[12月29日14:41.天候:晴 JR新宿駅]
稲生達を乗せた特急列車は何事も無く、定刻通りに中央線の線路の上を走っていた。
特急は通過する藤野駅周辺に差し掛かると、車窓から以前世話になった合宿所が見える為、その時の話にも花が咲いた。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。まもなく終点、新宿です。……〕
稲生:「もうすぐですね。話をしていたら、あっという間だなぁ……」
マリア:「そうだね」
マリアは笑みを浮かべて、荷物を下ろした。
ミク人形やハク人形が入っている荷物だ。
ミク人形(ミカエラ):「マスターも笑ってくれるようになったねぇ」
ハク人形(クラリス):「ただのジゴロじゃなくて良かったね」
少なくとも、人形達からの稲生に対する評価は徐々に上がっているもよう。
電車はポイントを何度も通過しながら、ゆっくりと中央本線特急ホーム10番線に到着した。
〔しんじゅく〜、新宿〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
2人の魔道師は他の乗客に続いてホームに降り立った。
稲生:「うーん……。長野みたいに雪があるわけじゃないですけど、こっちもこっちで寒いですねぇ……」
マリア:「ユウタは寒がりだなぁ……」
マリアは苦笑に近い笑みを浮かべた。
マリア:「私の同期が“魔の者”との戦いで、雪の降るロンドンを駆け回ったんだ。ユウタもしっかりしてくれ」
稲生:「“魔の者”が?」
マリア:「最近私達の前に現れないのは、どうも他の魔道師に狙いを変えたからみたいなんだ。日本じゃ、魔界からの取り締まりも厳しくなったからな」
そもそも魔界王国アルカディアのナンバー2である首相が日本人ともあれば、元々取り締まりは強かったのだろう。
それが更に強化されたということか。
魔女達にボコられてばっかの横田理事も、何気に実は取り締まりと警戒強化の為に人間界に出入りしていると聞く。
稲生:「日本から出て行って、外国で活動する魔道師に狙いを変えましたか。懲りないヤツだなぁ……」
マリア:「まだ分かんないよ。何しろ、悪魔の考えることだ。私達には想像も付かないことを考えているかもだ。そう見せかけておいて、いつまた日本に戻ってくるか分かんないから」
稲生:「困りましたねぇ……」
[同日14:57.天候:晴 JR埼京線各駅停車10号車内]
稲生:「久しぶりのE233系だ」
マリア:「悪いね。トイレ行ってたせいで乗り遅れて……」
稲生:「いやいや。別に、本数は多いから大丈夫ですよ」
緑色の座席に隣り合って座る稲生達。
〔この電車は埼京線、各駅停車、大宮行きです〕
〔This is the Saikyo line train for Omiya.〕
〔「お待たせ致しました。埼京線、各駅停車の大宮行き、まもなく発車致します」〕
稲生:「このまま学校に向かっても良かったのに、いいんですか?僕の家に行っちゃって……」
マリア:「ああ。ご両親には今日帰ると伝えてあるんだろう?だったら、先に帰った方がいい。滞在期間は何日もあるんだ。1日もあれば十分さ」
稲生:「なるほど」
ホームに発車メロディが鳴り響く。
〔2番線の埼京線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車は1度再開閉してドアを閉めた後、走り出した。
〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は埼京線、各駅停車、大宮行きです。次は、池袋です。……〕
稲生:「そういえばさっきの話、“魔の者”がロンドンに出たって話のことなんですが……」
マリア:「だから、今回のクリスマスパーティには出てこなかったな。ハミルトン組のアリッサってヤツだ。ああ、他にもアリッサってヤツがいたけど、そいつとは別だから」
稲生:「名前被りしているんですねぇ……」
マリア:「よくある名前だからね。ユウタや師匠は私をマリアと呼ぶけど、他の魔女はマリアンナと呼ぶでしょ?他の組にも、別にマリアって名前のヤツがいるからだよ」
稲生:「ありゃ、そうでしたか」
マリア:「まあ、幸いにも普段日本に来ない組だから、ユウタと会うことは無いと思うから」
稲生:「はあ……」
マリア:「その、普段からイギリスにいるハミルトン組のアリッサは、ローブを着ていない状態で“魔の者”に立ち向かったって話だよ」
稲生:「そうなんですか!」
マリア:「魔女には珍しく、カレッジ(学院)通いしてたヤツだから、学校にそんなものは普段から持ち込めないでしょ?そこを突かれたらしい」
稲生やマリアのように、学校を卒業するか退学してから入門するのが普通だ。
ただ、年齢によっては……或いは、状況によっては例外的に学校(魔法学校などではなく、普通の)に通う者もいるという。
稲生:「あ……!」
マリア:「なに?」
稲生の脳裏に昔の記憶が蘇った。
それはまだ、稲生が東京中央学園の現役生だった頃。
学校が魔界の入口に面してしまい、そこからダダ漏れする妖気に晒されていた頃の話だ。
怪奇現象が多発して、七不思議どころか百不思議くらいあった頃である。
稲生は有り余る霊気を威吹に認められ、盟約を結んだのであるが、当然それは他の妖怪達からも狙われるということであった。
当時の霊力の強い同窓生達と組んで、悪質な怪奇現象を引き起こす妖怪達を威吹と共に倒していたことがあった。
今でも在校生達の語り草となっており、新聞部の取材を受けたこともある。
そんな稲生の前に、比較的強い妖怪が現れた。
最後には魔界に逃げられてしまい、それ以来会っていない。
変なやり取りをしたことがある。
稲生:「確か……。『お前はただの人間か?』なんてその妖怪が聞いてきました」
マリア:「だたの人間とは明らかに違う魔力を当時からユウタは持ってた。ザコ妖怪から見れば、信じ難いことだろうな」
稲生:「僕は、『何のことだ?』と聞きました。意味が分からなかったからです。そしたら妖怪が、『何かの修行を積んでいる最中ではないのか?』と聞いてきたんです。結局その後、威吹が自慢の妖刀を振りかざして斬り掛かって行ったんで、そこで会話は終了しましたが」
マリア:「なるほど」
稲生:「当時の僕は顕正会員だったもので、仏道修行のことを言ってたんだろうと思っていたんです。もしかしたら、違う意味のことを聞いてきてたのかなぁって……」
マリア:「そのモンスターがどんなヤツかは知らないけど、多分その宗教に基づいた修行のことも含めて聞いたんだと思う。ただ、強い妖怪を盟約でもって手懐けるという方法は、実は魔道師が悪魔と契約するのと同じことなんだ。高等妖怪である妖狐のイブキが、ユウタの言う事を聞いていたんで、その妖怪も驚いたんだろうね」
稲生:「威吹がいてくれたおかげで、だいぶ事が進みました。今でも彼には感謝しています」
マリア:「そうか」
マリアは頷いた後で、こう思った。
マリア:(師匠がユウタに目を付けたのは、偏にその部分なんだけどな)
ただ単に霊感が強い、霊力が強いというだけでは新弟子勧誘の理由にはならない。
それが素質とイコールかというと、そうとは限らないからだ。
また、例え素質を持っていたとしても、魔道師の修行に耐えられるかどうも問題視される。
人間時代に虐げられた者が多いのは、辛い人間時代と比べれば、まだ魔道師の修行の方が楽だからである。
稲生はその辺例外だが、イリーナだからこその人材発掘だったわけだ。
稲生:「再び、あの旧校舎に向かうことになるとは……。今からまた威吹を呼びましょうか?」
マリア:「心配無い。魔界の入口からホイホイ出てくるようなヤツはザコに決まってる」
稲生:「そうなんですか?」
マリア:「本当に強いヤツほど慎重なんだ。もしかしたら、罠かもしれないなんてね。だからザコ妖怪共がホイホイ出て行く様子を、高見で見物してるんだよ。そんなザコ達を私達で倒してやれば、強い妖怪達も諦めるよ。『ちっ、やっぱり取り締まる側の罠だったか』ってね」
稲生:「なるほど。だったら、早い方がいいんじゃないでしょうか?」
マリア:「もちろん、のんびりやるつもりは無いよ。でも、今日は先に家に帰っても大丈夫だと思うから」
稲生:「はあ……」
マリア:「急ぎでやらないといけないんだったら、とっくに師匠が動いてるさ」
稲生:「あ、それもそうですね」
稲生は納得した。
最後の乗り換え電車は、北に向かって進む。
稲生達を乗せた特急列車は何事も無く、定刻通りに中央線の線路の上を走っていた。
特急は通過する藤野駅周辺に差し掛かると、車窓から以前世話になった合宿所が見える為、その時の話にも花が咲いた。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。まもなく終点、新宿です。……〕
稲生:「もうすぐですね。話をしていたら、あっという間だなぁ……」
マリア:「そうだね」
マリアは笑みを浮かべて、荷物を下ろした。
ミク人形やハク人形が入っている荷物だ。
ミク人形(ミカエラ):「マスターも笑ってくれるようになったねぇ」
ハク人形(クラリス):「ただのジゴロじゃなくて良かったね」
少なくとも、人形達からの稲生に対する評価は徐々に上がっているもよう。
電車はポイントを何度も通過しながら、ゆっくりと中央本線特急ホーム10番線に到着した。
〔しんじゅく〜、新宿〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
2人の魔道師は他の乗客に続いてホームに降り立った。
稲生:「うーん……。長野みたいに雪があるわけじゃないですけど、こっちもこっちで寒いですねぇ……」
マリア:「ユウタは寒がりだなぁ……」
マリアは苦笑に近い笑みを浮かべた。
マリア:「私の同期が“魔の者”との戦いで、雪の降るロンドンを駆け回ったんだ。ユウタもしっかりしてくれ」
稲生:「“魔の者”が?」
マリア:「最近私達の前に現れないのは、どうも他の魔道師に狙いを変えたからみたいなんだ。日本じゃ、魔界からの取り締まりも厳しくなったからな」
そもそも魔界王国アルカディアのナンバー2である首相が日本人ともあれば、元々取り締まりは強かったのだろう。
それが更に強化されたということか。
魔女達にボコられてばっかの横田理事も、何気に実は取り締まりと警戒強化の為に人間界に出入りしていると聞く。
稲生:「日本から出て行って、外国で活動する魔道師に狙いを変えましたか。懲りないヤツだなぁ……」
マリア:「まだ分かんないよ。何しろ、悪魔の考えることだ。私達には想像も付かないことを考えているかもだ。そう見せかけておいて、いつまた日本に戻ってくるか分かんないから」
稲生:「困りましたねぇ……」
[同日14:57.天候:晴 JR埼京線各駅停車10号車内]
稲生:「久しぶりのE233系だ」
マリア:「悪いね。トイレ行ってたせいで乗り遅れて……」
稲生:「いやいや。別に、本数は多いから大丈夫ですよ」
緑色の座席に隣り合って座る稲生達。
〔この電車は埼京線、各駅停車、大宮行きです〕
〔This is the Saikyo line train for Omiya.〕
〔「お待たせ致しました。埼京線、各駅停車の大宮行き、まもなく発車致します」〕
稲生:「このまま学校に向かっても良かったのに、いいんですか?僕の家に行っちゃって……」
マリア:「ああ。ご両親には今日帰ると伝えてあるんだろう?だったら、先に帰った方がいい。滞在期間は何日もあるんだ。1日もあれば十分さ」
稲生:「なるほど」
ホームに発車メロディが鳴り響く。
〔2番線の埼京線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
電車は1度再開閉してドアを閉めた後、走り出した。
〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は埼京線、各駅停車、大宮行きです。次は、池袋です。……〕
稲生:「そういえばさっきの話、“魔の者”がロンドンに出たって話のことなんですが……」
マリア:「だから、今回のクリスマスパーティには出てこなかったな。ハミルトン組のアリッサってヤツだ。ああ、他にもアリッサってヤツがいたけど、そいつとは別だから」
稲生:「名前被りしているんですねぇ……」
マリア:「よくある名前だからね。ユウタや師匠は私をマリアと呼ぶけど、他の魔女はマリアンナと呼ぶでしょ?他の組にも、別にマリアって名前のヤツがいるからだよ」
稲生:「ありゃ、そうでしたか」
マリア:「まあ、幸いにも普段日本に来ない組だから、ユウタと会うことは無いと思うから」
稲生:「はあ……」
マリア:「その、普段からイギリスにいるハミルトン組のアリッサは、ローブを着ていない状態で“魔の者”に立ち向かったって話だよ」
稲生:「そうなんですか!」
マリア:「魔女には珍しく、カレッジ(学院)通いしてたヤツだから、学校にそんなものは普段から持ち込めないでしょ?そこを突かれたらしい」
稲生やマリアのように、学校を卒業するか退学してから入門するのが普通だ。
ただ、年齢によっては……或いは、状況によっては例外的に学校(魔法学校などではなく、普通の)に通う者もいるという。
稲生:「あ……!」
マリア:「なに?」
稲生の脳裏に昔の記憶が蘇った。
それはまだ、稲生が東京中央学園の現役生だった頃。
学校が魔界の入口に面してしまい、そこからダダ漏れする妖気に晒されていた頃の話だ。
怪奇現象が多発して、七不思議どころか百不思議くらいあった頃である。
稲生は有り余る霊気を威吹に認められ、盟約を結んだのであるが、当然それは他の妖怪達からも狙われるということであった。
当時の霊力の強い同窓生達と組んで、悪質な怪奇現象を引き起こす妖怪達を威吹と共に倒していたことがあった。
今でも在校生達の語り草となっており、新聞部の取材を受けたこともある。
そんな稲生の前に、比較的強い妖怪が現れた。
最後には魔界に逃げられてしまい、それ以来会っていない。
変なやり取りをしたことがある。
稲生:「確か……。『お前はただの人間か?』なんてその妖怪が聞いてきました」
マリア:「だたの人間とは明らかに違う魔力を当時からユウタは持ってた。ザコ妖怪から見れば、信じ難いことだろうな」
稲生:「僕は、『何のことだ?』と聞きました。意味が分からなかったからです。そしたら妖怪が、『何かの修行を積んでいる最中ではないのか?』と聞いてきたんです。結局その後、威吹が自慢の妖刀を振りかざして斬り掛かって行ったんで、そこで会話は終了しましたが」
マリア:「なるほど」
稲生:「当時の僕は顕正会員だったもので、仏道修行のことを言ってたんだろうと思っていたんです。もしかしたら、違う意味のことを聞いてきてたのかなぁって……」
マリア:「そのモンスターがどんなヤツかは知らないけど、多分その宗教に基づいた修行のことも含めて聞いたんだと思う。ただ、強い妖怪を盟約でもって手懐けるという方法は、実は魔道師が悪魔と契約するのと同じことなんだ。高等妖怪である妖狐のイブキが、ユウタの言う事を聞いていたんで、その妖怪も驚いたんだろうね」
稲生:「威吹がいてくれたおかげで、だいぶ事が進みました。今でも彼には感謝しています」
マリア:「そうか」
マリアは頷いた後で、こう思った。
マリア:(師匠がユウタに目を付けたのは、偏にその部分なんだけどな)
ただ単に霊感が強い、霊力が強いというだけでは新弟子勧誘の理由にはならない。
それが素質とイコールかというと、そうとは限らないからだ。
また、例え素質を持っていたとしても、魔道師の修行に耐えられるかどうも問題視される。
人間時代に虐げられた者が多いのは、辛い人間時代と比べれば、まだ魔道師の修行の方が楽だからである。
稲生はその辺例外だが、イリーナだからこその人材発掘だったわけだ。
稲生:「再び、あの旧校舎に向かうことになるとは……。今からまた威吹を呼びましょうか?」
マリア:「心配無い。魔界の入口からホイホイ出てくるようなヤツはザコに決まってる」
稲生:「そうなんですか?」
マリア:「本当に強いヤツほど慎重なんだ。もしかしたら、罠かもしれないなんてね。だからザコ妖怪共がホイホイ出て行く様子を、高見で見物してるんだよ。そんなザコ達を私達で倒してやれば、強い妖怪達も諦めるよ。『ちっ、やっぱり取り締まる側の罠だったか』ってね」
稲生:「なるほど。だったら、早い方がいいんじゃないでしょうか?」
マリア:「もちろん、のんびりやるつもりは無いよ。でも、今日は先に家に帰っても大丈夫だと思うから」
稲生:「はあ……」
マリア:「急ぎでやらないといけないんだったら、とっくに師匠が動いてるさ」
稲生:「あ、それもそうですね」
稲生は納得した。
最後の乗り換え電車は、北に向かって進む。