1月21日。火曜日。晴れ。
今はアメリカ時間の20日。月曜日。
アメリカの休日・・・ 『キング牧師記念日』
『キング牧師とコレッタ奥様』
黒人への差別の撤廃を訴えた公民権運動の若き指導者。
非暴力を唱え、人々を動かし、社会を変えた指導者。
1929年1月15日。 キング牧師誕生。
1968年4月4日。 52年前。キング牧師が暗殺されました。39歳。
毎年1月第三月曜日:キング牧師の誕生日。 『キング牧師 記念日』 アメリカの休日です。
今年は、2020年1月20日(月)
キング牧師の殉教を記念する私たちが、
人々への愛のために命を捧げたキング牧師の信仰と勇気に、
見習うことができますように!
キング牧師の功績を讃え・・・ 『キング牧師 通り』
私が住んでいたニューヨークにもロスアンゲルスにもあった 『Dr King's道路』
『偉人の名前』 を 『道路名前』 につけるアメリカ。
『偉人の誕生日』 を『 国民休日』 にするアメリカです。
そんな寛大なアメリカを思い出し、懐かしい。
私たちもすべての悪に打ち勝ち、
キング牧師と共にあなたの国に入ることができますように。
そして。
今日は1月21日。年間第二火曜日。
今日は、イスラエルの第一代サウル王の王位剥奪~
イスラエルの第二代ダビデ王位成立に至る次第を学びます。
まずは。
『昨日の第一朗読 イスラエル第一代サウロ王の王位剥奪の次第』
『その日、サムエルはサウルに言った。
『ダビデの竪琴に聞き入るサウル王』
「やめなさい。あなたに言わねばならないことがある。
昨夜、主がわたしに語られたことだ。」
サウルは言った。「お話しください。」
サムエルは言った。
「あなたは、自分自身の目には取るに足らぬ者と映っているかもしれない。
しかしあなたはイスラエルの諸部族の頭ではないか。
主は油を注いで、あなたをイスラエルの上に王とされたのだ。
主はあなたに出陣を命じ、行って、罪を犯したアマレクを滅ぼし尽くせ、
彼らを皆殺しにするまで戦い抜け、と言われた。
何故あなたは、主の御声に聞き従わず、
戦利品を得ようと飛びかかり、主の目に悪とされることを行ったのか。」
サウルはサムエルに答えた。
「わたしは主の御声に聞き従いました。
主の御命令どおりに出陣して、アマレクの王アガグを引いて来ましたし、
アマレクも滅ぼし尽くしました。
兵士が、ギルガルであなたの神、主への供え物にしようと、
滅ぼし尽くすべき物のうち、
最上の羊と牛を、戦利品の中から取り分けたのです。」
サムエルは言った。
「主が喜ばれるのは、
焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。
むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。
見よ、聞き従うことはいけにえにまさり、耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる。
反逆は占いの罪に高慢は偶像崇拝に等しい。
主の御言葉を退けたあなたは、王位から退けられる。」』
サムエル記上 15章16-23節
それは。
士師時代から王国成立へと移行した時代。
イスラエルを指導した最後の士師&預言者のサムエルに、
イスラエルの民が『王政』の導入を要求し、
サムエルは『神の御心』に従って、
ベニヤミン族のサウルを『イスラエルの初代の王』に選び、
続いて、ユダ族のダビデを『イスラエル二代目の王』に選び、
油をそそいで、 王に任命するのです。
第一代サウル王の次女・ミカルは第二代ダビデ王の妻です。
サウル王は、
「罪を犯したアマレク人」を滅ぼし尽くせと神に命じられたのに、
アガク王を生け捕りにし、羊や牛など上等なものは滅ぼし尽くしませんでした。
『主の命令』に背いた上に、自らの行動の正しさを『自己弁護』 までします。
預言者サムエルは、
そんな『サウルを退ける』と神が言われ、
自分が油を注いで王としたサウル王が神に捨てられたことを悲しみました。
『嘆くサムエル と 嘆願するサウロ』
『サムエルはサウロに言った。
「あなたは愚かなことをした。
あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、
主はあなたの王権をいつまでも確かなものとしてくださっただろうに。
しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。
主は御心に適う人を求めて、その人を御自分の民の指導者として立てられる。
主がお命じになったことをあなたが守らなかったからだ。』
サムエル記上 13章13&14節
更に。
『サムエルは死ぬ日まで、再びサウルに会おうとせず、サウルのことを嘆いた。
主は、サウルを、イスラエルの王として立てられたことを悔いられた。』 のです。
サムエル記上 15章35節
次に。
『今日の第一朗読 イスラエル第二代ダビデ王の王位着位の次第』
『ハープを弾くダビデ』 ヘラルト・ファン・ホルトホルスト作品
『その日、主はサムエルに言われた。
「いつまであなたは、サウルのことを嘆くのか。
わたしは、イスラエルを治める王位から彼を退けた。
角に油を満たして出かけなさい。
あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。
なすべきことは、そのときわたしが告げる。
あなたは、わたしがそれと告げる者に油を注ぎなさい。」
サムエルは主が命じられたとおりにした。
彼がベツレヘムに着くと、町の長老は不安げに出迎えて、尋ねた。
「おいでくださったのは、平和なことのためでしょうか。」
「平和なことです。主にいけにえをささげに来ました。
身を清めて、いけにえの会食に一緒に来てください。」
サムエルは
エッサイとその息子たちに身を清めさせ、いけにえの会食に彼らを招いた。
彼らがやって来ると、サムエルはエリアブに目を留め、
彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った。
しかし、主はサムエルに言われた。
「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。
人間が見るようには見ない。
人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」
エッサイはアビナダブを呼び、サムエルの前を通らせた。
サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」
エッサイは次に、シャンマを通らせた。
サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」
エッサイは七人の息子にサムエルの前を通らせたが、
サムエルは彼に言った。「主はこれらの者をお選びにならない。」
サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」
「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、
サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。」
エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。
彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。
主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」
サムエルは油の入った角を取り出し、
兄弟たちの中で彼に油を注いだ。
その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。
サムエルは立ってラマに帰った。』
サムエル記上 16章1-13節
ベツレヘムの長老たちは、
高名な預言者サムエルの突然の訪問に、当惑と不安を抱き、
不安げにサムエルを出迎え、
彼の来訪が『平和なことのため』であるかどうかを確認しました。
サムエルは、
彼らを安心させ、この長老たちをも会食に招きました。
そして、エッサイとその息子たちを、
神聖な儀式に出席させるため、身を清めさせ、会食に招きました。
主は、
エッサイの息子たちが集まると、サムエルを戒めました。
『容姿や背の高さに目を向けるな。
人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。』と。
サムエルは、エッサイの七人の息子を年齢順に試みました。
主は、そのだれをもお選びにはなりませんでした。
エッサイは、
祭儀的会食のため、未成年だったダビデを列席させていませんでした。
八人兄弟の末の子であるダビデが連れて来られました。
主は、
ダビデの『心』を見て、イスラエルの王になる者として選び、
王とする『油』をダビデの頭に注ぐように
サムエルに命じたのです。
その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになったのです。
その10年後、ダビデは王として即位します。
主なる神は、『心によって見る』 お方です。
容姿、背の高さ、年齢、家柄、財産、学歴、職種、性格、能力、経験、等。
『外見』で選ぶ方ではありません。
主なる神は、その人の『心』を見、その人を憐れみ、
愛するゆえに選ばれのです。
それは、神の一方的な、自由な選びです。
神の愛と選びの自由 と 神の摂理の不思議 でもあります。
『油注ぎ』後10年目。
ダビデ王の即位により
『イスラエル統一王国』 が確立しました。
権力者の夢は、
たった一つの背信によって崩れ去る、はかないもの、必ず終わりがきます。
信仰者の夢は、
信仰によって保証される、終わりのない、『永遠の命』です。
どちらも、人には欠かせないものではあります。
二つの事実を忘れないことが大事ですね。
主は、アブラハムを、『主の御声に従う者』 として祝福されました。
イスラエルを、『どの民よりも貧弱な者』に対する愛ゆえに、『神の民』としました。
ダビデを、『ダビデの心』を見て、祝福されました。
キング牧師を、『信仰と勇気』を見て、祝福されたのでしょうか?
神の選びは、ただ『神の御心』によるということです。
私たちの、何をよしとして、祝福してくださるでしょうか?
神の御心に適う『心』を持って、
神の恵みを賜りましょう!
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今は受験シーズン真っ最中。将来の『夢』を目指して頑張って下さい。 お元気で!