報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「稲生家の夜」 2

2016-11-13 20:59:05 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[11月5日03:32.天候:晴 埼玉県さいたま市 稲生家]

 マリアはとある廃屋の中で目が覚め、そこから脱出するという夢を見た。
 気がつくと、どこか欧米の田舎にあるような民家だった廃屋みたいな所にいて、そこから脱出しなければならないというもの。
 だが、ようやく勝手口の鍵を見つけて脱出しようとしたら、後ろからこの廃屋の主人らしき亡霊が実体を現し、
「お前も『家族』だ」
 と言って、思いっ切り殴られたというもの。

 マリア:「……はッ!?」

 殴られたところで目が覚めた。
 そこは夢の中と同じく、真っ暗闇の部屋。
 夢の中では目が覚めた場所のすぐ近くに海中電灯が落ちていたが、今回はそれが無い。
 しかし夢の中では朽ちた木の床の上で意識を取り戻したという設定だったのに対し、ここではちゃんとベッドの中にいる。
 段々暗闇にも目が慣れ、自分が今いる場所が初めての場所ではないということに気づいた。

 マリア:(そうか。勇太の家に一晩泊まらせてもらっているんだっけ……)

 隣ではイリーナが鼾ほどではないにせよ、結構大きな寝息を立てて眠っていた。

 マリア:(シャワー使ってもいいかな?)

 マリアはそっと客間を出ると、同じ1階にある浴室へ行こうとした。
 と、そこではたと気づく。

 マリア:(そういえば、シャワーだけなら2階にもあるって聞いたような……?)

 トイレの隣にあるとマリアは稲生から聞いたことがある。
 稲生の自室は2階にあって、実は入ったことは無い。
 というか、稲生家の2階には入った記憶が無い。
 威吹ですら、妖怪の攻撃があったり、もしくはその恐れがある時に警戒しなくてはならない場合以外は立ち入れなかったと聞く。
 今はもうそんなことは無い。
 威吹がいた頃は高等妖怪たる妖狐の威厳を利かせていたし、今は魔界において、それが厳しく制限されているからだ。
 もしいたとしても、ダンテ一門の魔道師にケンカを売るようなものだ。
 ヨーロッパでは今でも悪質モンスターによる襲撃があるらしいが、そこを拠点にしている魔道師達がすぐに対処しているという。

 マリア:(行ってみよう)

 マリアはそっと2階への階段を登った。

 マリア:「んっ?」

 2階に上がって、すぐにシャワールームの位置は分かった。
 だが、明らかに使用中である。

 マリア:「…………」

 マリアがしばらくフリーズしたかのように様子をうかがっていたが、そこから稲生が出て来た。
 完全に油断している為か、全裸である。

 稲生:「!!!」
 マリア:「!!!」

 稲生がびっくりして声にならない叫び声を上げるのと、マリアが押し殺した声で叫ぶのは同時だった。

 マリア:「だ、大丈夫だ!わ、私は何も見てないからっ!!」

 稲生は慌ててタオルを体に巻き付けた。
 そして、急いで自分の部屋に飛び込んだ。

 マリア:「マズいことしちゃったなぁ……」

 マリアは2階に上がったことを後悔した。
 で、かつて威吹から言われたこと、
「2階に無断で上がろうものなら、何が起きても知らないぜ?後悔してもオレは責任は取らん」
 と言っていた意味が分かったような気がしたが、さすがにこれは違うだろう。
 妖狐に予知能力があるとは思えないからだ。
 少しして、稲生が部屋から出て来た。

 稲生:「どうしたんですか、マリアさん?こんな時間に……」
 マリア:「す、すまない。寝汗をかいたんで、シャワーを使わせてもらおうと思って……。そ、その……2階にシャワールームがあるって聞いたものだから……。いや、1階のバスルームを使えばいいだろうってことは分かってる。だけどちょっと興味があって……」
 稲生:「そうなんですか。いや、実は僕も変な夢見たせいで寝汗をかいたんですよ。それで使ってたんです。もし良かったら、使ってください」
 マリア:「あ、ありがとう。……ん?変な夢?」
 稲生:「いきなり変な廃屋の中で目が覚めて、そこから謎解きをしながら脱出を目指すというものです。でも、3階に上がったら、電話が鳴ってて、それを取ったら女の人に意味不明なことを言われて……で、電話を切ってその部屋から出ようとしたら、いきなり現れたオジさんに肩を掴まれて、殴られて目が覚めました」
 マリア:「それって60歳くらいの白髪頭の白人で、眼鏡を掛けていなかったか?」
 稲生:「ほんの僅かな時間だったんですが、そうだったかもしれません」
 マリア:「やっぱり……」
 稲生:「やっぱりって?」
 マリア:「『お前も“家族”だ』って言ってなかったか?」
 稲生:「言ってました。どうして知ってるんですか?」
 マリア:「……私も似た夢を見たからだ。もっとも、私の場合は勝手口から出ようとしたら捕まって殴られたけどね」
 稲生:「……“魔の者”からの揺さぶりでしょうか?」
 マリア:「多分……。朝になったら、師匠に聞いてみよう」
 稲生:「先生はその夢を見ていらっしゃらないんでしょうか?」
 マリア:「私が師匠の寝顔を見た感じでは、そんなことは無さそうだった。ま、とにかく後で聞いてみよう」
 稲生:「分かりました」
 マリア:「……着替えを取って来る。ここ、使っていい?」
 稲生:「どうぞどうぞ」

 電話ボックスより一回り大きいくらいのシャワールーム。
 元々は洗面台があったのだが、シャワールームに改築した。
 “妖狐 威吹”ではその経緯が詳しく書かれた話があるのだが、要は今回のように、人間の夢の中に侵食して精気を吸い取る悪い妖怪がおり、威吹の警戒も空しく、悉くしてやられたということがあった。
 その副作用として寝汗を大量にかく為、その対策として改築された。
 たかだかそれだけでと思うだろうが、やられたのは稲生勇太だけではなく、稲生家全員とたまたま宿泊していたその親族まで襲われた。
 簡易的なものだったが、結局常設化し、今に至っている。
 尚、稲生家全員を悪夢でもって襲撃していた妖怪は、無事に威吹の妖刀によって斬り伏せられている。
 その妖怪は、威吹もまた妖怪でありながら人間を守ることを卑怯だとなじったが、威吹は全く気にすることなくトドメを刺した。

 威吹:「あぁ?他人の獲物を横取りしに来て言うセリフじゃねぇだろ?貴様がオレのを横取りしに来たから、それを守っただけの話だ。……死ね!」

 結果的には稲生家の危機を救ったことになるので、稲生家における威吹の株は上がったのだが。

 威吹:「ボクはユタを横取りしようとしたヤツから守っただけです。大したことはしていませんよ」

 という謙虚なセリフが尚、好印象であったらしい。
 それが為、威吹が稲生勇太の手から離れようとした時には大いに残念がられたとのこと。
 稲生はマリアがシャワールームを使っている間、ベッドに潜り込んで、そんなことを思い出していた。
 今でこそ自分専用で、自分がいない間は父親がたまに使っている程度の物になってしまったが、まさかここでマリアが使いたがるとは思わなかった。

 稲生:(変な夢見ちゃったけど、結果オーライだったな。ははは……)

 そして稲生はまた眠りに落ちた。
 今度は変な夢を見ることは無かった。
コメント
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