8月26日 おはよう日本
フランスではいま
映画が誕生した当時のように
ピアノの即興演奏をつけて静かにサイレント映画を上映する動きが広がっている。
ブルゴーニュワインの中心地 ボーヌ。
8月に3週間にわたって「ボーヌ・サイレント映画祭」が開かれた。
上映された約20本の作品はすべてサイレント映画。
100年ほど前に作られたセリフのない作品である。
音のない世界に色どりを添えているのがピアニストによる即興演奏である。
リズムやメロディーに変化をつけながら映画の世界観を表現していく。
19世紀の終わり
フランスで映画の起源とされる「シネマトグラフ」が発明された。
音楽やせりふが付けられなかったこの時代
画面に合わせて多彩な音色を奏でるピアノの即興演奏は人気を博し
ヨーロッパ中で広がったのである。
フランスでは
ピアノの即興演奏をつけた当時の上映スタイルに脚光を当てようという動きが広がり
今ではこうした映画祭が全国各地で開かれるようになっている。
この即興演奏でいま注目されている日本人ピアニストがいる。
星野紗月さん(25)である。
星野さんは東京の音楽大学でクラシックピアノを学んだ後
楽譜にとらわれない自由な演奏の世界に魅せられて
おととし単身フランスに渡った。
名門パリ国立高等音楽院のピアノ即興科に首席で入学。
フランス国内の映画祭にもたびたび出演している。
(星野紗月さん)
「即興演奏は今までやったことがなかったのですが
逆にそれが気になって
現代を生きる私たちが今のスタイルで音楽をつけていくギャップが魅力ですね。」
星野さんは約40年のキャリアを持つピアノ即興の第一人者からレッスンを受けている。
クラシックとは異なり
サイレント映画での即興演奏には
映像を引き立てる工夫が必要である。
メロディーをていねいにつけようとする星野さん。
しかしむしろメロディーが妨げになることもあると指摘された。
「あなたは常に演奏しているのでもっと間を入れるべきです。」
(パリ国立高等音楽院 教授)
「彼女には舞台に上がると誰もが聞き入ってしまうカリスマ性があります。
今後は彼女自身が自分の世界をさらに広げていく必要があります。」
星野さんはピアノを離れても感性を磨くことを意識している。
演奏する予定のサイレンと映画を見ながら
映像から思い浮かんだメロディーやアイデアを書き取り
作品のイメージを膨らませる。
(星野紗月さん)
「後ろのピラミッドも見えますし
音楽を変えるときにエジプトの音楽のように。」
「例えば客がすごくのめり込んでいたらむしろ音数を少なくして
逆に客が少し退屈そうだと思ったら音楽を盛り上げていくとか。
同じシーンでも同じ緊張感でも
客の反応によって変えたりするので
このメモを書いている時点では予測はつかないです。」
この夏
星野さんに大きなチャンスが訪れた。
世界のサイレント映画を上映するフェスティバルでの演奏である。
演奏するのは小津安二郎監督の戦前の名作
「大人の見る絵本 生まれてはみたけれど」(1932年)。
上司にへつらうサラリーマンの父親とそれに反発する子どもたちとの関係が
ユーモラスに描かれている。
映画の最終盤
反発をしていた2人の息子が父親の愛情を理解し仲直りする場面。
星野さんはふと頭に浮かんだあるメロディーを弾き始めた。
動揺「七つの子」。
カラスの親が子へ注ぐ深い愛情を表現したメロディーである。
日本映画の巨匠による世界観と
日本の童謡を生かした音楽が調和し
観客の心をつかんだ。
(観客)
「本当にすばらしい演奏でした。
シーンに合わせてうまく弾き分けていましたね。」
「彼女の音楽があることによって映画の質が高められています。
つまり小津監督の映像に
さらに深い意味を与えてくれたのです。」
(星野紗月さん)
「自分のアイデアとの勝負というのがあって
即興演奏の部隊があればあるほど
どんどんアイデアが増えていく気がするんですね。
新しいものを見つけ出したり
真剣勝負ですね。」
音のない映画の世界に色どりを添える即興演奏。
若き日本人ピアニストの豊かな音色が
古き良き文化に新たな光を与えている。
フランス政府は
サイレント映画にピアノの即興演奏をつけて鑑賞する当時のスタイルを
ひとつの文化遺産ととらえ
後世に残していきたいということである。