マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

冬空の満月・・・『小雪』 そして 『あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。』

2021-10-23 05:30:00 | 自然・花々・樹木・ガーデニング・畑
10月23日。土曜日。晴れ。

昨日から始まった
今年の二十四節気の第20。
  【小雪】
いよいよ冬近しです。


 今朝の6時・・・     『満月』
 
                       満月が美しく紅葉に冴えます。

       今朝も気温が下がり、冷え込みの朝となりました。
        ぐっと冷え込んだ早朝は、月がきれいでした。
           冬の空気の中に輝く満月は、
          冬ならではの美しさがあります♡♡


          地球上のすべてのものが美しく、
         共に、美しい全体像を創っていきます。
         今朝はそんな素晴らしさの実感でした。

      
『小雪』とは、
しょうせつ。二十四節気の第20。
冬とは言えまだ雪はさほど多くないという意味で、
木々の葉が落ち、山には初雪が舞い始める頃です。
冬の入口にあたります。
今年は『大雪』の12月7日までの15日間です。
 

           朝ウォーキングの途中で、
         陽が昇る前の冴えきった空気の中で、
         時々、不思議な感覚に襲われます。
         すべての生命の源の『エネルギー』を、
    冴えきった空気の中で、感じることが出来るような、そんな感覚です。


           寒い冬がやってきます。
        でも、冬の良さもいっぱいありますね。
    今日も、温かくして『素敵な冬』を見つけに行くことに致しましょう。
                   感謝!感謝!

       

そして。

今日は10月23日。年間第二十九土曜日。

『今日の入祭唱』

  『わたしたちの神は来られる。
 神は御自分の民を裁くために、天と地に呼びかけられる。』
       詩編 50章3&4節



『今日の福音 イエスの御言葉』

   『ちょうどそのとき、 何人かの人が来て、
 ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことを
        イエスに告げた。
    

       イエスはお答えになった。
  「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、
 ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。
         決してそうではない。

          言っておくが、
       あなたがたも悔い改めなければ、
         皆同じように滅びる。

   また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、
    エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、
       罪深い者だったと思うのか。
        決してそうではない。

         言っておくが、
     あなたがたも悔い改めなければ、
       皆同じように滅びる。」


     そして、イエスは次のたとえを話された。
   「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、
   
     『実の成らないいちじくの木』 Jan Luyken作品

      実を探しに来たが見つからなかった。
       そこで、園丁に言った。
  『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、
         見つけたためしがない。
          だから切り倒せ。
       なぜ、土地をふさがせておくのか。』

   園丁は答えた。
    『御主人様、今年もこのままにしておいてください。
      木の周りを掘って、肥やしをやってみます。
      そうすれば、来年は実がなるかもしれません。
     もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」
                ルカによる福音書 13章1-9節


     今日のイエス様は、
      『事故は、『悔い改め』への忠告となる。』
                 と話されました。


   人生には、突然、思いがけない事故や不幸に見舞われることがあります。
        交通事故、飛行機墜落、震災、等々。

    
   イエスの時代にも、
    ガリラヤからの巡礼者がエルサレムに上って、
    神殿で供え物をささげた時、
    ローマ総督・ピラトは、巡礼者らを虐殺させたのです。

      この出来事をイエスに知らせに来た人がいました。
       巡礼者を革命家と勘違いしたのでしょうか?
       なぜ彼らがこんなひどい目に遭うのか?
       神は、巡礼者を助けてくださらなかったのか?

      イエスは答えました。
       イエスは直接の答をしませんでした。
       ただ災難に遭った人を、天罰とは考えてはいけないのです。
       神は、人の悪い行いのために、罰を与える方ではありません。
       神は、どんな時にも、人間の苦しみを望まないお方です。
       事故が起こったら、誰が悪いかを追求するだけでなく、
      ☆これからそのようなことが起こらないように考えるのです。
      ☆出来事が、私たちの『改心』のきっかけになるように考えるのです。
               

       私たちは、他人だけに間違いがあると、思いがちです。
         私たち一人一人にも足らないことがあります。
           なかなか治らない問題があります。
       しかし諦めてはいけないのです。
       改心して、キリストからの『救い』に希望をかけるのです。
 次に。
     
   イエスは、
   『たとえ話』をなさいました。
    イチジクを植えた主人は、3年間も実を見つけることが出来なかったのです。
      ”切り倒してしまえ!” と主人は怒りました。
    イチジクの世話をする園丁は、イチジクが大好きになっていたので、
      ”もう一年待ってください。 肥やしをやってみますから!” と頼みました。

       イエス様ご自身も、3年間、人々に話しをしてきました。
       ところが、
       人々は、改心する人は少ない。 信仰にはいる人も少ないのです。
       それでも、
       イエス様は、民に出会い、民が大好きになっておられたのです。
         ”もう一回改心を勧めてみましょう!” と頑張られるのです。
       私たちは、改心して、そのキリストの『愛』に希望をかけるのです。
 
    
『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
  『主なる神はいわれる。 わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。
   むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。』
       エゼキエル書 33章11節   アレルヤ、アレルヤ。

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