[12月29日12:00.天候:晴 JR松本駅→特急“あずさ”16号1号車内]
稲生とマリアは停車中の列車に乗り込んだ。
寒風吹きすさぶホームと比べ、車内は別世界のような暖かさだ。
イリーナと一緒の場合はそのお供としてグリーン車に乗ることもあったが(例外あり)、弟子達だけの場合は普通車である。
マリアはローマスター(一人前に成り立て)であり、まだ大金を稼ぐほど政財界と繋がりを持っていない為、贅沢はできない。
クレカも自分の物ではなく、イリーナから貸与されている、ゴールドカードのうちの1枚だ(イリーナ自身はプラチナカードやブラックカードを所持している)。
稲生:「この席ですね」
マリア:「うん」
稲生は指定席特急券の座席番号を見ながら座席に座った。
普通車と言えど、指定席には乗れる。
稲生は座席番号の時点で、だいたいどのあたりの場所か把握できた。
人形達の入っている大きなキャリーバッグは網棚に起き、座席に座る。
学生は冬休みに入っているのと、世間は仕事納めの時期で既に満席に近い状態となっている。
〔♪♪♪♪。この電車は篠ノ井線、中央本線直通、特別急行“あずさ”16号、新宿行きです。……〕
座席に座るとテーブルを出して、弁当とお茶を置いた。
マリアはローブを脱いで、それも荷棚の上に置いている。
イギリス人(白人)も早熟なイメージがある稲生だが、マリアは例外なのか、童顔で小柄な体型である。
人間時代の写真などは見たことが無いので分からないのだが、魔道師になったことで退行していないかと思ったものだ。
だが、クリスマスパーティで早熟なリリィや年齢不詳のエレーナ(自称、稲生やマリアより年下)を見て、もしエレーナの自己申告が本当だとしたら、エレーナもかなり早熟と言える。
なので、魔女だから幼く見えるということではないようだ。
マリアが例外なのだろう。
で、座席の上には『アルカディア・タイムス日本語版』が置かれていた。
折り返し列車で車内整備もしてから乗車開始となっているはずなので、乗客の忘れ物だとは思えない。
何より、きちんと畳まれた状態になっており、誰かが読み終えた後の古新聞という状態ではなかった。
アルカディア・タイムスというのは、主に魔界王国アルカディア国内のニュースが載っている新聞だ。
論調は沖縄タイムスや朝日新聞と違い、左翼偏重ではない。
で、この新聞の特徴は国内のニュースに留まらず、人間界のニュースも載っていることだった。
『東アジア魔道団、報復であることを正式に表明』『パク大統領よりチェ・スンシル師に対する報奨金が支払われず。契約不履行に対する報復手段として、韓国検察庁を動かしたもよう』『チェ師に対しても規則違反過多の廉で、尻尾切りか!?』
稲生:「この、東アジア魔道団の人達とは会ったことが無いですね」
マリア:「私達とは接点が無い。もしもうちの師匠があなたを見つけなかったら、ユウタはこの魔道団に勧誘されていたかもね」
稲生:「へえ、そうなんですか!」
マリア:「何しろ、素質のある人間は引っ張りだこだから。ダンテ一門では日本人はあなた1人だけだけど、この東アジア魔道団には日本人もいるって話だよ」
稲生:「そうなんですか」
いつの間にか列車は発車しており、車内に自動放送が響き渡っていた。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は篠ノ井線、中央本線、特別急行“あずさ”16号、新宿行きです。これから先、塩尻、岡谷、上諏訪、下諏訪、茅野、富士見、小淵沢、韮崎、甲府、八王子、立川、終点新宿の順に止まります。……〕
稲生達は駅弁の蓋を開けて、昼食を取ることにした。
ちょうど良い時間である。
マリア:「ユウタはあの魔道団に入らなくて良かったと思う。中国共産党の腐敗も、南北コリアのあの情勢も、みんな裏ではこいつらが引っ張ってるんだ」
稲生:「ええっ!?」
マリア:「やり過ぎなんだよ、あいつら。だからヘマすると、こうして表に出てきてしまう。本当は魔道師なんて、表に出ちゃいけないんだよ。私達がこうしてローブを羽織ってフードを深く被るというのは、そういう意味なんだ」
稲生:「そうでしたか」
自分では似合わないという下らない理由であまりローブを着用しない稲生は、まだまだ心構えが足りないということだ。
稲生:「! まさか、北朝鮮の拉致って……?」
マリア:「【お察しください】。てか、ここでそういう話はやめた方がいい。電車が終点まで着けなくなる」
稲生:「そ、そうですね」
マリア:「あなたもマスターになる頃には、色々分かって来ると思うから」
稲生:「はい……」
そこで思い出した。
イリーナが先日、深夜に行っていた儀式。
あれは明らかに、粛清の儀式だった。
稲生が思わず東アジア魔道団の秘密に迫ろうとしてしまったのと同じく、ダンテ一門の秘密について探ろうとした者がいたのだろう。
それをイリーナが見つけて粛清したというわけか。
稲生:「そういえば確かに、ダンテ一門は日本人どころか、アジア人自体が他にいませんね」
マリア:「昔はいたらしいけど、どうして今はいないんだか……」
稲生:「ダンテ先生はどうも黒人みたいです。ただ、黒人と言ってもその肌の黒さは千差万別で、アフリカ系のように真っ黒だったり、中東系みたいな褐色だったり、東南アジアみたいに茶色に近いパターンもありまして……」
マリア:「ユウタの見立てでは、大師匠様はどの辺のタイプだと思う?」
稲生:「ほとんどローブに隠れていますので、何とも……。ただ、アフリカ系ほどの黒さでは無さそうです」
マリア:「答えは……大師匠様御本人しか知らないだろうな」
稲生:「直弟子のイリーナ先生とかは?」
マリア:「知らないだろう。師匠も大師匠様の素顔をはっきり見たことは無いそうだ。だけども、確かに私ら白人のような白い肌ではなかったというよ」
稲生:「謎ですね」
マリア:「ユウタはあまり違和感無く受け入れたみたいだけど、私も師匠も大師匠様が黒人だったなんて違和感が大きかったね」
稲生:「そうなんですか?」
やはり、白人のDNAに染み付いた黒人差別からだろうか。
稲生:「僕にはよく分かりませんが……」
マリア:「例えばユウタはイエス・キリストの姿を思い浮かべる時、どんな姿を思い浮かべる?」
稲生:「どんなって……ベタな宗教画の法則にある、十字架に磔にされた姿ですが……」
マリア:「ああ、いや、そうじゃなくて。その磔にされているイエスは、どんな人種?」
稲生:「あー……まあ、白人かな。でもそれにしては、絵に描いているキリストの髪とか髭は黒っぽいですね」
マリア:「現在においては正解。でも、当時は分からないよ」
稲生:「?」
マリア:「エルサレムだのベツレヘムだの、あそこには2000年以上前から黒人も多く住んでいたそうだ」
稲生:「えっ?も、もしかして……?」
マリア:「イエス・キリストは黒人だったかもしれないってことさ。もっとも、こんなこと言ったら、白人のクリスチャン全員を敵に回すことになるだろう」
稲生:「それ、本当なんですか?」
マリア:「分からん。師匠だって、1000年そこらの年齢でしょ?イエス・キリストが活動していた時代は知らないけど、大師匠様が黒人であることを知って、そういう与太話ももしかしたらあるかもって言ってたんだ」
稲生:「なるほどねぇ……」
マリア:「大昔にあった魔女狩り。今でもどうしてあんなことが行われたのか、クリスチャン側からは分からないなんて無責任なこと言ってるけど、もしかしたら、当時の魔女が『イエス・キリストは黒人である!』なんて言ったのかもしれないな」
稲生:「な、なるほど……」
マリア:「このように、魔道師というのは、本当に表沙汰にされたら困るような人間達を相手にすることが多々ある。秘密を知った場合の取り扱いは、十分に注意しなよ?」
稲生:「わ、分かりました」
稲生は震えながら頷いて、再び弁当に箸をつけた。
マリアは紅茶を口にしながら、
マリア:(本当はこういうこと、師匠が教えるべきなのに……。ものぐさBBAめ)
と、思った。
列車は降り積もった雪の中から顔を出したレールの上を軽やかに進む。
稲生とマリアは停車中の列車に乗り込んだ。
寒風吹きすさぶホームと比べ、車内は別世界のような暖かさだ。
イリーナと一緒の場合はそのお供としてグリーン車に乗ることもあったが(例外あり)、弟子達だけの場合は普通車である。
マリアはローマスター(一人前に成り立て)であり、まだ大金を稼ぐほど政財界と繋がりを持っていない為、贅沢はできない。
クレカも自分の物ではなく、イリーナから貸与されている、ゴールドカードのうちの1枚だ(イリーナ自身はプラチナカードやブラックカードを所持している)。
稲生:「この席ですね」
マリア:「うん」
稲生は指定席特急券の座席番号を見ながら座席に座った。
普通車と言えど、指定席には乗れる。
稲生は座席番号の時点で、だいたいどのあたりの場所か把握できた。
人形達の入っている大きなキャリーバッグは網棚に起き、座席に座る。
学生は冬休みに入っているのと、世間は仕事納めの時期で既に満席に近い状態となっている。
〔♪♪♪♪。この電車は篠ノ井線、中央本線直通、特別急行“あずさ”16号、新宿行きです。……〕
座席に座るとテーブルを出して、弁当とお茶を置いた。
マリアはローブを脱いで、それも荷棚の上に置いている。
イギリス人(白人)も早熟なイメージがある稲生だが、マリアは例外なのか、童顔で小柄な体型である。
人間時代の写真などは見たことが無いので分からないのだが、魔道師になったことで退行していないかと思ったものだ。
だが、クリスマスパーティで早熟なリリィや年齢不詳のエレーナ(自称、稲生やマリアより年下)を見て、もしエレーナの自己申告が本当だとしたら、エレーナもかなり早熟と言える。
なので、魔女だから幼く見えるということではないようだ。
マリアが例外なのだろう。
で、座席の上には『アルカディア・タイムス日本語版』が置かれていた。
折り返し列車で車内整備もしてから乗車開始となっているはずなので、乗客の忘れ物だとは思えない。
何より、きちんと畳まれた状態になっており、誰かが読み終えた後の古新聞という状態ではなかった。
アルカディア・タイムスというのは、主に魔界王国アルカディア国内のニュースが載っている新聞だ。
論調は
で、この新聞の特徴は国内のニュースに留まらず、人間界のニュースも載っていることだった。
『東アジア魔道団、報復であることを正式に表明』『パク大統領よりチェ・スンシル師に対する報奨金が支払われず。契約不履行に対する報復手段として、韓国検察庁を動かしたもよう』『チェ師に対しても規則違反過多の廉で、尻尾切りか!?』
稲生:「この、東アジア魔道団の人達とは会ったことが無いですね」
マリア:「私達とは接点が無い。もしもうちの師匠があなたを見つけなかったら、ユウタはこの魔道団に勧誘されていたかもね」
稲生:「へえ、そうなんですか!」
マリア:「何しろ、素質のある人間は引っ張りだこだから。ダンテ一門では日本人はあなた1人だけだけど、この東アジア魔道団には日本人もいるって話だよ」
稲生:「そうなんですか」
いつの間にか列車は発車しており、車内に自動放送が響き渡っていた。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は篠ノ井線、中央本線、特別急行“あずさ”16号、新宿行きです。これから先、塩尻、岡谷、上諏訪、下諏訪、茅野、富士見、小淵沢、韮崎、甲府、八王子、立川、終点新宿の順に止まります。……〕
稲生達は駅弁の蓋を開けて、昼食を取ることにした。
ちょうど良い時間である。
マリア:「ユウタはあの魔道団に入らなくて良かったと思う。中国共産党の腐敗も、南北コリアのあの情勢も、みんな裏ではこいつらが引っ張ってるんだ」
稲生:「ええっ!?」
マリア:「やり過ぎなんだよ、あいつら。だからヘマすると、こうして表に出てきてしまう。本当は魔道師なんて、表に出ちゃいけないんだよ。私達がこうしてローブを羽織ってフードを深く被るというのは、そういう意味なんだ」
稲生:「そうでしたか」
自分では似合わないという下らない理由であまりローブを着用しない稲生は、まだまだ心構えが足りないということだ。
稲生:「! まさか、北朝鮮の拉致って……?」
マリア:「【お察しください】。てか、ここでそういう話はやめた方がいい。電車が終点まで着けなくなる」
稲生:「そ、そうですね」
マリア:「あなたもマスターになる頃には、色々分かって来ると思うから」
稲生:「はい……」
そこで思い出した。
イリーナが先日、深夜に行っていた儀式。
あれは明らかに、粛清の儀式だった。
稲生が思わず東アジア魔道団の秘密に迫ろうとしてしまったのと同じく、ダンテ一門の秘密について探ろうとした者がいたのだろう。
それをイリーナが見つけて粛清したというわけか。
稲生:「そういえば確かに、ダンテ一門は日本人どころか、アジア人自体が他にいませんね」
マリア:「昔はいたらしいけど、どうして今はいないんだか……」
稲生:「ダンテ先生はどうも黒人みたいです。ただ、黒人と言ってもその肌の黒さは千差万別で、アフリカ系のように真っ黒だったり、中東系みたいな褐色だったり、東南アジアみたいに茶色に近いパターンもありまして……」
マリア:「ユウタの見立てでは、大師匠様はどの辺のタイプだと思う?」
稲生:「ほとんどローブに隠れていますので、何とも……。ただ、アフリカ系ほどの黒さでは無さそうです」
マリア:「答えは……大師匠様御本人しか知らないだろうな」
稲生:「直弟子のイリーナ先生とかは?」
マリア:「知らないだろう。師匠も大師匠様の素顔をはっきり見たことは無いそうだ。だけども、確かに私ら白人のような白い肌ではなかったというよ」
稲生:「謎ですね」
マリア:「ユウタはあまり違和感無く受け入れたみたいだけど、私も師匠も大師匠様が黒人だったなんて違和感が大きかったね」
稲生:「そうなんですか?」
やはり、白人のDNAに染み付いた黒人差別からだろうか。
稲生:「僕にはよく分かりませんが……」
マリア:「例えばユウタはイエス・キリストの姿を思い浮かべる時、どんな姿を思い浮かべる?」
稲生:「どんなって……ベタな宗教画の法則にある、十字架に磔にされた姿ですが……」
マリア:「ああ、いや、そうじゃなくて。その磔にされているイエスは、どんな人種?」
稲生:「あー……まあ、白人かな。でもそれにしては、絵に描いているキリストの髪とか髭は黒っぽいですね」
マリア:「現在においては正解。でも、当時は分からないよ」
稲生:「?」
マリア:「エルサレムだのベツレヘムだの、あそこには2000年以上前から黒人も多く住んでいたそうだ」
稲生:「えっ?も、もしかして……?」
マリア:「イエス・キリストは黒人だったかもしれないってことさ。もっとも、こんなこと言ったら、白人のクリスチャン全員を敵に回すことになるだろう」
稲生:「それ、本当なんですか?」
マリア:「分からん。師匠だって、1000年そこらの年齢でしょ?イエス・キリストが活動していた時代は知らないけど、大師匠様が黒人であることを知って、そういう与太話ももしかしたらあるかもって言ってたんだ」
稲生:「なるほどねぇ……」
マリア:「大昔にあった魔女狩り。今でもどうしてあんなことが行われたのか、クリスチャン側からは分からないなんて無責任なこと言ってるけど、もしかしたら、当時の魔女が『イエス・キリストは黒人である!』なんて言ったのかもしれないな」
稲生:「な、なるほど……」
マリア:「このように、魔道師というのは、本当に表沙汰にされたら困るような人間達を相手にすることが多々ある。秘密を知った場合の取り扱いは、十分に注意しなよ?」
稲生:「わ、分かりました」
稲生は震えながら頷いて、再び弁当に箸をつけた。
マリアは紅茶を口にしながら、
マリア:(本当はこういうこと、師匠が教えるべきなのに……。ものぐさBBAめ)
と、思った。
列車は降り積もった雪の中から顔を出したレールの上を軽やかに進む。