11年前の震災の日は自宅にいた。家がものすごく揺れたので玄関から庭先に出て様子を見た。
隣の家の車の車体が外れそうな見たこともないような揺れ方をしていた。
やがて揺れが収まり、テレビを観ていた。
あとは知っての通り、次の日あたりから、福島県の原発に異常が発生したという
ニュースが流れた。詳細は割愛するが、この時仙台の大学に勤めていた友人に安否確認のメールをしたところ、
返事が返って来た。彼はフランスにいて難を逃れたという。
この時から友人との交流が再開した。
数学雑誌の連載記事の原稿が送られて来て、
感想をメールで返したりした。次の年、大学での最終講義をするという連絡があり、発表に際しての思い出の写真などが送られて来たりもした。
最終講義の日、都合をつけて新幹線で仙台へ。講義の様子をビデオに撮影し、DVDにして送った。
講義の内容は大学院レベルの数学だったので理解は出来なかったが、
DVDを大学の恩師にも送り恩師とも交流が出来た。
3月11日が来るたびに、そんなことを思い出す。