新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

10月14日はスポーツ観戦の日だった

2014-10-15 08:51:50 | コラム
サッカーに続きNFLのゲームにパシフィックリーグのCS最終戦:

負けた方が弱いのだとの原則をみた一日だった、対ブラジルのサッカーも含めて。

午前中にMLBでも見るかとNHKのBSにすると、思いがけないNFLの試合だった。中継か録画かも知らずに喜んで見た。しかも、昨シーズンのスーパーボウルの勝者で懐かしきシアトル・スイホークス(シーホークスが正しい?カタカナ表記か)と名門ダラス・カウボーイズの対戦だった。当然ながら、昨年のスイホークスとそのQB(クオーターバック)ラッセル・ウイルソンの切れ味を期待した。良く考えれば今シーズン初のフットボール観戦で、暫くはNFLの選手たちの素早い動きに目がついていかなかった。

しかしながら、遺憾ながら我がシアトルには今季6戦目は不調だったようで、最初のシリーズでは順調に攻め上がったが結局FG(フィールドゴール)の3点に終わった。これが最後までたたったようで、27対23の敗戦だった。即ち、「最初にTD(タッチダウン)で7点取れていれば」という「たら・れば」の話しだが。兎に角ウイルソンに昨季の鋭さがなく2Q(第2クオーター)にはフアーストダウンが取れなかったというティーム全体も不出来では仕方がないだろうと思って見ていた。

一方のカウボーイズはQBのトニー・ロモの出来が良く、またエースRB(ランニングバック)のマレー(Murray)も記録的な走りでシアトルを圧倒し、TE(タイトエンド)も素晴らしいキャッチを連発したのだから堪らない。それほど出来不出来に差がありながら、4点差に終わったシアトルの底力も大したものだと思うが、頼みのQBが不出来だったのでは残念だが仕方があるまい。試合がシアトルで行われたので、時たま遠景に映るシアトル市内のコロンビアタワー等を懐かしく眺めていた。

夜になってNHKのBSで野球があったので、サッカーに比重を置く掛け持ちで見ていた。かたやシーズンの終わりに調子が下がった同士でホークスと首位を争ったバッファローズは最後まで波に乗ることなく、首位打者の糸井も不振を極め、シーズン前半に不振だったところから立ち直ってきたファイターズにやられたしまった。両方とも緊張し過ぎたのか、あるいはあんなものなのか、ここぞという時に打てたのは今季で引退を表明した稲葉だけで、苛々させられるような悪い意味での緊張感溢れる試合だった。

結果的には粗雑な打者だが、当たれば飛ぶという低打率の4番打者の中田翔が延長10回に、アナウンサーがシーズン中にサヨナラホームランを打たれたといった瞬間にホークスのクローザー・平野からセンターのバックスクリーンまで飛ぶホームランを打って決着を付けた。言うなれば、シーズン後半になって調子を上げてきた方が強方ということだろう。即ち、野球は「モメンタムが支配するゲームだ」ということ。

アメリカのMLBのポストシーズンの試合を見ていても緊張感で動きの悪さが見える。シーズンの決着をトーナメントで付ける制度は如何なものかと思わせる熱戦だった。個人的感情では負けたバッファローズが気の毒に思えたが、「弱い方が負ける」の原則がある以上仕方がないだろう。案外にパシフィックリーグの覇者はファイターズかも知れないと閃くが、セントラルではまさかタイガースが巨人に勝つとは予測は出来ない、そうあって欲しいと希望的には考えるが。

アギーレ監督論

2014-10-15 07:49:58 | コラム
不愉快だった14日の対ブラジル代表とのサッカー:

昨夜のサッカーは見るに堪えない酷い試合だった。とは言え、最後まで見ていた。私は代表監督に任じられた外国人は勿論権限は与えられているとは思うが、一国の代表ティームを対外試合で惨敗させ、その名誉を毀損させても良いというまでの権限があるのかと、非常に不愉快な思いで観戦していた。この新監督・アギーレ氏(Javier Aguirre Onaindia)は試合開始前には全力で勝ちに行くとは言っていたが、その起用した顔ぶれは到底そうとは思わせないものだった。

惨敗の内容をここであらためて云々する必要はあるまいと思う。だが、試合後の談話では本田圭佑もあからさまに選手起用に疑問を呈し、岡崎も同じような意味のことを言っていた。今朝のテレ朝でも元日本代表の福田も不満を表明していた。何にかと言えば、監督は「仮令、相手がブラジルでも次なるアジア選手権に向けての選手選考の場である」と明言したのだから。皆が他の場で選べと言いたいようだった。

故に、私はアギーレ監督は全権を与えられており「日本代表をこのW杯での不出来から如何に立ち直らせ、世代交替にまで持っていく為にはブラジルに負けるのも織り込み済みで仕方がないことだ」と言っているのだろうと解釈している。しかし、選考の場とは言ったが、あの前半に使った私が顔すら知らない連中でブラジルとサッカーをすれば如何なる結果が出るかは、三歳の幼児でも解っていたことではないのか。使うのだったら、その前のジャマイカで良かったのではないか。

ではあっても、昨夜の試合からは私でさえ解る我が国の(代表の)サッカーの弱点が悲しいほど出てきていた。それは高度な次元にあることならば未だ救いがあろうが、余りにも基本技とそれ以前のことだったのが悲しかった。それは先ずは「出足が悪いというか遅いこと」で、常に相手に一歩先に寄せられてボールを奪われるか、取り損なうかの何れかだった。

我々が旧制中学の頃に「自分に来たパスには少なくとも一歩だけ近寄ってコントロールしようと心掛けよ」の原則を知らないかの如きサッカーをしているのだ。それではブラジル勢の素早い寄せの前には一たまりもないのだった。換言すれば「素早い動き」が出来ないので一歩遅れるのだ。この程度のことは小学校辺りから教えておくべきではないのか。アギーレ氏が矯正すべき問題ではないと断言する。

次はこれも基本技だが、折角一歩速く寄せられても「動きながらボールを我が物にしてコントロールする技術」が備わっていないので、結局は奪われてしまうことだ。彼等に基礎を教えていたのは誰かと尋ねたくなった。そこが出来ていない連中を選ばねばならない監督も大変だろうかなどと同情して見ていた。残る問題点は後ろでのパス回しというか前にいる奴らがちっともフリーになるべく動かないので、何時かはインターセプションに遭う危険性と裏腹のバックパスと横パスの交換。相手はもうそれと知って狙っているではないか。何度も奪われたではないか。

ブラジル勢はドリブルの際にもフェイントをかけているが、我が代表は後ろ向きでパスを受けた時にほとんどフェイントをかけることなく、そこで潰されるか躊躇せずにパスの出し手に戻してしまうのは何故か。何故、背後から迫ってくる相手を抜いて前を向こうとしないのか。何故安易に後ろ向きにパスを出すのか。前を向いて攻めろと教えられていないのか、キープして上がろうとしないのかという具合で、見ている側に不満ばかりが残るサッカーをするのは何故か。あれが「ゆとり教育」の成果か等とあらぬ事を考えさせられた。

あの監督を選んだ原という技術委員長(当時)は選手としては立派な経歴をお持ちのようだが、ここまでの時点では前任のザケローニと言い、アギーレと言い、疑問に思わせてくれる点が多過ぎる。アギーレはW杯でメキシコを16強に持っていったというが、それだったら他の過去の監督だって実績として残していた。何れにせよ、早めに選考を終えて彼のお眼鏡に叶ったまともな者たちで試合をして見せて貰いたい。その眼鏡の度が合っていることを切に望むものだ。