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2010.02.24 阪神大震災の日、香港に居た私(その6)

(その6)
夕食は、香港島のお店で済ませていましたので、ホテルに帰ったら、後はお風呂と寝るだけでした。
Tさんに先にお風呂に入って貰って、次に私がお風呂に入っている時のことです。

突然、Tさんが、バスルームのドアを激しくドンドンと叩いて、大きな声で叫びました。
「ちょっとちょっと、早よ出て来て!、早く早く、テレビ見て!」と言って、激しく叩き続けます。

私は、あわてて濡れたまま、バスルームから飛び出しました。
そして、目の前のテレビに映っている光景を見て、びっくりしました。

凄まじい火事です。
真っ赤な大きな炎がめらめらと、大きく燃え広がっている恐ろしい光景です。
何よりも驚いたのは、テレビの下に出ていた文字なのです。
そこには、「神戸市長田区」と言う文字があったのです。
 
もちろん、流れている言葉は、分かりません。
でも、それは関係ないのです。
日本人には漢字が分かるので、テレビの画面を見れば、何が起こっているのか、理解できました。
神戸市長田区で、凄まじい大火事が起こっているということが…。

そして、続いて、出て来た画面を見て、私は仰天しました。
何と、阪神高速道路が、ぽっきりと折れて地面に横倒しになっている写真が写っていました。
そして、その下によく知っている文字があったのです。
それは、信じられないことに、我が家のすぐ南の町の町名でした。

あの、歩いて10分掛からない、我が家の南にある見慣れた高速道路が折れて地面に落下している
信じられない惨状が、はっきりと写っていました。

その時、初めて、私は神戸に何が起こったかを知りました。
私は、凍り付いた様に、画面を見つめて立ちすくんでいました。

その瞬間です。
まさに思いがけないことが起こりました。
私の左の頬に、母の視線が、パンと張り付いたのです。

                                (その7へ続く)
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