Fish On The Boat

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『かもめ食堂』

2022-02-28 22:05:47 | 読書。
読書。
『かもめ食堂』 群ようこ
を読んだ。

フィンランドでおにぎりをだす食堂をはじめたサチエと、そこで共に働くことになったミドリとマサコ、そして常連になる日本びいきの学生・トンミくんをまじえた、ささやかであたたかな物語。

サチエが宣伝もせずにひとり、飛び込みではじめた「かもめ食堂」。おにぎりはさっぱり売れないのだけれど、コーヒーやシナモンロール、パンや軽食は少しずつ注文されるようになっていく。その日々がおおらかな文体でゆったりやわらかく進められていきます。「文学」なんて硬さはありません。「小説」といったようなてらいもありません。なんのひけらかしも、頭のよいところをみせるような技巧もありません。ともすれば、そここそが本作品の心地よさを作りだしている手法となっているのかもしれません。そうなんです、読んでいて、言葉の柔らかさも表現やストーリーの柔らかさも、とても心地よいのでした。

おにぎりをマサコが食べるシーンでは、周りのフィンランド人たちが興味と好奇心から口々におにぎりについて言葉にするさまが可笑しい。
「黒い紙よ」
「白に黒のコントラストの食べ物って、見たことあるかい」
「御飯の積み木みたい」
「あれが、このメニューにあるおにぎりなのか」P169

こういう物語が多くの人に受け入れられることについて、みんな疲れているからじゃないだろうか、なんてことが思い浮かびはするのです。けれども、この物語の味わいこそがおいしく握られたおにぎりのようなんだと気付くと、色合いが違って見えてきます。地味だし素朴なのだけれど、食べるとおいしくて力が出てくる。この物語もそういった味わいがあります。そして、鮭やおかかといった中身の具のようなアクセントも、随所で物語の盛り上がりとしてあるのでした。

また、すこしだけ効いた塩味めいた箇所もでてきます。たとえば、ひとりで店をはじめたばかりの子どものように見えてしまうサチエの様子を外からうかがうフィンランドの人のセリフ。
「児童虐待じゃないだろうね。元気に楽しくするしかないって、あきらめているんじゃないだろうね」P6

上記のセリフを含めて、日常の温度感でさりげなく、「そういうものだからなあ、仕方ないんだよ」としての感覚で、世の中・人の世知辛さが描けているところがあるのが本作品を手にして思わぬところではありましたがよかったところです。ミドリにしてもマサコにしても、そういった境遇・環境にあってフィンランドへやってきています。彼女たちの背景としてあるものは、女性であることでの不利益でもありました。

世知辛さだけではなく、どうしようもできないような割り切れない状況や環境に運命によって身を置かれてしまう大変さも、登場人物の過去つまりその人物の今に至る要因・背景として、さらりと書かれているのもよいところなんです。ある意味、恨みや憎しみで書くよりか、さらりと書かれたほうがほんとうですから。それがおにぎりの塩味めいていました。

といったような、素朴な豊かさを宿した作品です。手にする方は、コワモテで読んではいけませんよ。


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