外野が「これは」と期待した人は選ばれないものらしい:
飽くまでも一般論だが、私は20年以上もの間、アメリカの会社で対日輸出を担当していて、その視点から我が国の会社の人事を見ていて「外野から見てこの人物こそは出世するだろう」と見込んだか評価した方が、期待か見込みの通りに事業部長や取締役に選任された例は少なかったと思うのだ。それは、その「彼こそは」と見込んだ人物が、社内(党内)における上からの査定や評価では案外に低く、期待外れと言うか眼鏡違いに終わったという意味だ。
一方のアメリカの会社組織では「我が国のように新卒で採用された者が段階を経て入社年次も反映させて、段々に地位と肩書きが垂直上昇するような世界ではない」のである。それこそ、ある日突然に何処か他社からスカウトされた者が登場して「我こそGeneral managerなり」と名乗り就任の演説を打ったりするとか、何の前触れもなくいきなりIvy League等のビジネススクールのMBAを引っ提げた若者が、自分の上司に着任したりする世界なのだ。
我がW社でもこういう事が屡々起きたが、「彼のような者が何時か上司に着任されたら嬉しくないな」と思っているような、上層部に受けが良い者が選ばれてハーバードの短期コースなどに派遣されて箔を付けて戻ってきて「副社長兼事業部長」に就任することがあるものだ。但し、アメリカの会社には我が国のような査定や評価の記録を持っていて人事を決める組織、即ち人事部はないのだ。人事は飽くまでも事業本部長の権限であるので、人事部の仕事はその記録を取っているだけなのだ。この点が我が国との大いなる文化の相違だ。
前置きが長すぎたかも知れない。私が採り上げたかったのは自由民主党総裁選挙の件である。現時点では石破茂氏は「出るだろう」とか「今回は見送りか」等の憶測だけなので、立候補者は3名だ。お節介な報道機関は鍵を握ると言われている党員に聞き取り調査などをかけて「河野太郎氏の人気が最も高い」などと報じている。私は何度も言ったことで「自由民主党の内部の選挙であり、我々は有権者でも何でもない。ただ黙って成り行きを見ているだけで良い」のだと思っている。まして、党員がこのような調査に惑わされて欲しくない。
しかし、一言だけ予想めいたことを述べておけば「自民党の総裁選挙は我が国の明日とは言わないまでも近い将来の命運を左右しかねない政治家を選ぶので、自由民主党の議員さんたちと党員の方々には薄っぺらな人気投票のようにならないように、真剣に候補者の人格と政見の品定めをして貰いたい」のである。既に述べたように、一般人の目から見て「これは」と見える人が最善の選択かどうかは解らないのだ。
単なる声が大きい人気者を選ぶような結果になって欲しくはないのだ。言うなれば「立候補を表明したかと思えば、それ以前の信念を曲げるような人が評価されて良いものか」と怖れているのだ。この辺りは表現に苦労したので、要点がぼけてしまったのではないかと懸念している。
飽くまでも一般論だが、私は20年以上もの間、アメリカの会社で対日輸出を担当していて、その視点から我が国の会社の人事を見ていて「外野から見てこの人物こそは出世するだろう」と見込んだか評価した方が、期待か見込みの通りに事業部長や取締役に選任された例は少なかったと思うのだ。それは、その「彼こそは」と見込んだ人物が、社内(党内)における上からの査定や評価では案外に低く、期待外れと言うか眼鏡違いに終わったという意味だ。
一方のアメリカの会社組織では「我が国のように新卒で採用された者が段階を経て入社年次も反映させて、段々に地位と肩書きが垂直上昇するような世界ではない」のである。それこそ、ある日突然に何処か他社からスカウトされた者が登場して「我こそGeneral managerなり」と名乗り就任の演説を打ったりするとか、何の前触れもなくいきなりIvy League等のビジネススクールのMBAを引っ提げた若者が、自分の上司に着任したりする世界なのだ。
我がW社でもこういう事が屡々起きたが、「彼のような者が何時か上司に着任されたら嬉しくないな」と思っているような、上層部に受けが良い者が選ばれてハーバードの短期コースなどに派遣されて箔を付けて戻ってきて「副社長兼事業部長」に就任することがあるものだ。但し、アメリカの会社には我が国のような査定や評価の記録を持っていて人事を決める組織、即ち人事部はないのだ。人事は飽くまでも事業本部長の権限であるので、人事部の仕事はその記録を取っているだけなのだ。この点が我が国との大いなる文化の相違だ。
前置きが長すぎたかも知れない。私が採り上げたかったのは自由民主党総裁選挙の件である。現時点では石破茂氏は「出るだろう」とか「今回は見送りか」等の憶測だけなので、立候補者は3名だ。お節介な報道機関は鍵を握ると言われている党員に聞き取り調査などをかけて「河野太郎氏の人気が最も高い」などと報じている。私は何度も言ったことで「自由民主党の内部の選挙であり、我々は有権者でも何でもない。ただ黙って成り行きを見ているだけで良い」のだと思っている。まして、党員がこのような調査に惑わされて欲しくない。
しかし、一言だけ予想めいたことを述べておけば「自民党の総裁選挙は我が国の明日とは言わないまでも近い将来の命運を左右しかねない政治家を選ぶので、自由民主党の議員さんたちと党員の方々には薄っぺらな人気投票のようにならないように、真剣に候補者の人格と政見の品定めをして貰いたい」のである。既に述べたように、一般人の目から見て「これは」と見える人が最善の選択かどうかは解らないのだ。
単なる声が大きい人気者を選ぶような結果になって欲しくはないのだ。言うなれば「立候補を表明したかと思えば、それ以前の信念を曲げるような人が評価されて良いものか」と怖れているのだ。この辺りは表現に苦労したので、要点がぼけてしまったのではないかと懸念している。