今日もさいたま市内散策で、バスに3回ほど乗った。会社は全て違ったが、共通していたのは全てノンステップバスだったこと。交通バリアフリー法が施行されてから久しく、今や地方でも導入していることが多い。初期のノンステは座席の配置に相当苦労したらしく、それまでのツーステップタイプと比べて極端に座席数が減少したため、せっかく乗降はしやすくなっても、譲れる席が無い(着席しているのが全て、優先席のマークに書かれている乗客達で占められている)光景もよく見られ、本末転倒ではないかとの批判も出たほどである。そこで覚えているのが、都営バス。今はもう絶滅したと思うが、ワンステップタイプにボックスシートが存在した。中距離電車にも存在する、4人用向かい合わせの座席である。座席数の減少を少しでも減らそうと苦肉の策であったのは分かるが、これまた大不評だったそうだ。そりゃそうだ。生まれて此の方、乗り物酔いしたことの無い私が唯一乗り物酔いしたのが、都バスのボックシート逆向き席だったのだから。都民でなくても、都庁にクレーム入れたくなったほどだ。ついでに国土交通省にも、交通バリアフリー法なんてつまんねー法律廃止にしろと電話したくなったほどだ。
ああ、分かっている。障害者の気持ちなど、100%健常者が知る由もない。しかし、今では少し事情が変わって、ハートビル法と合わせて、容認派に転じている。その理由は、私が難病に罹患したからだ。私はトイレは洋式派だ。交通バリアフリー法とハートビル法では、障害者に優しくない和式トイレの設置を禁止している(確か、ある条件を満たせばOKだったと思うが、それは不明)。おかげで新型車両のトイレは、洋式が当たり前になった。
少し、話がズレてしまったので戻そう。未だにノンステ・ワンステ共に進化し続けているということだ。
続いて、仙台市営バスの思い出。
私がまだ小さかった頃、ワンマンバス7割に対して、ツーマンバスが3割程度走っていた。つまり、車掌乗務のバスである。バスの車掌と言えばバスガイドみたいな女性をイメージされるだろうが、私が覚えているのは全て男性車掌だった。ツーマン運転の場合は、前扉を閉め切り(なので前扉には『しめきり』の表示がしてあった)、中扉のみで乗客を乗降させていた(なので、中扉に『出入口』の表示がしてあった)。車掌は中扉の直後に乗務し、そのスペースの所だけ運転席のような窓になっていた(当時のバスは、客席窓は上下開放式)。中扉の横には車掌が操作する扉スイッチが設置されており、発車合図ボタンも設置されていた。因みにこの車掌スイッチ、ワンマン運転が常態化した今でも存在している。ほんとほんと。日本全国でここだけじゃないか?他のバス会社でも導入されているノンステ・ワンステにも、未だに車掌スイッチが設置されているのだ。もう仙台市営バスはツーマン運転を廃止しているのに何故だろう?未だに解けない謎だ。帰省したら、ミヤギテレビでやっている夕方の某番組に投稿してみようか。因みに仙台市地下鉄もワンマン運転だが、車掌用の機器は搭載されている。これは規格(というか法律?)で決まっているため、しょうがない。実際に都営大江戸線の車両にも、沖縄都市モノレールの車両にも搭載している(出口が左側の時、運転士が車掌用の乗降スイッチを使用する場面も見られる)。しかし、バスにはそんな規格は無い。つまり、仙台市交通局オリジナルと言える。仙台市民オンブズマンの皆さん、出番ですよ。この他にも、非常口の横に乗客が車内温度について運転手にリクエストするボタンまで付いていて(これも今は昔の話)、搭載されていたことのある車両では、その痕跡を見ることができる。一見画期的な装置のように見えるが、運転手の方で、「これ以上はムリです」と断られるパターンが多かったという。地下鉄車両に搭載した方が良かったんじゃね?始発電車、暖房の効き悪いし。
最後に、宮城交通の思い出。仙台市営と違って民間企業のこのバス会社、しかしそれでも仙台市営以上の個性的なバスを走らせていた。といっても、今でも他社からの中古車が多いからというのがその理由だが。民間企業らしく、こちらは私が小さい頃であっても、既にツーマン運転は廃止されていた。しかし、たまに方向幕(行き先表示機)が手動式のバスがまだあって、運転手がフロント上の部分と側面の経由地表示をレバーでクルクル回していたのを見ていて、子供心に大変だと思ったことがある。後ろには幕が付いていなかったようだ。
また、宮城交通は他社から中古車を購入しても、内装まではあまりいじくらない主義らしく、内装で元々どこの会社にいたものなのかが判別できた。これは5年くらい前の話だが、帰省した時にたまたま乗ってみたら、座席のモケットに、吊り橋、西洋風のお墓、靴や中華風の門の絵などが書かれているバスだった。ふとあるバス会社の名前が浮かんだ私は、それを写メに撮り、横浜に住んでいる友人にメールした。
「このバス知ってる?」
すると友人は、
「ああ!横浜市営バスだよ。なに?今、横浜にいるの?」
というメールを送ってきたくらいだ。種明かしに、もっと引いた写真と外観の写真を送ったら驚いていた。つまり、吊り橋は横浜ベイブリッジ、西洋風のお墓は外人墓地、中華風の門は中華街の入口で、靴は『赤い靴』だったというわけだ。ここは元都営バスなんかも走っているので、そのうち『みんくる』が描かれた座席のバスが走るようになるかもしれない。
ああ、分かっている。障害者の気持ちなど、100%健常者が知る由もない。しかし、今では少し事情が変わって、ハートビル法と合わせて、容認派に転じている。その理由は、私が難病に罹患したからだ。私はトイレは洋式派だ。交通バリアフリー法とハートビル法では、障害者に優しくない和式トイレの設置を禁止している(確か、ある条件を満たせばOKだったと思うが、それは不明)。おかげで新型車両のトイレは、洋式が当たり前になった。
少し、話がズレてしまったので戻そう。未だにノンステ・ワンステ共に進化し続けているということだ。
続いて、仙台市営バスの思い出。
私がまだ小さかった頃、ワンマンバス7割に対して、ツーマンバスが3割程度走っていた。つまり、車掌乗務のバスである。バスの車掌と言えばバスガイドみたいな女性をイメージされるだろうが、私が覚えているのは全て男性車掌だった。ツーマン運転の場合は、前扉を閉め切り(なので前扉には『しめきり』の表示がしてあった)、中扉のみで乗客を乗降させていた(なので、中扉に『出入口』の表示がしてあった)。車掌は中扉の直後に乗務し、そのスペースの所だけ運転席のような窓になっていた(当時のバスは、客席窓は上下開放式)。中扉の横には車掌が操作する扉スイッチが設置されており、発車合図ボタンも設置されていた。因みにこの車掌スイッチ、ワンマン運転が常態化した今でも存在している。ほんとほんと。日本全国でここだけじゃないか?他のバス会社でも導入されているノンステ・ワンステにも、未だに車掌スイッチが設置されているのだ。もう仙台市営バスはツーマン運転を廃止しているのに何故だろう?未だに解けない謎だ。帰省したら、ミヤギテレビでやっている夕方の某番組に投稿してみようか。因みに仙台市地下鉄もワンマン運転だが、車掌用の機器は搭載されている。これは規格(というか法律?)で決まっているため、しょうがない。実際に都営大江戸線の車両にも、沖縄都市モノレールの車両にも搭載している(出口が左側の時、運転士が車掌用の乗降スイッチを使用する場面も見られる)。しかし、バスにはそんな規格は無い。つまり、仙台市交通局オリジナルと言える。
最後に、宮城交通の思い出。仙台市営と違って民間企業のこのバス会社、しかしそれでも仙台市営以上の個性的なバスを走らせていた。といっても、今でも他社からの中古車が多いからというのがその理由だが。民間企業らしく、こちらは私が小さい頃であっても、既にツーマン運転は廃止されていた。しかし、たまに方向幕(行き先表示機)が手動式のバスがまだあって、運転手がフロント上の部分と側面の経由地表示をレバーでクルクル回していたのを見ていて、子供心に大変だと思ったことがある。後ろには幕が付いていなかったようだ。
また、宮城交通は他社から中古車を購入しても、内装まではあまりいじくらない主義らしく、内装で元々どこの会社にいたものなのかが判別できた。これは5年くらい前の話だが、帰省した時にたまたま乗ってみたら、座席のモケットに、吊り橋、西洋風のお墓、靴や中華風の門の絵などが書かれているバスだった。ふとあるバス会社の名前が浮かんだ私は、それを写メに撮り、横浜に住んでいる友人にメールした。
「このバス知ってる?」
すると友人は、
「ああ!横浜市営バスだよ。なに?今、横浜にいるの?」
というメールを送ってきたくらいだ。種明かしに、もっと引いた写真と外観の写真を送ったら驚いていた。つまり、吊り橋は横浜ベイブリッジ、西洋風のお墓は外人墓地、中華風の門は中華街の入口で、靴は『赤い靴』だったというわけだ。ここは元都営バスなんかも走っているので、そのうち『みんくる』が描かれた座席のバスが走るようになるかもしれない。