Fish On The Boat

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『饗宴』

2022-05-23 22:02:57 | 読書。
読書。
『饗宴』 プラトン 中澤務 訳
を読んだ。

古代ギリシャの哲学者・プラトンによる、師匠であるソクラテスの物語のひとつで、エロス論です。

舞台となるのは詩人・アガトン邸での饗宴(飲み会の一種)の席。アガトンが大勢の大衆を前に見事な詩を披露して優勝したお祝いの饗宴です。そこに出席した者たちが順々にエロスについて語っていきます。途中、演説の順番が来たアリストファネスのしゃっくりがとまらず、次の順番をひとつ飛ばしてもらうアクシデントがありますが、これはこの哲学議論物語にユーモアで彩ったアクセントなのかもしれません。

まずはじめのパイドロスの話からもうおもしろかった。
「自分がなにか恥ずべき状態に置かれている状態を愛する者に見られるとき、最も恥ずかしいと感じるのです」
つまり、臆病な振る舞い、醜いふるまい、そういったことをしなくなるために、エロスが働いていると説いているのです。これは僕個人にも思い当たるものです。思春期になったときに、それまではふつうに感じられていた周囲の友人たちの汚い言葉や言動そして行動と、それらに溶け込んでいた自分というものに疑問と嫌悪を感じるようになりました。そのことについて、僕は自分がただ好い格好をしたいだけであって、そういった醜いふるまいを避けるようになったのだろうと、やや自嘲気味に考えていたのですが、パイドロスの説に照らしてみると、きちんと言えることが出てきます。すなわち、次のようなことになる。愛する人と釣り合うため、相手からの尊敬を勝ち取るためには、醜いふるまいを捨てねばならない。そうしない振る舞いは、愛に背くことになる、と。古代ギリシャの時点で答えが出ていたんですね。そのあたりがはっきりしないまま僕は成人しましたし、ある程度見切りをつけるまでにもそれからかなりの時間を要しました。

解説によると、口火を切ったパイドロスの議論はレベルの高いものだとは言えないとされていました。確かに、他の者たちの議論に比べると、話が短く、奥行きだってそれほどではないかもしれない。でも、本書をこのあと堪能するための基点として、見事な視点をまず与えてくれていると言えるでしょう。きれいなスタートのきり方に感じられました。

そうしてパウサニアス、エリュクシマコス、アリストファネスの議論を経て、詩人・アガトンは彼の議論のなかで言います、エロスは「最も美しく、最もよき指導者」。醜さから逃れさせるのがエロスであり、美しいふるまいをさせるのがエロスだからだというパイドロスの議論から繋がる言葉でした。

そしてクライマックスとなるソクラテスの議論がはじまります。ソクラテスがディオティマという名前の女性から「エロスとはなにか」について教えを受けている場面を、ソクラテスが回想するかたちで議論を進めていきます。これまでの5人のよる議論よりも高次で力強い議論が展開されていくのでした。

そのなかでソクラテスが、あたかも0と1の間のものの話ととれる内容を話していて恐れ入りました。エロスは自分に欠けているものを求めているのだし、美しさを求めているのだから、ではエロスは醜いのか、という論理展開に対して、いや、美しさと醜さの中間に位置する精霊(ダイモン)なのだ、という答えがそれです。それでもって、精霊が、両極を繋ぐ役割を持つという議論にも結び付いていく。このあたりを類推して考えると、昨今の二分法的な考え方に大きく一石を投じる内容だと思えるのです。0と1だけじゃなく、白と黒だけでもない、量子論的なそれらの間の部分に着目する考えです。

さて、ソクラテスの議論は、エロスの究極の形にまで行きつきます。個別の肉体的な美への愛から、すべての肉体的美の共通性への愛へと目覚め、それから精神性の美に目覚めて心を愛するようになり、そこから発展して人間と社会のならわしのあいだにある美に気づくようになる。次には知識の美しさへの愛に進み、知恵を求めるはてしない愛の旅の中で、思想や言葉を生んでいく、その境地が愛の最終地点なのでした。これらは「美の梯子」と呼ばれ、有名な理論なのだそうです。

また、「美の梯子」の前には、子を産むことが愛の目的であることも明かされていました。永遠を求めるのがエロスであり、子孫を残すことは人間という種の永続のための行為です。また、生命というかたちではなく、ソクラテスが言うには「知恵をはじめとするさまざまな徳」を生むこともエロスによることだとされている。つまりは創作すること、クリエイトすることも、エロスが関係することなのだ、というのです。予期していないところで創作論にも結び付いて、わくわくしました。愛、知的好奇心、創作はみなエロスでつながっているものなのかもしれません。

というところですが、読みやすい翻訳でしたし内容もつよく興味を惹くものでした。

今読んでも新しい古代ギリシャ。紀元前の知が、2000年以上を超えて、現在を新たに照らしくれます。


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