[2月16日16:00.天候:晴 東京都台東区上野 東京中央学園上野高校]
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は再び東京中央学園上野高校を訪れた。
やはりどうしても旧校舎(現在は1階のみ教育資料館として改装)を調べてみたく、斉藤社長を通して坂上先生にお願いした。
黒木が現役生だった斉藤社長に話した、旧校舎の壁というのがどうしても気になるからだ。
坂上:「あくまでも見るだけですよ」
愛原:「度々すいません」
斉藤社長からの話に学園側は断れないのか、坂上先生を窓口役にしているらしい。
学年主任とはいえ、中間管理職は大変だ。
愛原:「栗原さんも来たのか」
栗原蓮華:「ええ」
栗原さんはさすがに今は日本刀は持っていないが、剣道部で使用している竹刀は持って来ていた。
多分、これも自前の竹刀なのだろう。
坂上:「栗原は帰れ」
栗原:「先生。私も日本アンブレラの被害者なんですよ?それに関係することで、警察が動かない事案ならいいじゃないですか」
愛原:「警察が動くようなことがあれば、私達は引きますよ」
栗原:「それに、まだ下校時刻じゃないでしょう?」
坂上:「……下校時刻までには帰れよ」
因みに今回はリサにも来てもらっている。
ダブルのブレザーを着ている高校生達の中で、唯一シングルのブレザーを着ている中学生だ。
坂上先生が古いスケルトンキーで旧校舎の正面入口の鍵を開ける。
現役だった頃はこの校舎も土禁だったのだろうが、今は唯一土足がOKの場所となっている。
リサ:「こんにちは」
リサは仮面を着けると、2階への階段に向かって挨拶した。
そこには誰もいなかったが、リサには2階から覗く“トイレの花子さん”でも見えるのだろうか。
さしもの“トイレの花子さん”も、まだ明るいうちには登場しないと見える。
坂上:「斉藤君……斉藤社長が聞いた壁というのは、恐らくこれですね」
1階の廊下を進み、だいたい中間地点辺りまで来た。
漆喰の壁がある。
木造校舎なので、柱も木製であり、等間隔に建った柱と柱の間に白い漆喰の壁があるといった感じ。
そんな白い壁は殆どがくすんでいた。
しかし、そのくすみ方が少しだけ違う壁があった。
他の壁は白というよりグレーと言っても良いくらいにくすんでいるのに、この壁に関してはせいぜいライトグレーといった感じ。
明らかに他の壁より新しいことが分かる。
愛原:「なるほど。元々この奥に何かがあって、後でそれを塞いだと言われたら信じられる感じですね」
栗原:「……禍々しい霊気を感じる」
愛原:「本当かい?」
坂上:「栗原!」
愛原:「坂上先生はこの壁のことについて、何か聞いていますか?」
坂上:「そりゃあ、色々と聞いています。そして立場上、調べてみたら確かにこの奥に教室があったということも分かっています」
愛原:「教室!?階段じゃないんですか!?」
坂上:「いえ。それが、この建物の図面を見ると、教室があったことになっているんです。技術室ですね」
愛原:「斉藤社長は、ここで日本兵の亡霊を見たと言っています。坂上先生は何かありませんか?」
坂上:「日本兵の亡霊。そういう噂もありましたね。私は見たことは無いですが」
愛原:「先生が聞いた噂話というのは何ですか?」
坂上:「この教室で多くの生徒が死傷したという話です。これは実際に学園側の記録に残っています」
愛原:「この学園は臨時の病院に使われていたということでしたが……」
坂上:「それは東京大空襲の後ですよ。実際それ以前までは学校のままではあったんですが、まあ、生徒達は工場などに駆り出されて殆ど勉強ができない状態だったというのは日本史の教科書通りです。で、東京大空襲の時に、この学校に避難して来た生徒達がいたんですよ」
愛原:「でも、上野周辺も空襲の被害が凄かったと聞きましたが?」
坂上:「そうです。この校舎も半壊半焼では済みましたが、私達のいるこの辺りは壊れて焼かれた所です。で、この教室には防空壕があったらしいんです」
愛原:「校舎の中に防空壕ですか!」
坂上:「ただ、急ごらしえの防空壕だったらしく、5~6人も入れば満員になってしまう狭さだったとのことです。まあ、当時の関係者も、本当に逃げ遅れた時の非常用というつもりで、本格的に使用するつもりは無かったんじゃないでしょうか。校庭には別に、何十人も逃げ込める防空壕があったようですから」
もっとも、私が聞いている限り、東京大空襲において、防空壕に避難して上手くやり過ごしたという話は聞かない。
聞いているのは、日光街道(国道4号線)や東武伊勢崎線(現、東武スカイツリーライン)の線路を歩いて、埼玉方面へ避難した人達は生存率が高かったとのこと。
理由は分からない。
あの辺を担当していた米軍機が搭載した爆弾には不発弾が多かったからとか、米軍側の作戦の不備だとか、日本側の迎撃体勢の成果とか色々な噂がある。
今なら埼玉高速鉄道に避難電車を運行させるか。
愛原:「でも結局、使用されないまま終戦を迎えたなんて話ではないでしょう」
坂上:「そうです。校舎の中に避難していた生徒達でしたが、ついに校舎にも爆弾が直撃してしまったんです。半壊した壁に避難路を断たれ、生徒達は孤立してしまいました。その時、1人が『技術室の防空壕がある!』と叫んだそうです。それを聞いた生徒達は一斉に走り出しました。何故なら、もう1度言うように、その防空壕には5~6人しか入れないからです。しかし校舎内には数十名が避難していたそうです」
足の速い男子生徒が5~6人先に入り、入口の蓋を閉めてしまった。
後からやってきた生徒達は中に入れるよう懇願したが、先に入った生徒達は頑として開けなかったという。
そうこうしているうちに、もう1発の爆弾が直撃した。
それで技術室に取り残されていた生徒達は即死してしまったという。
ただ、防空壕にいた生徒達を除いて。
しばらく息を潜めていた防空壕の生徒達だったが、ようやく辺りが静かになった。
自分達だけでも助かって良かったと胸を撫で下ろして、防空壕から出たそうだ。
その時、生徒達は防空壕の周りに散乱する無残な同級生達の死体を見ることになる。
坂上:「残酷な話ですが、今の法律でも『緊急避難』ということで、その生徒達は罪に問われないでしょう。終戦後、校舎は復旧され、この教室も使用が再開されたということですが、生徒達の間でも『幽霊が出る』『見殺しにされた生徒達の呻き声が聞こえる』とか噂が立ち上って気味悪がられたので、後に壁で塞いだということです」
愛原:「黒木の言っていることと何か違いますね」
坂上:「噂の1つとして語られているものを適当に聞かせたんでしょうね。確かに空襲後、臨時の病院となった時にあっても、そこで治療の甲斐無く死亡してしまった人達は多かったでしょう。だけど、この壁の向こうで多くの死者を出したのはその空襲の時だけなんです。だから、日本兵の亡霊が出るなんて有り得ないのです」
愛原:「なるほど。……じゃあ、何も無いのかな」
坂上:「ただ……こういう話は聞いたことがあります」
愛原:「何ですか?」
坂上:「臨時の病院となった時、軍隊がやってきて、その防空壕を拡大する作業をやったということです」
愛原:「そうなんですか。何の為に?」
坂上:「多分、そこに避難した生徒達があの大空襲で助かったという話が広まって、『意外とその防空壕は安全だった。それなら、もっと大勢の人達が逃げ込めるようにしよう』ということになったんだと思われますが……。終戦後、学校が再開された時、この教室に入って見ると、明らかに防空壕への入口の蓋が大きくなっていたということでしたから」
愛原:「その防空壕は埋められたんですか?」
坂上:「……と、思いますが」
何だかもどかしい。
是非ともこの壁の向こう側を見てみたいものだが、さすがにブチ破るわけにはいかないだろう。
因みに新校舎の宿直室は、今でも非常線が張られていて立入禁止とのことである。
栗原:「……その、校庭にあったという防空壕なんだけどね。それは完全に埋められたそうだよ。でも、逆に外にあったことで、爆弾の直撃を受けて大勢亡くなったみたい。今だったら後で慰霊碑でも建てられるんだろうけど、当時はそんなことは無かったからね。でも、代わりに別の物が建てられてるんだよ」
愛原:「別の物?別の物を建てるのなら、慰霊碑でも建てればいいのに……」
栗原:「今はそういう発想だけどね、今から30年くらい前はそんな考えには至らなかったってよ。ねぇ、先生?」
坂上:「栗原!今はそういう話はやめろ。また下らん学校の怪談だ」
愛原:「学校の怪談絡みなんですか?」
栗原:「その場所に地縛霊がいるって噂で、誰もそこで幽霊は見ていないんだけど、そこで何故か事故が多発するものだから、学校側は生徒が立ち入らないような物を建てたんだって」
愛原:「それは何だい?」
栗原:「次回に続きます。以上!」
坂上:「お前はもう帰れ!」
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は再び東京中央学園上野高校を訪れた。
やはりどうしても旧校舎(現在は1階のみ教育資料館として改装)を調べてみたく、斉藤社長を通して坂上先生にお願いした。
黒木が現役生だった斉藤社長に話した、旧校舎の壁というのがどうしても気になるからだ。
坂上:「あくまでも見るだけですよ」
愛原:「度々すいません」
斉藤社長からの話に学園側は断れないのか、坂上先生を窓口役にしているらしい。
学年主任とはいえ、中間管理職は大変だ。
愛原:「栗原さんも来たのか」
栗原蓮華:「ええ」
栗原さんはさすがに今は日本刀は持っていないが、剣道部で使用している竹刀は持って来ていた。
多分、これも自前の竹刀なのだろう。
坂上:「栗原は帰れ」
栗原:「先生。私も日本アンブレラの被害者なんですよ?それに関係することで、警察が動かない事案ならいいじゃないですか」
愛原:「警察が動くようなことがあれば、私達は引きますよ」
栗原:「それに、まだ下校時刻じゃないでしょう?」
坂上:「……下校時刻までには帰れよ」
因みに今回はリサにも来てもらっている。
ダブルのブレザーを着ている高校生達の中で、唯一シングルのブレザーを着ている中学生だ。
坂上先生が古いスケルトンキーで旧校舎の正面入口の鍵を開ける。
現役だった頃はこの校舎も土禁だったのだろうが、今は唯一土足がOKの場所となっている。
リサ:「こんにちは」
リサは仮面を着けると、2階への階段に向かって挨拶した。
そこには誰もいなかったが、リサには2階から覗く“トイレの花子さん”でも見えるのだろうか。
さしもの“トイレの花子さん”も、まだ明るいうちには登場しないと見える。
坂上:「斉藤君……斉藤社長が聞いた壁というのは、恐らくこれですね」
1階の廊下を進み、だいたい中間地点辺りまで来た。
漆喰の壁がある。
木造校舎なので、柱も木製であり、等間隔に建った柱と柱の間に白い漆喰の壁があるといった感じ。
そんな白い壁は殆どがくすんでいた。
しかし、そのくすみ方が少しだけ違う壁があった。
他の壁は白というよりグレーと言っても良いくらいにくすんでいるのに、この壁に関してはせいぜいライトグレーといった感じ。
明らかに他の壁より新しいことが分かる。
愛原:「なるほど。元々この奥に何かがあって、後でそれを塞いだと言われたら信じられる感じですね」
栗原:「……禍々しい霊気を感じる」
愛原:「本当かい?」
坂上:「栗原!」
愛原:「坂上先生はこの壁のことについて、何か聞いていますか?」
坂上:「そりゃあ、色々と聞いています。そして立場上、調べてみたら確かにこの奥に教室があったということも分かっています」
愛原:「教室!?階段じゃないんですか!?」
坂上:「いえ。それが、この建物の図面を見ると、教室があったことになっているんです。技術室ですね」
愛原:「斉藤社長は、ここで日本兵の亡霊を見たと言っています。坂上先生は何かありませんか?」
坂上:「日本兵の亡霊。そういう噂もありましたね。私は見たことは無いですが」
愛原:「先生が聞いた噂話というのは何ですか?」
坂上:「この教室で多くの生徒が死傷したという話です。これは実際に学園側の記録に残っています」
愛原:「この学園は臨時の病院に使われていたということでしたが……」
坂上:「それは東京大空襲の後ですよ。実際それ以前までは学校のままではあったんですが、まあ、生徒達は工場などに駆り出されて殆ど勉強ができない状態だったというのは日本史の教科書通りです。で、東京大空襲の時に、この学校に避難して来た生徒達がいたんですよ」
愛原:「でも、上野周辺も空襲の被害が凄かったと聞きましたが?」
坂上:「そうです。この校舎も半壊半焼では済みましたが、私達のいるこの辺りは壊れて焼かれた所です。で、この教室には防空壕があったらしいんです」
愛原:「校舎の中に防空壕ですか!」
坂上:「ただ、急ごらしえの防空壕だったらしく、5~6人も入れば満員になってしまう狭さだったとのことです。まあ、当時の関係者も、本当に逃げ遅れた時の非常用というつもりで、本格的に使用するつもりは無かったんじゃないでしょうか。校庭には別に、何十人も逃げ込める防空壕があったようですから」
もっとも、私が聞いている限り、東京大空襲において、防空壕に避難して上手くやり過ごしたという話は聞かない。
聞いているのは、日光街道(国道4号線)や東武伊勢崎線(現、東武スカイツリーライン)の線路を歩いて、埼玉方面へ避難した人達は生存率が高かったとのこと。
理由は分からない。
あの辺を担当していた米軍機が搭載した爆弾には不発弾が多かったからとか、米軍側の作戦の不備だとか、日本側の迎撃体勢の成果とか色々な噂がある。
今なら埼玉高速鉄道に避難電車を運行させるか。
愛原:「でも結局、使用されないまま終戦を迎えたなんて話ではないでしょう」
坂上:「そうです。校舎の中に避難していた生徒達でしたが、ついに校舎にも爆弾が直撃してしまったんです。半壊した壁に避難路を断たれ、生徒達は孤立してしまいました。その時、1人が『技術室の防空壕がある!』と叫んだそうです。それを聞いた生徒達は一斉に走り出しました。何故なら、もう1度言うように、その防空壕には5~6人しか入れないからです。しかし校舎内には数十名が避難していたそうです」
足の速い男子生徒が5~6人先に入り、入口の蓋を閉めてしまった。
後からやってきた生徒達は中に入れるよう懇願したが、先に入った生徒達は頑として開けなかったという。
そうこうしているうちに、もう1発の爆弾が直撃した。
それで技術室に取り残されていた生徒達は即死してしまったという。
ただ、防空壕にいた生徒達を除いて。
しばらく息を潜めていた防空壕の生徒達だったが、ようやく辺りが静かになった。
自分達だけでも助かって良かったと胸を撫で下ろして、防空壕から出たそうだ。
その時、生徒達は防空壕の周りに散乱する無残な同級生達の死体を見ることになる。
坂上:「残酷な話ですが、今の法律でも『緊急避難』ということで、その生徒達は罪に問われないでしょう。終戦後、校舎は復旧され、この教室も使用が再開されたということですが、生徒達の間でも『幽霊が出る』『見殺しにされた生徒達の呻き声が聞こえる』とか噂が立ち上って気味悪がられたので、後に壁で塞いだということです」
愛原:「黒木の言っていることと何か違いますね」
坂上:「噂の1つとして語られているものを適当に聞かせたんでしょうね。確かに空襲後、臨時の病院となった時にあっても、そこで治療の甲斐無く死亡してしまった人達は多かったでしょう。だけど、この壁の向こうで多くの死者を出したのはその空襲の時だけなんです。だから、日本兵の亡霊が出るなんて有り得ないのです」
愛原:「なるほど。……じゃあ、何も無いのかな」
坂上:「ただ……こういう話は聞いたことがあります」
愛原:「何ですか?」
坂上:「臨時の病院となった時、軍隊がやってきて、その防空壕を拡大する作業をやったということです」
愛原:「そうなんですか。何の為に?」
坂上:「多分、そこに避難した生徒達があの大空襲で助かったという話が広まって、『意外とその防空壕は安全だった。それなら、もっと大勢の人達が逃げ込めるようにしよう』ということになったんだと思われますが……。終戦後、学校が再開された時、この教室に入って見ると、明らかに防空壕への入口の蓋が大きくなっていたということでしたから」
愛原:「その防空壕は埋められたんですか?」
坂上:「……と、思いますが」
何だかもどかしい。
是非ともこの壁の向こう側を見てみたいものだが、さすがにブチ破るわけにはいかないだろう。
因みに新校舎の宿直室は、今でも非常線が張られていて立入禁止とのことである。
栗原:「……その、校庭にあったという防空壕なんだけどね。それは完全に埋められたそうだよ。でも、逆に外にあったことで、爆弾の直撃を受けて大勢亡くなったみたい。今だったら後で慰霊碑でも建てられるんだろうけど、当時はそんなことは無かったからね。でも、代わりに別の物が建てられてるんだよ」
愛原:「別の物?別の物を建てるのなら、慰霊碑でも建てればいいのに……」
栗原:「今はそういう発想だけどね、今から30年くらい前はそんな考えには至らなかったってよ。ねぇ、先生?」
坂上:「栗原!今はそういう話はやめろ。また下らん学校の怪談だ」
愛原:「学校の怪談絡みなんですか?」
栗原:「その場所に地縛霊がいるって噂で、誰もそこで幽霊は見ていないんだけど、そこで何故か事故が多発するものだから、学校側は生徒が立ち入らないような物を建てたんだって」
愛原:「それは何だい?」
栗原:「次回に続きます。以上!」
坂上:「お前はもう帰れ!」