まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

家に帰ってゆっくり休もう(只見の旅6)

2016年10月25日 | 旅行

檜枝岐からの道は走りやすく、那須塩原からR4号バイパスにのると、ここは、時速60Km前後で流れていたので、19時半頃には道の駅しもつけに着けました。あと150キロ。

埼玉県庄和からのR16も流れのはやい国道なので、これなら日付変更時刻前後には帰宅できそうです。
ちょっと頑張って、家に帰えろう。家が一番ゆっくりできる。
23時半過ぎ帰宅。
ワンコ歓喜のお出迎え!(笑)

全走行キロ790kmあまり。時速50~60kmの日常走行だったけれど、古い軽もよく走ってくれました。そしてたくさんの発見がありました。
何より、無事に、交通事故もなく、見知らぬ土地を見分できたことに感謝です。

自然の厳しさについては、すでに書きましたが、ガソリン単価の違いにも驚きました。私の生活圏では、1リットル114円~116円ですが、むこうでは127円くらいしていました。
車は田舎の必需品、今回いったエリアなどは、まさに車がないど大変そう。その燃料がこれだけ違う。暖房用の灯油なども当然高いのだと思います。
雪国の田舎生活も大変なんだろうなぁ。

道の駅で無料Wi-Fiがつかえるところも増え、整備が進んでいるのにも驚きました。タブレットPCなどがあれば、出先で情報検索や宿の予約なども簡単にできる。すごい時代になってきています。

あたしは相変わらずガラケー携帯、旅情報は家のPCで調べて、紙やマップに書き込んでという生活で、たぶんこからも変えることはないと思いますが、時代遅れであることは分かるようになってきました
()

河合継之助記念館で知った小説『会津士魂』を大人買いしたので、しばらくは、読書の秋を楽しみたいと思っています。


 

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あぁ、いいなぁ。

2016年10月24日 | 日記

今日は穏やかな、絶好の畑日和の一日でした。

ときどきいく近所の赤ちょうちんのおやじさん(同年代)が、トウガンをもらってくれることになり、畑に行く途中2個届け、昨日バイト帰りに足を延ばして買ってきた、玉葱苗200本(1392円也)を植え付けました。
ほとんど世話をしないので、歩留まり30%ってとこかな
()

隣の畑では、近所のおやじさん(あたしもじゅうぶんおやじですが=親世代)が、地に這いつくばってサツマイモを収穫していました。雨が降らなければ毎日畑にいて、ほんと、這いつくばって作業をしていますが、若い頃は地域ではかなりの人物でした。
でも、今は、花鳥風月、雑草の時間を楽しんでいるように見えます。ほんと、毎日楽しそうです。

「芋掘りって、けっこう大変ですよね!」って声をかけたら、「ツルばっかりさ、たいして芋はねぇよ」って、笑った前歯のない笑顔がとても神々しかった!

自分もどこまで生きられるのかは分かれないけれど、こんなふうに生きれたいいな!

あぁ、いいなぁ!と思いました。

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檜枝岐(ひのえまた)温泉への道は酷道だった(只見の旅5)

2016年10月24日 | 旅行

旅の最後に、ひとっぷろあびて計画のため、檜枝岐温泉(難しい読みですね)へ向かいました。

奥只見ダムの駐車場で、持参したツーリングマップルをひろげてながめていたら、このときすでに1枚目の”またぎせんべい”をポリポリやっていたわけですが、シルバーラインの途中から、銀山平方面、R352に抜ける道がつながっていて、R352をずっと走っていけば、再度福島県へ入り、目的地に着けそうでした。

自然の厳しさをしらない、お気軽温暖エリア房総在住おやじ、距離も70キロ程だし、こりゃ、いただきだな!とタカをくくって走り出した後の2時間ほどは、とても心細い、今思うと無事でよかったぁという時間になりました。

ツーリングマップルにも、ガソリンスタンドはないですよ、との情報は載っていましたが、行けども行けども集落も”第一村人”も発見できない細い山道。対向車、後続車ももちろんありません。峠を越えたと思うと、また新たな峠。
標識があったので注意してみたら、「ここから携帯電話が利用可能エリア(NTTドコモ)」のような表示。

ここへ来て初めて、ここ携帯電話もダメなんだ!と認識した次第。日本でもまだこういうところはたくさんあるんですね。

走ってきた部分のR352は、国有林の中の舗装してある山道。たしかに国有の道路、国道には違いありません。シルバーラインの中で、よぎった悲観的な思いが、どぉ~~んと押し寄せてきました。

古いけれどまだポンコツではない愛車も12万キロ走り、あたし同様、日常生活には支障はなくても無理はできません。この車の鼓動がとまったら、たぶん森のくまさんに食われて最期かな?

まあ、それはいいとしても、事後処理に大勢の人に迷惑をかけるのは本意ではないな、とまじめに考えちゃいました。

それでも、どうにか集落のある檜枝岐へ到着。

遭難みたいなことにならなくて、ほんとよかった!と思いながら、目の前に広がる紅葉と露天風呂で思いき切り手足を伸ばした駒の湯です。
入浴料500円也。

小一時間ゆったりして、16時過ぎ。あとは、300キロ先のわが家へ帰るだけです。

旅のイメージでは、宇都宮あたりのビジネスホテルに飛び込みで入って一泊してゆっくり帰るつもりだったのですが、さて、どうしようか。
ときかくR4号バイパスまで戻ろう。


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シルバーラインは恐ろしく長いトンネル群だった(只見の旅4)

2016年10月23日 | 旅行

奥只見ダムにゆくには、このダム建設に先立って作られた専用道路、シルバーラインを通っていくしか道がないようです。
このシルバーライン、全長22kmのうち18kmがトンネルだという前情報を持って行ったのですが、実際走ってみたら、むき出しの岩盤、湧き水のトンネルが延々と続く、想像を絶するものでした。

交通量も少なく、ここで車が壊れたらどうしよう・・・。そんな悲観的な考えもちらっと浮かんだりして。

よくまあ、こんなトンネルを掘ったものだと、ダムよりも感心してしまいました。

長いトンネル群を抜けると、視界がひらけ、日本最大の重力式ダム、奥只見ダムと広い駐車場、おみやげもの屋さんがありました。

名物またぎせんべい。380円也。一袋購入。
カミさんにおみやげのつもりで買ったのですが、次の目的地への移動中小腹がすいて食べちゃいました()。これがけっこう美味かった。

もっとたくさん買えばよかったなぁ。

 近くにあるという奥只見丸山スキー場というところは、冬季は雪が多すぎて閉鎖されるのだとか。どんだけ雪が降るんだろ?
ここでも、豪雪のイメージはつかめなかった、温暖エリア房総在住おやじでした。

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日本一の豪雪地帯 六十里越を走る(只見の旅3)

2016年10月22日 | 旅行

六十里越、国道252号線は、日本一の豪雪地帯で、11月中旬から5月中旬までは、積雪と雪崩のため閉鎖になるのだそうです。

数年に一度くらい、降雪があっても、翌日には消えてしまう温暖な房総に住んでいると、想像もできません。

只見駅前を通り、山のほうに走ると只見ダム、しばらく進むと田子倉ダムが見えてきました。




田子倉ダム周辺は、展望スポットになっており、ここの食堂でお昼。
旅にでたのだから、地元の美味しいものを、との気持ちはあったのですが、けっきょくいつものジャンクフード、ラーメンでした(笑)。でも、味噌ラーメンの味噌がとても美味しかったぁ。


ここでも、”クサムシ”がたくさんいました。河合継之助記念館で服についてきた虫がいたようで、狭い軽の車内はあの独特の臭いで充満。田舎人なので、なれたはいるものの、ちょっと困りました(笑)。
毎年こんなに発生するのかな?だとしたら、これはこれで、地元の人たちは対策が大変そうです。

あとひと月もすれば雪が積もりだすであろう山々の紅葉はどんどん進んでいました。

峠の展望スポットに六十里越峠開通記念碑がありました。

     越後の窓開く
     
六十里越峠開道記念碑
     
昭和48年9月
     
内閣総理大臣 田中角栄

とあります。

今は道路網、鉄道網が整備され、新潟もぐっと近くになりましたが、昭和の中ごろまでは、新潟と関東の距離は、物理的な距離以上に遠かったのかもしれないなぁ。連なる山並みと角栄さんの顕彰碑を見ながら、そんなふうに感じました。

今、便利さを享受している高速道路網、新幹線網など、角栄さんが活躍された時代に構想されたものが多いのではないでしょうか。田中角栄さんとその人脈というのは、功罪がありますが、ものすごく大きな仕事をしたのだと思います。

福島・新潟県境を越え、魚沼市におり、R352で、奥只見ダムに向かいまいました。

 



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