午前中にパソコンを修理に出そうと、コード類を外して用意をしておりました。
最後に念のため、別なコンセントに差し込んでみたところ、パソコンが起動してしまいました。
あんなに念入りにコンセント、コード類を確認したのに・・・
正に狐につままれた感じです。
○万円の修理代と、まだ続くと思っていたパソコンのない不便な生活が、一瞬にして元に戻ったので、とても不思議な気持ちです。
上手く表現出来ませんが、ココロに陽が差したとでも云うのでしょうか。
そんな気持ちになってみて、思い出した一冊の本があります。
遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」です。
思惑の全く違う男女二人が一晩を共にし、薄幸の主人公の森田ミツはある病気の誤診を受け、最後まで相手の吉岡務を思い続けて死に、吉岡に「理想の女というものが現代にあるとは誰も信じないが、ぼくは今あの女を聖女だと思っている・・・。」と言わしめるストーリー。
涙で自分が磨けるかもしれません。
何度か読み直しておりますが、一度電車の中で読んでいて、涙が溢れすぎて困った思い出があります。
これから、私も“聖女”を探してみたいと思います。
一応、“マドンナ”の曲は歌いますので。
(元へ、よく聴くでした・・・)
パソコンが“復活”して、思い出した本でした。
それにしても不思議です・・・
最後に念のため、別なコンセントに差し込んでみたところ、パソコンが起動してしまいました。
あんなに念入りにコンセント、コード類を確認したのに・・・
正に狐につままれた感じです。
○万円の修理代と、まだ続くと思っていたパソコンのない不便な生活が、一瞬にして元に戻ったので、とても不思議な気持ちです。
上手く表現出来ませんが、ココロに陽が差したとでも云うのでしょうか。
そんな気持ちになってみて、思い出した一冊の本があります。
遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」です。
思惑の全く違う男女二人が一晩を共にし、薄幸の主人公の森田ミツはある病気の誤診を受け、最後まで相手の吉岡務を思い続けて死に、吉岡に「理想の女というものが現代にあるとは誰も信じないが、ぼくは今あの女を聖女だと思っている・・・。」と言わしめるストーリー。
涙で自分が磨けるかもしれません。
何度か読み直しておりますが、一度電車の中で読んでいて、涙が溢れすぎて困った思い出があります。
これから、私も“聖女”を探してみたいと思います。
一応、“マドンナ”の曲は歌いますので。
(元へ、よく聴くでした・・・)
パソコンが“復活”して、思い出した本でした。
それにしても不思議です・・・
(隠れ)ファンとしてもうれしいです。
それにしても「わたしが・棄てた・女」ですか…
なんてなつかしい題名でしょうか。
学生の時にゼミで取り上げた本でした。
(キリスト系の学校だったので)
ミツの純真さと、聖母マリアの姿が重なるものだと力説していた日本文学の先生も今思えば学生の私たちより、もしかして純真だったのかなと思ったりします。
ミストラルさんの文章には『ほっ』とさせるものがあります。
今夜はおそらく本棚の奥で眠っているはずの、なつかしい本を手にしてみることにします。
hKEIさんを高島平の女神たちに引き合わせたくなりました(笑)
最近、偶然や不思議なことが続きます。
パソコンが起動したのは、ひょっとしたら加藤和彦のお陰かもしれません。
初めて「イムジン河」を聴いた時の感動を今でも忘れられません。
発売中止になった時の「イムジン河」は、3番が朝鮮語でした。
その時の彼の声は、心が洗われた思いがあります。
hKEIさん、これからもどうぞヨロシクお願い致します。