新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

9月28日 その2 我が国とアメリカのTAGに思う

2018-09-28 15:18:00 | コラム
トランプ大統領は手を替え品を替えて:

安倍総理との会談の結果でトランプ大統領は遂にTAGにまで話を持って行かれ、飽くまでも二国間協定に持って行きたい強固な意志を示されたと思う。多くの専門家と消息通の方々はその強固さの背景にある要素の一つが中間選挙にあるという見解を示されている。更に(最早4%を切った)失業率の改善の為にラストベルトの地域にある支持者層の労働者に一層の job(何度でも言うがこれを「雇用」と訳すのは誤り)を増やしていこうという政策があるのも明らかである。

TAGの交渉期間中には我が国から輸入する自動車の関税率の引き上げはしないとも「コミット」(カタカナ語になるかな?)されたそうだ。そこを見ていると、私には無言(会談中にはそうではなかったかも知れないと疑うが)の圧力で猶予期間中に輸出を減らしてアメリカ国内での生産台数を増加させよ。即ち、デトロイトの周辺での job を増やせと無言で圧力をかけたかも知れないと疑いたくなる。そう言う根拠は「何と言ってもトランプ大統領の狙いは貿易赤字の削減とjobの創造」にあるのだから。

しかしながら、私などが云々するまでもなく、我が国の自動車産業界がアメリカ向け輸出を減らして現地生産をおいそれと増やせる状況下にはないのだ。また、これは「だろう話」ではあるが、我が国からの自動車関連の輸入の関税を25%などに引き上げれば、我が国からの部品の輸入に依存しているデトロイトは窮地に追い込まれかねないのだ。現に、デトロイトは関税率の引き上げをトランプ大統領に請願してはいないと言っているではないか。

また、仮に我が国が自主規制して輸出台数を減らした場合のことを、ここでも「タラ、レバ」で考えて見よう。デトロイトのメーカー群が我が国並みの品質で価格競争力がある車を、急増するだろう国内の需要を満たすだけ生産できる態勢にあるのだろうかとの疑問も生じてくる。また、我が国のメーカーがアメリカ国内での生産台数を増やすべく新工場を建設して新たなjobを設けたとしよう。私はこれがアメリカ国内の雇用事情に良い影響を当たるのか否かは疑問ではないかと考えている。

それは「アメリカの労働組合は職能別であり、新設の自動車工場に失業中かレイオフされていた紙パルプの労働組合員は応募できないのである。それは既に何度か指摘した業界横断の職能別組合であるから、私はUAW(United Automobile Workers)の組合員しか雇われないと思うのだ。勿論、工場である以上、営繕や電気や輸送の組合員のjobも出てくるだろうが、主力はUAWになると思う。当然会社側の要員のjobも発生するだろうが、それはトランプ大統領の岩盤の支持層の人たち向けではないのである。

こういう事情を踏まえて考えて見た時に、「TAGの交渉期間中は」というコミットメントがいつ何時反故にされてしまうかという危険性が皆無だとは言えないと危惧している。それはトランプ大統領がこれまでに示してきた unpredictable な急展開を振り返って見れば、あり得ないとまで言い切れない感が濃厚なのである。しかも、アメリカが進めている二国間交渉は何も我が国だけが相手ではなく、中国との貿易戦争の行方などはアメリカが有利という意見が大勢を占めているが、それが何時何処でどのように急変して我が国に対する交渉の姿勢が変わらないなどという楽観は許されないと思っている。

このようにトランプ大統領の政策が短期的に中間選挙を有利に展開させることだけに焦点が絞られているのか、中長期的に「アメリカファースト」と「アメリカを再び偉大に」の路線から外れることなく、世界の何処の国にも対アメリカの貿易黒字を許さないという姿勢を維持される気なのかは、私如きの理解も想像も超えている。しかも、全世界に向けて黒字に転換させるということは「これまでの懐が深い輸入国だったアメリカが強硬な輸出国に短期間に大転換を遂げる」という意味になる。そんなことがあるだろうか?

アメリカの産業界にそこに焦点を絞っていける業種が幾つあるかという疑問にも撞着する。だが、時代は最早目に見える、手で触れられる製品の売買の時代が終わりに近付き、GAFAが膨大な売上高と利益を誇っている21世紀なのである。トランプ大統領がこういう時代の急速で且つ大きな変化を何処まで意識されて自動車の関税を引き上げるというような古典的な脅迫?(は失礼かな?)をお続けになる気なのかと考え込んでしまう。ガソリン車は言うに及ばず、ハイブリッド車すら古物化されかねい時代である。

だからと言うべきかどうか、つい先日「70歳を超えられたトランプ大統領が頑固になって行かれると、時の流れについて行かれるのが難しくなりはしないか」などと言ってみたのだ。今からアメリカにハイブリッド車の工場を造ったとすれば、稼働する頃には電気自動車の時代になっていて、電池を何処からどうやって調達するかが経営上の最大の重要課題になっているかも知れないのだ。矢張り、時代は unpredictable だなと思い込まされている。


運動選手の飲酒

2018-09-28 13:55:46 | コラム
過度の飲酒は好ましくない:

先日、東芝のラグビー部の日本代表級選手の飲酒による事故を採り上げた。この件についてフットボールXリーグでコーチを務めた経験がある人物から、以下のような見解が寄せられたので紹介しようと思う。私は全日本級の選手ともなれば体格も良く体力も優れているので、酒豪が多いとは聞いたことがある。だが、飲酒が彼らの健康というかコンデイションの管理には芳しくないとは承知していたが、どのように悪いかは寡聞にして知らなかった。彼の見解は、

「このような飲み過ぎによる失敗は良くある話だが、今回のような形で表沙汰になってしまった例が少ないというだけのこと。勿論、過度の飲酒が運動能力低下をもたらすのは当然の現象である。では、それがどのようなことかと言えば『末梢神経に影響し毛細血管の拡張が遅くなるので、筋肉への血液供給が遅れ、筋肉に“乳酸”もたまりやすくなり、“息が上がる”状態になる』のである。」という解説だった。

私は体質的にもアルコールを受け付けられないので、飲酒がどれほど身体能力に悪影響をもたらすのかについてはこの解説を読んでも実感を伴わない。だが、過度の飲酒にはそういう悪影響がある事は運動選手たる者は十分に認識して、普段から十分に留意して摂生に努めるべきだとは思っている。だが、「飲むな」とまで言う気はないし、所謂「ストーイック」な生活をせよと強制しようとは思わない。

しかしながら、今回のように前後不覚になって路上に寝てしまうなどいう醜態乃至は失態は許されるべきではないと断じる。マスコミは同僚が車を持ち上げて救出したなどと美談にしたのもとんだ心得違いであると言いたい。結論としては「飲むか飲まないかは飽くまでも当人の自覚の問題である」と決めつけて置きたい。私が監督であればあの選手は代表から外す。