オレオレ詐欺とか還付金詐欺とかキャッシュカードを取られるとかいう詐欺に遭った話を
事件として見聞きすると「なんでだまされるかねぇ」と思うけど
多分、だます側がかなりのプロなんだと思う。
知人(60代後半)も還付金詐欺の電話を受けたが
本当にまことしやかで、話し方も怪しさをみじんも感じさせず
財布を持ってATMに向かおうとして「なんかおかしい」と気付いた、という。
貯金の残高まで聞かれていたのに、その瞬間までだまされていたと言うから恐ろしい。
数日前の夜、うちにおそらくリフォーム詐欺の人(というのも変な言い方ですが)が来た。
知人以外が20時を過ぎてインターホンを鳴らすことは珍しいので
ドアを開けずに「どちらさま?」と尋ねた。
ー工事のものです。
「こんな時間に?」
ー昼間も伺ったんですけどお留守だったもので・・・
怪しい・・・とは思った。
ただ、近所で実際に工事が行われていたり、最近も水道工事の知らせがポストに入っていたりしたので
もしかして・・・と開けてしまったのだ。
本当は絶対開けちゃだめだったのに。
開ける瞬間、(押し入られたらどうしよう)とまで思っていたのに開けてしまったのは
昼間に留守だったから、もう一度来た・・・と言われたことに対し
本当だったら何度もすまないな、と思ったからだ。
今思うと、全くどうかしてる。
で、開けると二十歳そこそこの若者が作業着姿で立っていた。
ー近くで工事をするので、ご迷惑おかけすることがあると思ってご挨拶に来ました。
この時点で(あ、嘘だ)と気付いたのは実は前にも同じことを言ってきた人がいたからだ。
その人も同じことを言った。
しかし、かなり近くで工事をするときも、なんなら自分ちの裏で工事をするときも
そこの家の人が「うるさくてすみません」とか「ご迷惑かけます」と言ってくることはあるが
工事をする人が直接挨拶に来ることはない。
ただ住宅メーカーが近くに建売住宅を建設するときにタオルを持って来たので
絶対、必ず来ないとはいえない。
前に来た人の時に怪しいと分かったのは近くで工事なんかやっていなかったからだ。
自分ちから見えないところの工事する業者が、挨拶になんて来るはずがない。
変だなーと思っていたところ、新聞か何かで知ったのは
そうやって挨拶をしておいて、数日経ってまた訪ねてくるのだそうだ。
「屋根に上って作業してたら、お宅の屋根が見えたんだけど瓦がはがれて落ちそうですよ。
放置すると危ないから、今見てあげましょうか」
そうして、うっかり頼むと剥がれてもいない瓦を剥がし高額な作業代を要求するのだそうだ。
で、今回の若者ものたまうのだ。
ー向こうに住宅街ありますよね。
「あるわね」(って、この辺全部が住宅街だけどね)
ーで、大きな車両も入るんで、すれ違いとかでご迷惑かけることもあるかと思って。
(向こうの住宅街なのに?)
「今、お仕事の帰り?」
ーそうなんです、現場からそのまま来ました。
(雨がそぼふるのに、どんな現場だ?)
「どこの会社なの?」
ーあ、リフォーム屋です。
こちらが会社名を聞いているのに、名乗らないことが不自然に聞こえない返事だ。
(リフォームって、こんな時間までやるかなあ)
そんなに長い時間ではないのだが、よどみなく話すのでなんとなく話を聞いてしまっていた。
こういう人間と話すとき、絶対に長く会話してはいけない。
話せば話すほど、だましやすくなるのだ。
向こうはプロである。
ー手ぶらですみません。
あどけなさの残る口元から、しゃあしゃあと常識的な言葉が流れる。
が、その程度の工事の挨拶に手土産持ってくる方が不自然だ。
「じゃ、分かりました。ご苦労様」
ーよろしくお願いします!
あと2秒くらいでドアが閉まるというとき。
ーあ、奥さんそう言えば。
(この年頃の子が奥さんて言葉をさりげなく口にするのは相当言い慣れているなあ)
もうこの時点でわたしは完全にこの子が怪しい子だと分かっていたが、仕方なく
「あら、なあに?」
ー上の壁、ボコッとなってるのって台風ですかね?
それが言いたかったのだ、この子は。
そのために今まで小雨の降る中で、小芝居を続けていたのだ、この子は。
どこのことを言っているのかボコッとなってるのかなってないのかも知らないが
「そうなの。ここ、賃貸だから」
ーあ、そうですか。
顔色ひとつ変えずに去って行った。
軽みたいに小さな車に乗って。
本当の業者はたいてい、大きな車に乗っているのだ。
現場帰りならもっと作業着は汚れているだろう。
母親は「若いのに、なんか可哀想」と言ったけど、わたしは下手に同情なんてしない。
彼はいっぱしのワルだった。
よどみない話し方からは、昨日今日始めたんじゃない慣れが感じられた。
上から目線で同情なんかしたら、大変な目に遭わされる。
自分がしていることがどういうことか、もちろん分かってるでしょう。
罪悪感も、悪事がばれることへの恐れも何ひとつ感じなかった。
それどころか、自分みたいな若者がきちんと挨拶して常識的なことを話せば
大人なんて簡単にだまされることを面白がっているんじゃないかと思えるほど堂々としていた。
ああいう子は大抵、頭がいい。
こういうことを長く続ければどうなるか分かっているし、長く続ける気もないし、やめどきも知っているのだろう。
彼にとってはそれまでの、スリルに満ちたゲームに過ぎないのかもしれない。
そしてきっと、だましたんじゃなくて、勝手に信じたんじゃないかと
だました相手をせせら笑うのだ。
わたしが何に腹を立ててるって、あのときドアを開けた自分の間抜けさ。