話によると、ダンテ一門の師範代の1人、イリーナ・レヴィア・ブリジッド師の直弟子であるマリアンナ・スカーレット氏の再登用(再・免許皆伝)が決定したという。理由は先般における“魔の者”との戦いに見事打ち勝った功績を大師範ダンテ・アリギエーリ氏が認め、特別に決められたとのこと。ダンテ一門はその規模の大きさから“魔の者”に狙われ、大魔道師(師範代)が殺害されるなどの被害を受けていることから、それに勝利した功績でもって登用することにより、“魔の者”に対する声明に代えるものと思われる。尚、イリーナ師においては、今年度より異例ともいえる日本人の魔道師見習いを“新卒採用”したことから、更なる具体的な対策が打ち立てられるものと見られる』
(ぼ、僕のことだ……)
稲生は複雑な気分になった。
結構、新聞に書かれるほどのものなのだということで、くすぐったい気分というか……。
新聞社はちゃんとマスコミの視点ではあるが、“魔の者”についての説明もしていた。
読者に普通の人間がいることも、ちゃんと想定しているのだろう。
そもそも、日本語版があるという時点で【お察しください】。
まあ、簡単に言えば、キリスト教の台頭で、悪魔の方も団結していかないと、人間界にすらいられなくなるのだそうだ。
そういえば、日本妖怪の妖狐や鬼族もそうであったことを稲生は思い出した。
しかし中には団結など無意味で、我が道を行く強い悪魔も存在する。
もっとも、それは人間界にいないで、大抵は魔界にいるのでそんなに問題は無い。
アルカディア王国が監視したり、篭絡して取り込んだりしているので、尚更そんなに心配することはない。
問題は、それとも言えないタイプ。
中途半端に力が強く、人間に憑依することなどお手のもので、しかし他の悪魔と団結することも全くしない。
中途半端に強いせいか、例えば強い力を持つ七つの大罪の悪魔達をも恐れぬため、尚更面倒な悪魔。
それが、“魔の者”らしい。
悪魔に魅入られ、憑依されて取り込まれた人間は悪魔の命に従い、その手を血に染めていく。
マリアが地獄とも言える虐待を受けたのも、マリアの魔道師化を阻止しようとした“魔の者”がスクールメイトに憑依して襲わせたとの見方が今では濃厚である。
もっとも、イリーナにはその手口は通用しなかったが。
“魔の者”にとっては、キリスト教の聖職者よりも、むしろ悪魔と契約して敵対する魔道師の方が物凄く面倒な相手らしい。
その為、目障りな魔道師を消そうとしているのだろうと……。
稲生が“魔の者”に襲われなかったのは、まさか日本人が魔道師になるとは“魔の者”も想定していなかったからかなとか、もしくは妖狐という高等な妖怪に守られていたからかなとか、そもそも仏法によって加護されていたからかなとか稲生は思った。
まあ、とにかく、魔道師を消すことに成功した“魔の者”が味をしめて、また他の魔道師や、はたまた稲生達に標的を定めないとは限らない。
詳しいことは、恐らくマリア達が知っているはずだ。
(早く戻って、詳細を聞こう)
新聞を熟読しているうちに、いつの間にか発車時刻になっており、列車は定刻通りに新宿駅を出発した。
未だに雨粒は、窓ガラスを叩いている。
まだ稲生の隣の席に、誰かが座るということはなかった。
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の9番線の列車は、23時54分発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。この列車は、6両です。全部の車両が指定席となっております〕
帰宅の乗客で賑わう新宿駅。
稲生のように列車を待つ者もいれば、稲生と同じような旅行者の装備をしていながら、あえて駅の外に向かう者達もいる。
それは恐らく、夜行バス組だろう。
新宿駅もJRバスなら新宿駅新南口、中央高速バスなどの京王バスが絡む路線なら新宿駅西口高速バスターミナル、それ以外の元ツアーバスなら……新宿公園付近から出発する。
稲生ももし列車のキップが取れなければ、京王バスのターミナルに向かっていたことだろう。
家を出る前に一応、風呂には入ってきたのだが、9月下旬になっても蒸し暑いので、列車を待つ間、また汗をかいてしまっていた。
自動販売機でSuicaで冷たいペットボトル入りの飲み物なんかを買ったりしているうちに、
〔まもなく9番線に、当駅始発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、6両です。全部の車両が指定席となっております。……〕
と、ATOSの自動放送がホームに響き渡った。
当然のことながら駅員がその後の肉声放送で、改めて指定席券が無いと定期券などでは乗れないこと、車内販売やら自動販売機が車内には無いことが放送された。
ゆっくりと入線してきた電車は、かつて特急“あさま”号で使用された特急用の車両。
9両編成とか11両編成とかが当時はあったが、今現在はグリーン車も無くなって6両だけに短縮された。
〔「業務放送です。9番8421M、準備ができましたら、ドア操作願います」〕
プシューとエアの音がして、ドアが開く。
乗り込んでみると、さすがに車内は空調が効いていた。
先頭車はグレードアップ車両と呼ばれ、シートピッチなどが広くなった当たり車両である。
「うん?」
指定席券を手に座席を探していると、自分の席に新聞が置かれていた。
この電車は車両基地から来た整備済みの車両だ。
折り返しの乗客が置いて行ったはずがない。
よく見るとその新聞は使用済みではなく、まるで買ったばかりそのままの状態できれいに畳まれており、しかもその新聞が、『アルカディア・タイムス日本語版』だった。
アルカディア・タイムスとは、魔界の王都アルカディア・シティに本社を置く新聞社である。
それがここにあるということは、明らかに稲生宛に置かれたものである。
(一体、何なんだ?)
取りあえず荷物を荷棚の上に置き、ペットボトルは座席の網ポケットに入れておいた。
〔「ご案内致します。この電車は23時54分発、臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きでございます。中央本線、大糸線回りの白馬行きです。……」〕
次々と乗客が乗り込んでくるが、稲生の隣に座る者は、まだ誰もいない。
新聞には、やはり大魔道師が殺されたことが大きく報じられていた。
『人間界フランス共和国北部の◯◯で、25日昼頃、1人の女性の惨殺遺体が見つかった。女性は世界魔道師連盟の中で大規模人数を抱えるダンテ一門の1人、クレア・バルバ・オブライエン師と見られ、契約相手のバルバドス(ゴエティア系)も惨殺された状態であったことから、いわゆる“魔の者”に殺害されたと見られる。また、直弟子として共に行動していたジェシカ・ベリア・オズモンド師も行方不明になっていることから、その安否が気遣われている。この事態に対して、大師範ダンテ・アリギエーリ師の声明はまだ発表されていない』
(“魔の者”に……1人前の魔道師さんが殺された!?)
稲生は新聞記事で初めて、事態を知ることができた。
おかげさまで、マリアの再・免許皆伝がコラム程度になってしまっていたが。
『ある消息筋の話によると、ダンテ一門の師範代の1人、イリーナ・レヴィア・ブリジッド師の直弟子であるマリアンナ・スカーレット氏の再登用(再・免許皆伝)が決定したという。理由は先般における“魔の者”との戦いに見事打ち勝った功績を大師範ダンテ・アリギエーリ氏が認め、特別に決められたとのこと。ダンテ一門はその規模の大きさから“魔の者”に狙われ、大魔道師(師範代)が殺害されるなどの被害を受けていることから、それに勝利した功績でもって登用することにより、“魔の者”に対する声明に代えるものと思われる。尚、イリーナ師においては、今年度より異例ともいえる日本人の魔道師見習いを“新卒採用”したことから、更なる具体的な対策が打ち立てられるものと見られる』
(ぼ、僕のことだ……)
稲生は複雑な気分になった。
結構、新聞に書かれるほどのものなのだということで、くすぐったい気分というか……。
新聞社はちゃんとマスコミの視点ではあるが、“魔の者”についての説明もしていた。
読者に普通の人間がいることも、ちゃんと想定しているのだろう。
そもそも、日本語版があるという時点で【お察しください】。
まあ、簡単に言えば、キリスト教の台頭で、悪魔の方も団結していかないと、人間界にすらいられなくなるのだそうだ。
そういえば、日本妖怪の妖狐や鬼族もそうであったことを稲生は思い出した。
しかし中には団結など無意味で、我が道を行く強い悪魔も存在する。
もっとも、それは人間界にいないで、大抵は魔界にいるのでそんなに問題は無い。
アルカディア王国が監視したり、篭絡して取り込んだりしているので、尚更そんなに心配することはない。
問題は、それとも言えないタイプ。
中途半端に力が強く、人間に憑依することなどお手のもので、しかし他の悪魔と団結することも全くしない。
中途半端に強いせいか、例えば強い力を持つ七つの大罪の悪魔達をも恐れぬため、尚更面倒な悪魔。
それが、“魔の者”らしい。
悪魔に魅入られ、憑依されて取り込まれた人間は悪魔の命に従い、その手を血に染めていく。
マリアが地獄とも言える虐待を受けたのも、マリアの魔道師化を阻止しようとした“魔の者”がスクールメイトに憑依して襲わせたとの見方が今では濃厚である。
もっとも、イリーナにはその手口は通用しなかったが。
“魔の者”にとっては、キリスト教の聖職者よりも、むしろ悪魔と契約して敵対する魔道師の方が物凄く面倒な相手らしい。
その為、目障りな魔道師を消そうとしているのだろうと……。
稲生が“魔の者”に襲われなかったのは、まさか日本人が魔道師になるとは“魔の者”も想定していなかったからかなとか、もしくは妖狐という高等な妖怪に守られていたからかなとか、そもそも仏法によって加護されていたからかなとか稲生は思った。
まあ、とにかく、魔道師を消すことに成功した“魔の者”が味をしめて、また他の魔道師や、はたまた稲生達に標的を定めないとは限らない。
詳しいことは、恐らくマリア達が知っているはずだ。
(早く戻って、詳細を聞こう)
新聞を熟読しているうちに、いつの間にか発車時刻になっており、列車は定刻通りに新宿駅を出発した。
未だに雨粒は、窓ガラスを叩いている。
まだ稲生の隣の席に、誰かが座るということはなかった。