Fish On The Boat

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『アメリカ黒人の歴史』

2020-12-22 01:28:10 | 読書。
読書。
『アメリカ黒人の歴史』 上杉忍
を読んだ。

大航海時代。アフリカから奴隷として連れてこられ、プランテーションなどで働かされるようになった黒人たち。本書はそのなかでも、もっとも注目されるべき存在とも言えるアメリカ黒人のその歴史を見ていくものです。

アメリカ黒人は、その酷薄な差別と厳しい苦難の道を歩んできたがゆえに、アメリカ社会の危機をもっとも敏感に感じとった存在であり、同時にアメリカ社会の変革の最前線に常に立ってきた集団である。

奴隷制という非人道的な仕組みは、支配する側の白人にも支配される側の黒人にもその精神面に深い影響を与えることは避けられないと思います。権利も時間もなにもかもを収奪するのが奴隷制ですから、それが常態化すると(奴隷制は黒人を対象にするものに限らず古代からある悪習ではありますが)歪んだ精神性が支配者のほうにも被支配者のほうにもあらわれてくるものではないでしょうか。そして、そんな歪んだ精神性で作られていく社会は人々の歪んだ精神性を反映したものであり、その歪んだ精神性で形作られた社会がさらに歪んだ精神性を再生産したり助長したりしていくものになってしまう。

たとえば女性の地位の問題だってそうなのでしょうが、この本のテーマである人種差別のような根深い社会問題というのは、公正ではないのにまるで空気のようにありふれてしまって意識もされにくくなる「盲点化」とでも表現したくなる状態に陥ることに待ったをかけることで問題として表出するのだと思います。「本来、我慢しきれるものではないし、我慢するものでもないのだ」と気付いたりわかったりし、つよく意識していくことは真っ当です。ですが、「盲点化」(「盲点化」は「固定化」とも言えます)を望む者はたくさんいて、そこで戦いがおこる。終わらない人種差別の戦いには、収奪する側の深い欲望(利権)によるもののみならず、差別する側にとっても彼らより優位に立っていなければならないという、生存競争においての強い不安感による強迫観念がからみついているところも見えてきます。

アメリカ黒人たちは、奴隷解放や地位向上などの分節点の多くを、南北戦争や世界大戦などの戦争時下社会状況がポジティブに作用することによって迎えていました。たとえば第二次世界大戦中、敵対するナチスドイツが行っているユダヤ人排斥をアメリカが非難しても、リンチ殺人すら暗黙のうちに処理してしまうほどのアメリカ国内でのむきだしの黒人抑圧があり、それをもしもナチスドイツから指摘されて「アメリカ民主主義の欺瞞」を証明するものとして宣伝されたならば、アメリカの正義が大きく揺らいでしまう。そのために、政府が黒人に譲歩していくのです。さらに黒人側もしたたかに駆け引きをして自分たちの境遇を改善していきます。しかし、これらの前進にはかならず揺り戻しがある。南部の保守的な白人に代表される人たちの力も根強いのです。

少しずつよくなっていく様子から、状況をよくするために戦ってきたアメリカ黒人たちの一歩一歩が本書から読みとれるのですが、公民権運動の頃のキング牧師の登場にはやはりこれまでの黒人指導者を越えている感じがつよくしました。スケールといい、カリスマ性といい、能力といい、とても大きく感じられるし、実際そうだったのでしょう。彼による非暴力での活動が広まっていき、ほんとうに大きなうねりになっていく。しかし、偉大な人物ではあっても苦悩はつきなかったであろう様子がその行動の記述から読みとれます。それだけ複雑でままならない問題であり、政治的な駆け引きもあるし、その深い部分が彼にはよく見えていたのだと思います。

現代は、当時とはまた内容に大きな変化が生じている黒人差別問題と反対運動や暴動の状況があるようですが、キング牧師のような人物がでてくるときっと何かまとまるものがあるのではないかと想像してしまいました。最近の人たちにありがちな、小手先の知識でどうにか状況を打開しようというのではなくて、知識や教養を支えながら周囲にもその存在をじゅうぶんに感じさせる熱い心意気が、それがいくぶん古くさいものだったとしても有効なんじゃないか。細かい部分すべてを知っていなくても、根っこのところのベクトルがちゃんとしていて、それがちゃんと伝われば、人は動き、まとまっていくような気がするのですが、どんなものでしょうか。

本書は、公民権運動からの歴史に大きく紙幅を割き、現代の黒人差別の事情を新書という形式内でできるだけくわしく知ることができるよう、役立つ構造になっています。レーガン大統領からはじまった新自由主義とそれによる大企業優遇や福祉の縮小などの記述もありますし、そういった流れで骨抜きにされ形骸化されていく法律があることも教えてくれます。これらは今の日本に置き換えてみて気付けるところもあるでしょう。また、会議をしてそれから放置する、という行政にありがちな体質が書いてありましたが、これだって日本の行政にもぴったりあてはあまる部分があります。手に負えないケースは体よく放置しますよ、日本の行政も。

といったところで書き尽くせない、ページ数のわりにボリューム感のある濃密な中身でした。怒りと憤りを感じながら学ぶ読書です。と同時に、あまりのひどさにメンタルを削られながらにもなりました。人類学者・レヴィ=ストロースが、「この世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」みたいなことを言っていますが、本書にある数々のクソッタレな行いの記述から知るにつけ、そういうクソッタレなためだからなのかなぁ、と「はあぁ……」と息が漏れ出もしました。でも、知ってよかった、読んでよかった、と思えます。世界について、また少し、わかるためのとっかかりが増えたような気がしています。


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