本日は、箕面三中でバスケットボー部、箕面一中で卓球部の池田箕面豊能郡大会が開催されました。
両部とも、3年生には引退戦となります。
バスケットボール部男子は、渋谷中学校を相手に、終始リードしながら試合を進めました。
リバウンドをよくとり、こぼれたボールをとり、シュートにつなげるか、攻撃への切り替えがスムーズでした。
また、攻めるときの味方のプレイヤーがよく見えており、確実にパスをつなぎ、シュートまでもっていきました。
さて、今日は卓球の話題を提供します。
卓球の平野美宇選手は今18歳で、2歳ずつ歳の離れた二人の妹がいます。
3人とも卓球をしているという、卓球一家のモットーは、「自分のことは自分でやる」ことです。
幼い頃から、外に出かけるときは、おむつなどを入れたリュックを自分で背負いました。
遠征に行くようになると、一人で荷づくりをしました。
傷んだラバーの張り替えも、3人は自分でやりました。
食卓は、みんなで楽しく囲みます。そこでも、自分でやるといううモットーは変わりません。
夕食のおかずが春巻なら、母は具材の下ごしらえだけして、あとはみんなで皮を巻きます。食卓では、子どもたちが電気フライヤーで揚げ、みんなの分をお皿に配ります。
こうすることで、温度を何度にすれば焦げずにおいしくできあがるか、次の準備をいつすればいいのか、と自ら考える力も、3人に自然と身につきました。
失敗しても、次はこうしようというアイデアを出し合えます。
お母さんが頑張ることも大事ですが、「作る過程を楽しむことは、人生を一緒に楽しむことでないかと思います」と美宇さんの母は言います。
それは、瞬時に判断を求められる卓球のプレイでも、「自分で考えて最良の方法をきめる」力を美宇さんに養わせる結果となりました。
美宇さんは、5歳だった2005年に、卓球で注目を浴びるようになりました。
福原愛選手以来の「天才少女」と言われ、TV番組にもたびたび出演しました。
母には、美宇さんが「てんぐ」にならないかと、心配がありました。
そこで、母は言い聞かせました。
「美宇は卓球が強いから優遇されているんじゃないよ。何でも一生懸命がんばるから、みんなが協力してくれるんだよ」
平野選手が出場する試合は、ほとんど母は応援に駆けつけます。
その間の食事の用意や洗濯は、妹2人が引き受けます。
あるとき、「家族もたいへんだと思うのに、私のことを一生懸命、応援してくれることに感謝している」という美宇さんの言葉がありました。
母は、謙虚でいる美宇さんの言葉がうれしかったということです。
(本文は、『毎日新聞』2018年8月2日号の「くらしナビ ライフスタイル」の「親ありて」の一部を抜粋して掲載しました。)