[1月5日10:00.天候:曇 東京都墨田区菊川 愛原学探偵事務所]
翌日になり、善場主任が私の事務所を訪ねて来た。
善場:「今日はお時間を取って頂き、ありがとうございます」
愛原:「いいえ。御足労頂き、ありがとうございます」
私と善場主任は応接室にいる。
高橋がお茶を持って来た。
かつてはこの役目、高野君が受けてくれていたのだが……。
愛原:「お話というのは、例の偽遊漁船のことですか?」
善場:「そうです。BSAAからの調査報告が入りましたので、お教えしようかと思いまして」
愛原:「ありがとうございます。それで、調査結果はどうでした?」
善場:「予想はどちらもハズレのようです」
愛原:「ハズレのようです?では、正答は……」
善場:「推理を練り直す必要があるようですね」
愛原:「つまり、偽遊漁船はどこかの島に向かったわけでもなく、かといってどこかの港に向かったわけでもないと……?」
善場:「そうです」
愛原:「では、あの船は一体どこへ向かったんですか?」
善場:「もう1つ考えられる理由が、『他の船に移った』説です」
愛原:「ええっ!?」
善場:「偽遊漁船は外洋にも出られるクルーザーが利用されたと見られます。愛原所長の写真で見た船がそうでしたから」
愛原:「あ、はい。私もそう思います」
善場:「それで外洋まで出た後、そこに停泊していた別の船に乗り移った可能性もあります」
愛原:「ええっ!?そんな大それたことが?」
善場:「はい」
愛原:「でも、釣りに行くと言って乗ったのに、別の船に乗り移らされようとしたら、怪しむんじゃないですか?」
善場:「上手いこと騙したか、或いは脅して乗せたか、いくらでもやり方は考え付きます。因みに行方不明になったコ達ですが、家族には『友達と釣りに行く』と言っていたそうです」
愛原:「よく親は納得しましたね?」
善場:「例えばA君がいたとしましょう。A君は『B君やC君と釣りに行く』と言い、B君は『A君やC君と釣りに行く』と言います。C君は……ですね。漁港の町の子供達ですから、日頃から子供達だけて釣りに行くことは珍しく無かったのでしょう」
山村に住んでいる子供が山に遊びに行くようなものか。
愛原:「それで、主任はその船に心当たりはあるのですか?」
善場:「全くありません。でも、私はある船が怪しいとは思っています」
愛原:「ある船?」
善場:「豪華客船ですよ」
愛原:「豪華客船!?」
善場:「今、豪華客船はコロナ禍で長期休業を余儀なくされています」
愛原:「でしょうね!」
善場:「しかしずっと係留したままにしておくことはできず、時折は回送状態で航行することがあるそうです」
エンジンをずっと止めておくと、いざ始動した時に不具合を起こしたり、スクリューに藻が絡んだりすることがある。
また、船内設備に関しても、係留中は何でも無くても、航行中に不具合が発生することもある。
その為、多くの豪華客船は所属国の領海内で回送運転をすることがたまにあるのだそうだ。
愛原:「いや、でもそんな、都合良く豪華客船に乗せて監禁するなんて……」
善場:「2005年のヴェルトロ事件では、豪華客船が舞台でした。有り得なくは無いです」
愛原:「うーん……」
善場:「もちろん、貨物船にも注目しています。2017年、アメリカのルイジアナ州で起きたベイカー農場事件は、貨物船の事故が発端でしたから」
実際には貨物船に便乗していた新型BOWエブリンが船内で暴走し、バイオハザードを引き起こしたものである。
愛原:「でもお話を伺った限りでは、私達の出番は無さそうですね。仮にその船があったとして、それに対処するのはBSAAでしょう?」
善場:「そういうことになりますね。で、私が注目したいのは、『1番』のことなんです」
愛原:「『1番』は未だに行方不明ですよ。うちのリサも、全く見当が付かないと言っています」
善場:「私はその船に『1番』が乗っているのではないかと考えています。そして、餌となる少年少女を運ばせているのではないかと」
愛原:「ええっ!?」
善場:「全く尻尾を出さないのは、海にいるからだとすれば辻褄は合うんですよ」
愛原:「でも、『1番』はどうやって船に?」
善場:「もちろん、手引きした人物がいるんですよ。それが恐らく、所長が会ったガスマスクの男や白井伝三郎氏なのではないでしょうか?」
愛原:「うーむ……」
白井伝三郎氏のことは斉藤社長から少し聞いている。
日本アンブレラ在りし頃、そこから科学教師として東京中央学園高等部に派遣された研究員であると。
授業時間以外は殆ど科学室や科学準備室に籠っており、特に準備室の奥に存在する倉庫を秘密の研究室にしていたと。
そこは顧問を務める科学部や生物部の部員ですら入ることを許しておらず、教職員でも許されていなかったと。
かつてその秘密を探ろうとした新聞部があったが、ある日を境にその取材に関わっていた部員全員が行方不明になったと。
私も社長に依頼されて、そこを調べたことがある。
しかしその倉庫は既に蛻の殻になっており、そこで外に繋がる秘密の地下通路を見つけることはできたものの、それがかつて存在した日本アンブレラの営業所跡に通じていたことが分かっただけだった。
愛原:「斉藤社長に頼んで、もう少し詳しい話を聞ければと思います」
善場:「それはいいですね。是非そうしてください」
愛原:「後で斉藤社長に頼んでみます」
善場主任が帰った後、私は斉藤社長にメールを送った。
すると意外にも、社長からの返信は早かった。
しかも、どうも私のメールを予想していたらしく、『愛原さんが白井に的を絞ると思っていましたよ。せっかくですから、例の現場で話をしましょう。そう、東京中央学園上野高校ですよ。日曜日なら学校も休みですし、私から学校関係者へは許可を取りましょう』とのことだった。
愛原:「随分と話が早いな……」
斉藤社長は恐らく、早くから白井伝三郎が怪しいと思っていたのだろう。
五十嵐元社長は、どうやらただのお飾り社長だったようだ。
息子の元副社長なんかも、『実権は研究部門が握っていた。アメリカの親会社もその方針だったから、社長も自分も、ただ会議をしてハンコを押すだけの仕事しか無かった』と証言している。
もちろん、自分達が責任を逃れる為にそう言っているだけとも取れるが。
だが、斉藤社長の話の早さからして、恐らくそれが現実だったのだろう。
もしかしたら斉藤社長は、私よりももっと真相に近い所にいるのかもしれない。
翌日になり、善場主任が私の事務所を訪ねて来た。
善場:「今日はお時間を取って頂き、ありがとうございます」
愛原:「いいえ。御足労頂き、ありがとうございます」
私と善場主任は応接室にいる。
高橋がお茶を持って来た。
かつてはこの役目、高野君が受けてくれていたのだが……。
愛原:「お話というのは、例の偽遊漁船のことですか?」
善場:「そうです。BSAAからの調査報告が入りましたので、お教えしようかと思いまして」
愛原:「ありがとうございます。それで、調査結果はどうでした?」
善場:「予想はどちらもハズレのようです」
愛原:「ハズレのようです?では、正答は……」
善場:「推理を練り直す必要があるようですね」
愛原:「つまり、偽遊漁船はどこかの島に向かったわけでもなく、かといってどこかの港に向かったわけでもないと……?」
善場:「そうです」
愛原:「では、あの船は一体どこへ向かったんですか?」
善場:「もう1つ考えられる理由が、『他の船に移った』説です」
愛原:「ええっ!?」
善場:「偽遊漁船は外洋にも出られるクルーザーが利用されたと見られます。愛原所長の写真で見た船がそうでしたから」
愛原:「あ、はい。私もそう思います」
善場:「それで外洋まで出た後、そこに停泊していた別の船に乗り移った可能性もあります」
愛原:「ええっ!?そんな大それたことが?」
善場:「はい」
愛原:「でも、釣りに行くと言って乗ったのに、別の船に乗り移らされようとしたら、怪しむんじゃないですか?」
善場:「上手いこと騙したか、或いは脅して乗せたか、いくらでもやり方は考え付きます。因みに行方不明になったコ達ですが、家族には『友達と釣りに行く』と言っていたそうです」
愛原:「よく親は納得しましたね?」
善場:「例えばA君がいたとしましょう。A君は『B君やC君と釣りに行く』と言い、B君は『A君やC君と釣りに行く』と言います。C君は……ですね。漁港の町の子供達ですから、日頃から子供達だけて釣りに行くことは珍しく無かったのでしょう」
山村に住んでいる子供が山に遊びに行くようなものか。
愛原:「それで、主任はその船に心当たりはあるのですか?」
善場:「全くありません。でも、私はある船が怪しいとは思っています」
愛原:「ある船?」
善場:「豪華客船ですよ」
愛原:「豪華客船!?」
善場:「今、豪華客船はコロナ禍で長期休業を余儀なくされています」
愛原:「でしょうね!」
善場:「しかしずっと係留したままにしておくことはできず、時折は回送状態で航行することがあるそうです」
エンジンをずっと止めておくと、いざ始動した時に不具合を起こしたり、スクリューに藻が絡んだりすることがある。
また、船内設備に関しても、係留中は何でも無くても、航行中に不具合が発生することもある。
その為、多くの豪華客船は所属国の領海内で回送運転をすることがたまにあるのだそうだ。
愛原:「いや、でもそんな、都合良く豪華客船に乗せて監禁するなんて……」
善場:「2005年のヴェルトロ事件では、豪華客船が舞台でした。有り得なくは無いです」
愛原:「うーん……」
善場:「もちろん、貨物船にも注目しています。2017年、アメリカのルイジアナ州で起きたベイカー農場事件は、貨物船の事故が発端でしたから」
実際には貨物船に便乗していた新型BOWエブリンが船内で暴走し、バイオハザードを引き起こしたものである。
愛原:「でもお話を伺った限りでは、私達の出番は無さそうですね。仮にその船があったとして、それに対処するのはBSAAでしょう?」
善場:「そういうことになりますね。で、私が注目したいのは、『1番』のことなんです」
愛原:「『1番』は未だに行方不明ですよ。うちのリサも、全く見当が付かないと言っています」
善場:「私はその船に『1番』が乗っているのではないかと考えています。そして、餌となる少年少女を運ばせているのではないかと」
愛原:「ええっ!?」
善場:「全く尻尾を出さないのは、海にいるからだとすれば辻褄は合うんですよ」
愛原:「でも、『1番』はどうやって船に?」
善場:「もちろん、手引きした人物がいるんですよ。それが恐らく、所長が会ったガスマスクの男や白井伝三郎氏なのではないでしょうか?」
愛原:「うーむ……」
白井伝三郎氏のことは斉藤社長から少し聞いている。
日本アンブレラ在りし頃、そこから科学教師として東京中央学園高等部に派遣された研究員であると。
授業時間以外は殆ど科学室や科学準備室に籠っており、特に準備室の奥に存在する倉庫を秘密の研究室にしていたと。
そこは顧問を務める科学部や生物部の部員ですら入ることを許しておらず、教職員でも許されていなかったと。
かつてその秘密を探ろうとした新聞部があったが、ある日を境にその取材に関わっていた部員全員が行方不明になったと。
私も社長に依頼されて、そこを調べたことがある。
しかしその倉庫は既に蛻の殻になっており、そこで外に繋がる秘密の地下通路を見つけることはできたものの、それがかつて存在した日本アンブレラの営業所跡に通じていたことが分かっただけだった。
愛原:「斉藤社長に頼んで、もう少し詳しい話を聞ければと思います」
善場:「それはいいですね。是非そうしてください」
愛原:「後で斉藤社長に頼んでみます」
善場主任が帰った後、私は斉藤社長にメールを送った。
すると意外にも、社長からの返信は早かった。
しかも、どうも私のメールを予想していたらしく、『愛原さんが白井に的を絞ると思っていましたよ。せっかくですから、例の現場で話をしましょう。そう、東京中央学園上野高校ですよ。日曜日なら学校も休みですし、私から学校関係者へは許可を取りましょう』とのことだった。
愛原:「随分と話が早いな……」
斉藤社長は恐らく、早くから白井伝三郎が怪しいと思っていたのだろう。
五十嵐元社長は、どうやらただのお飾り社長だったようだ。
息子の元副社長なんかも、『実権は研究部門が握っていた。アメリカの親会社もその方針だったから、社長も自分も、ただ会議をしてハンコを押すだけの仕事しか無かった』と証言している。
もちろん、自分達が責任を逃れる為にそう言っているだけとも取れるが。
だが、斉藤社長の話の早さからして、恐らくそれが現実だったのだろう。
もしかしたら斉藤社長は、私よりももっと真相に近い所にいるのかもしれない。