[2月24日13:00.天候:晴 神奈川県相模原市緑区 国家公務員特別研修センター地下医療施設]
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
ようやく私が退所できる日がやってきた。
午前中は最後の検査と医師の診察。
その後で退所の為の書類手続きなどだ。
最後に食堂で昼食を頂いてから帰ることになる。
予定では善場主任が迎えに来てくれることになっていたが、急な捜査会議で行けなくなったという。
リサは学校だし、高橋にも私の退院日を知らせていないということだった。
後者に関しては、本来ここは国家機密的な場所であり、一般人がホイホイと来る場所ではないかららしい。
私の場合は特殊な体質(Tウィルスへの抗体を持っていて、しかも中途半端ながら変異型Tウィルスへの抗体も持っていたこと)を調べる為、ここへは特別に収容されたということだ。
Tアビスと同様、抗体があったとしても、別の化け物に変化するだけということで、本来なら私もその目に遭うはずであった。
しかし、リサと1つ屋根の下で暮らしていたおかげか、彼女のGウィルスが僅かながらに私の体内に入っており、それが変異型Tウィルスが私の体の中で悪さをするのを抑えてくれていたらしい。
それでも私を体調不良にし、最終的には人工呼吸器まで付けなくてはならぬほどにまでなったが……。
さて、困ったのは帰りの足だ。
ようやっと地上に戻れて、本来の研修センターの正門で、守衛達による手荷物検査を受けていた時だった。
守衛:「ここからお1人で帰られるんですか?」
愛原:「そうなんですよ。ここから電車で東京に行くには、どうしたらいいですかね……」
守衛:「この門を出ると、坂道があるのは覚えてますか?」
守衛は私がここに来たことがあることを知っている人だった。
愛原:「あ、はい」
守衛:「坂道を登ると、県道に出ます」
愛原:「確かそうでしたね」
守衛:「県道に出たら、右に曲がってしばらく歩いてください。そしたら、バス停が見えてきます。そのバス停から藤野駅に行けるので、あとはそこから中央線ですね」
愛原:「なるほど。分かりました。ありがとうございます」
私は御礼を言って検査を終えた荷物を手に、研修センターをあとにした。
センター内では地下でも地上でも、個人的な連絡は禁止されていた。
しかし、公道に出ればそんな禁止事項も無効だろう。
それでも一応、そのバス停とやらに着いてから高橋に電話しようと思った。
県道はセンターラインがオレンジ色の二車線。
車通りは多くはないが少ないわけでもない。
夜は寂しく、もしかしたら目撃情報が無さそうなのを良いことに、誘拐事件とか発生しそうな感じではある。
だが、今は昼だからな。
県道に出て教えられた通り道をしばらく進むと、ようやく『名倉』というバス停に着いた。
そこでハッと気づく。
そういえばここは、市街地からも遠く離れた山間の場所なのだ。
そういう所って、バスの本数って少ないだろうな。
実際、バス停には他にバスを待っている利用者がいない。
時刻表を見ると、やはりお世辞にも本数が多いとは言えなかった。
どうも、地域の学校の通学の利便性を念頭に置いたダイヤらしく、平日は何とか両手で数えるほどの本数があり、土曜日は片手で数えるほどの本数、休日は全便運休という有り様だった。
幸い今日は平日だ。
まあ、だからリサは迎えに来れないのだろうが。
幸い時刻表には13時台の便があり、しかもあと10分ちょっとでバスが来るタイミングだった。
ホッとした私はバス停の前にある商店の自動販売機で缶コーヒーを買うと、それを開けながら高橋に電話した。
高橋:「先生!?大丈夫っスか!?」
思った通りの反応で電話に出てくれる高橋。
愛原:「ああ。大丈夫だよ」
高橋:「今、どこにいるんスか!?」
どうやら高橋は何も知らないようだ。
いやもちろん、私がどこかの医療施設に入っていたことくらいは知っているだろうが……。
愛原:「藤野の医療施設だよ。ほら、前に行ったことあるだろ?リサのウィルスで、もしかしたら新型コロナウィルスのワクチンが造れるかもしれないって行った所」
結局はリサのGウィルスは強力過ぎてその力を調節することが難しく、一般人には使えないことが判明して頓挫している。
私に使用されたGウィルスもリサのものではなく、善場主任の物が使われたそうだ。
現役BOWたるリサと、元BOWの善場主任とではGウィルスの強さにも差があるだろうからな。
高橋:「あそこっスか!」
愛原:「ようやく完治して退院できたよ。本当は善場主任が迎えに来てくれるはずだったんだけど、急用ができて自力で帰らなくてはならなくなった」
高橋:「ああ。善場の姉ちゃんなんスけど、『何とか東京中央学園上野高校にガサ入れする準備中』とか言ってるんスよ」
愛原:「ああ、そう……」
善場主任、私の治療先は伝えずに、もっと極秘な捜査情報は伝えてるんだな。
てか、いよいよ学校法人に乗り込むってか!?
いや、よくよく考えてみると、そこまで行き着くのも無理はないと思う。
高橋:「あっと……!で、先生、どうします?俺、迎えに行きましょうか?」
愛原:「そうだな……」
手持ちの金で東京には帰れる。
それに、あと少しでバスが来る。
しかも藤野駅周辺には何も無いから、そこで高橋の迎えを待つのもどうかと思う。
愛原:「取りあえず、自力で帰るわ。一応、東京駅には迎えに来て欲しいかな」
高橋:「分かりました!車、準備しときます!」
高尾から西の中央本線は本数が少なくなる。
しかしそこから電車に乗ってしまえばこっちの物だ。
上手い事東京行きに乗れればベストだし、そうでなくても接続は上手くされているだろうから、そこまで不便でもないだろう。
高橋としては、しばらく会えなかった私と話をしたいのか、色々と話し掛けてきたが、タイムリミットだ。
バスが来てしまった。
行き先表示には『名倉循環』と書かれている。
愛原:「ああ、バスが来た。取りあえず切るぞ」
私は電話を切った。
それから運転席の方を見て、運転手と目が合うと、バスの左ウィンカーが点滅してバスが停車した。
開いた中扉の横にある経路表示板を見ると、藤野駅の文字が見えた。
うん、やはりこのバスで藤野駅に行けるようだ。
しかも富士急行のバスとあってか、SuicaやPasmoが使えた。
これなら、現金を使わずに東京まで帰れそうだ。
バスに乗り込んで、1番後ろの席に座る。
〔発車します。ご注意ください〕
乗り込んだ客は私1人だけ。
バスの中扉が閉まり、走り出す。
乗客は他に、2~3人ほどだった。
〔次は園芸ランド事務所前、園芸ランド事務所前でございます〕
午後の日差しが差し込み、開いた窓から冷たい風が入って来る中、私は東京中央学園のことについて考えていた。
白井のことといい、黒木のことといい、学校法人東京中央学園にその責任追及の手が及んでもおかしくはない。
善場主任はそこを狙うつもりなのだろう。
そして、もっと思う。
リサが東京中央学園に入学させたのは、前々から善場主任達はそこが怪しいと睨んでいて、捜査の糸口を掴む為にそうしたのではないかと。
後で善場主任に聞いてみよう。
面と向かって聞いてみても、否定されるかはぐらかされるかだけだとは思うが。
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
ようやく私が退所できる日がやってきた。
午前中は最後の検査と医師の診察。
その後で退所の為の書類手続きなどだ。
最後に食堂で昼食を頂いてから帰ることになる。
予定では善場主任が迎えに来てくれることになっていたが、急な捜査会議で行けなくなったという。
リサは学校だし、高橋にも私の退院日を知らせていないということだった。
後者に関しては、本来ここは国家機密的な場所であり、一般人がホイホイと来る場所ではないかららしい。
私の場合は特殊な体質(Tウィルスへの抗体を持っていて、しかも中途半端ながら変異型Tウィルスへの抗体も持っていたこと)を調べる為、ここへは特別に収容されたということだ。
Tアビスと同様、抗体があったとしても、別の化け物に変化するだけということで、本来なら私もその目に遭うはずであった。
しかし、リサと1つ屋根の下で暮らしていたおかげか、彼女のGウィルスが僅かながらに私の体内に入っており、それが変異型Tウィルスが私の体の中で悪さをするのを抑えてくれていたらしい。
それでも私を体調不良にし、最終的には人工呼吸器まで付けなくてはならぬほどにまでなったが……。
さて、困ったのは帰りの足だ。
ようやっと地上に戻れて、本来の研修センターの正門で、守衛達による手荷物検査を受けていた時だった。
守衛:「ここからお1人で帰られるんですか?」
愛原:「そうなんですよ。ここから電車で東京に行くには、どうしたらいいですかね……」
守衛:「この門を出ると、坂道があるのは覚えてますか?」
守衛は私がここに来たことがあることを知っている人だった。
愛原:「あ、はい」
守衛:「坂道を登ると、県道に出ます」
愛原:「確かそうでしたね」
守衛:「県道に出たら、右に曲がってしばらく歩いてください。そしたら、バス停が見えてきます。そのバス停から藤野駅に行けるので、あとはそこから中央線ですね」
愛原:「なるほど。分かりました。ありがとうございます」
私は御礼を言って検査を終えた荷物を手に、研修センターをあとにした。
センター内では地下でも地上でも、個人的な連絡は禁止されていた。
しかし、公道に出ればそんな禁止事項も無効だろう。
それでも一応、そのバス停とやらに着いてから高橋に電話しようと思った。
県道はセンターラインがオレンジ色の二車線。
車通りは多くはないが少ないわけでもない。
夜は寂しく、もしかしたら目撃情報が無さそうなのを良いことに、誘拐事件とか発生しそうな感じではある。
だが、今は昼だからな。
県道に出て教えられた通り道をしばらく進むと、ようやく『名倉』というバス停に着いた。
そこでハッと気づく。
そういえばここは、市街地からも遠く離れた山間の場所なのだ。
そういう所って、バスの本数って少ないだろうな。
実際、バス停には他にバスを待っている利用者がいない。
時刻表を見ると、やはりお世辞にも本数が多いとは言えなかった。
どうも、地域の学校の通学の利便性を念頭に置いたダイヤらしく、平日は何とか両手で数えるほどの本数があり、土曜日は片手で数えるほどの本数、休日は全便運休という有り様だった。
幸い今日は平日だ。
まあ、だからリサは迎えに来れないのだろうが。
幸い時刻表には13時台の便があり、しかもあと10分ちょっとでバスが来るタイミングだった。
ホッとした私はバス停の前にある商店の自動販売機で缶コーヒーを買うと、それを開けながら高橋に電話した。
高橋:「先生!?大丈夫っスか!?」
思った通りの反応で電話に出てくれる高橋。
愛原:「ああ。大丈夫だよ」
高橋:「今、どこにいるんスか!?」
どうやら高橋は何も知らないようだ。
いやもちろん、私がどこかの医療施設に入っていたことくらいは知っているだろうが……。
愛原:「藤野の医療施設だよ。ほら、前に行ったことあるだろ?リサのウィルスで、もしかしたら新型コロナウィルスのワクチンが造れるかもしれないって行った所」
結局はリサのGウィルスは強力過ぎてその力を調節することが難しく、一般人には使えないことが判明して頓挫している。
私に使用されたGウィルスもリサのものではなく、善場主任の物が使われたそうだ。
現役BOWたるリサと、元BOWの善場主任とではGウィルスの強さにも差があるだろうからな。
高橋:「あそこっスか!」
愛原:「ようやく完治して退院できたよ。本当は善場主任が迎えに来てくれるはずだったんだけど、急用ができて自力で帰らなくてはならなくなった」
高橋:「ああ。善場の姉ちゃんなんスけど、『何とか東京中央学園上野高校にガサ入れする準備中』とか言ってるんスよ」
愛原:「ああ、そう……」
善場主任、私の治療先は伝えずに、もっと極秘な捜査情報は伝えてるんだな。
てか、いよいよ学校法人に乗り込むってか!?
いや、よくよく考えてみると、そこまで行き着くのも無理はないと思う。
高橋:「あっと……!で、先生、どうします?俺、迎えに行きましょうか?」
愛原:「そうだな……」
手持ちの金で東京には帰れる。
それに、あと少しでバスが来る。
しかも藤野駅周辺には何も無いから、そこで高橋の迎えを待つのもどうかと思う。
愛原:「取りあえず、自力で帰るわ。一応、東京駅には迎えに来て欲しいかな」
高橋:「分かりました!車、準備しときます!」
高尾から西の中央本線は本数が少なくなる。
しかしそこから電車に乗ってしまえばこっちの物だ。
上手い事東京行きに乗れればベストだし、そうでなくても接続は上手くされているだろうから、そこまで不便でもないだろう。
高橋としては、しばらく会えなかった私と話をしたいのか、色々と話し掛けてきたが、タイムリミットだ。
バスが来てしまった。
行き先表示には『名倉循環』と書かれている。
愛原:「ああ、バスが来た。取りあえず切るぞ」
私は電話を切った。
それから運転席の方を見て、運転手と目が合うと、バスの左ウィンカーが点滅してバスが停車した。
開いた中扉の横にある経路表示板を見ると、藤野駅の文字が見えた。
うん、やはりこのバスで藤野駅に行けるようだ。
しかも富士急行のバスとあってか、SuicaやPasmoが使えた。
これなら、現金を使わずに東京まで帰れそうだ。
バスに乗り込んで、1番後ろの席に座る。
〔発車します。ご注意ください〕
乗り込んだ客は私1人だけ。
バスの中扉が閉まり、走り出す。
乗客は他に、2~3人ほどだった。
〔次は園芸ランド事務所前、園芸ランド事務所前でございます〕
午後の日差しが差し込み、開いた窓から冷たい風が入って来る中、私は東京中央学園のことについて考えていた。
白井のことといい、黒木のことといい、学校法人東京中央学園にその責任追及の手が及んでもおかしくはない。
善場主任はそこを狙うつもりなのだろう。
そして、もっと思う。
リサが東京中央学園に入学させたのは、前々から善場主任達はそこが怪しいと睨んでいて、捜査の糸口を掴む為にそうしたのではないかと。
後で善場主任に聞いてみよう。
面と向かって聞いてみても、否定されるかはぐらかされるかだけだとは思うが。