杞夏さんへ
明日は「シャンソンの集い」ですね。反戦の歌も一曲歌われるとのこと。
杞夏さんの歌声が秋風に乗って、秋田まで届くといいのに。ご盛会をお祈りいたします。
さて。
先日松本光史さんの句集を紹介したとき、(そうだ、もう亡くなられた方の句集を紹介しよう)と思いました。
宮城静子さんは、「童子」創刊からの会員でらっしゃいました。長く学校の先生をされていて、私がお会いした当時すでにかなりのご高齢でらして、そんなに句会には出てらっしゃっていませんでした。
改めて読むと『琉球上布』という句集をすでに出されていて、『しづごゝろ』は、第二句集です。なので、残念なことに辻桃子主宰の前書きがありません。(だいたい、第一句集で主宰の前書きをいただくのです)ただ、帯には主宰の短い文が記されていました。
この句集という小宇宙の中で、作者は四次元時空や古代人や宇宙人と交信し、身近な人や物に話しかけつつ、俳句を作っているのである。(辻桃子)
月浮きて地球の浮きて葉月かな
波打てる秋海棠を刈りにけり
大牡丹くづれんとして豪華かな
我ら古代人と呼ばれる日にも梅咲くか
朴咲けり朴咲けり宙揺れにけり
手に余る小菊は瓶に傾ぐなり
冬たそがれだれかれとなく今晩は
日野の森初うぐひすのケケケッケ 宮城静子
そう。静子さんは日野の丘の上に住んでいらっしゃると聞いたことがあります。私が日野に越してきたときはもう静子さんはいらっしゃいませんでした。
サッサッと夏草払ふ丈の鎌 静子
この句は覚えています。ということは句会をご一緒したこともあったのですね。丈の鎌がいいと主宰がおっしゃったことも、思い出しました。
巻末にはエッセイも何編か入っていて、初めて読んだような感慨でした。
やはり句集を出すのは、いいですね。句集を遺さずに亡くなられたあの方もあの方も・・・、句集があったらよかったのに。