取り敢えず。
昨日、一昨日の12ヶ月点検で、
「窓が絶妙に見づらい高さで設置されている」
「持ち主が見たいだろうから、ということで作られたんだろうと思うけど」
「じっと見ていられたら気になって作業がしにくい、ということで、あの高さになったのだろう」
、などと書いた。
で、
「大人なんだから、そこは我慢して何か飲み物でも口にしながらゆったりと待つのが普通」
なんだろう、と。
「けど、何か物足りない、何が足りないのだろう」
、と疑問を残して帰って来た。
「しょうがない、明日はSRに乗って考えよう」
そして、昨日。
朝、稲光で起こされた。同時に大きな雷鳴で家が小さく振動した。
本当は何度も雷が鳴って、じわじわと目が覚めたのかもしれないけど、取り敢えずはびっくりして目が覚めた。
雷鳴は以降、何度も轟き、同時に閃光が走った。
「こんなにすぐ雷鳴がするということは、落雷も近くであるのだろう」
、と思いながらだんだん離れていくことで少しずつ遅くなる雷鳴を聞いていた。春雷、と言う奴か?
外を見たら一面の雪景色。
前日の晩、降雪のマークをネットの予報で見て、
「まさか。今、三月半ばだぞ」
、と思ってたんだけど。ここは雪国ではない。
山の尾根だけど瀬戸内海に面した、窓から淡路島が見えるところだ。
それはともかく。
「これでは、SRでの答え探しは無理だな」
夕方。
「やっぱり無理だったな。明日だな」
、とやっと諦め、念のために天気予報を見る。
あらら。朝から夕方にかけて、雨、だって。
これは、答え探しに行くなということか???
・・・・なんてことを書いたが、勿論、本気で「答え探しに行こう!」、なんて思っちゃいない。
あれはただの口実。クルマで出た用事が済んでしまったから、何か口実を作って出歩きたいというだけのこと。
そして、あの問題の答えは大体見当がついている。
あの窓は持ち主が「作業を見たい、というかもしれない」から、つくっておこうというディーラーの想定から。
見辛い高さなのは、作業する者の意向。「気が散る」。
で、クルマの持ち主の大半は、別に作業を見たいなんて思ってない。
早くて安けりゃ満足。待ってる時間は退屈なだけ、だから。
けど、中には作業を見たいという子供みたいな持ち主が、時々いる。
「クルマの修理販売はただの仕事」と考えるディーラーの中にも、「好きでクルマに関わる仕事をしている」という者もいる。普通に考えれば、そちらの方が多いだろう。
そういう者は「作業を見たいという子供みたいな(好奇心の)持ち主」の気持ちを少なからず持っている。けれど作業をする者の気持ちもわかる。
折衷案。それもユーザーの中のマイノリティーを大事にしようという経営者の。
他業種でも行われている「工場見学」コース、というのは、そこに目を付けたやり方なわけだが、目先の実利を求めてなのか、それとも、ファン(支持者)を増やすための「深慮遠謀」からなのか、で様子が変わってくる。
「用があるからクルマに乗る」人が、「好きだからクルマに乗る」人でもあれば、世の中は大きく変わると思うけど。
「好きで~している人」は「好きで何かをする人」の気持ちが、多少なりとも分かるだろうから。
・
昨日、一昨日の12ヶ月点検で、
「窓が絶妙に見づらい高さで設置されている」
「持ち主が見たいだろうから、ということで作られたんだろうと思うけど」
「じっと見ていられたら気になって作業がしにくい、ということで、あの高さになったのだろう」
、などと書いた。
で、
「大人なんだから、そこは我慢して何か飲み物でも口にしながらゆったりと待つのが普通」
なんだろう、と。
「けど、何か物足りない、何が足りないのだろう」
、と疑問を残して帰って来た。
「しょうがない、明日はSRに乗って考えよう」
そして、昨日。
朝、稲光で起こされた。同時に大きな雷鳴で家が小さく振動した。
本当は何度も雷が鳴って、じわじわと目が覚めたのかもしれないけど、取り敢えずはびっくりして目が覚めた。
雷鳴は以降、何度も轟き、同時に閃光が走った。
「こんなにすぐ雷鳴がするということは、落雷も近くであるのだろう」
、と思いながらだんだん離れていくことで少しずつ遅くなる雷鳴を聞いていた。春雷、と言う奴か?
外を見たら一面の雪景色。
前日の晩、降雪のマークをネットの予報で見て、
「まさか。今、三月半ばだぞ」
、と思ってたんだけど。ここは雪国ではない。
山の尾根だけど瀬戸内海に面した、窓から淡路島が見えるところだ。
それはともかく。
「これでは、SRでの答え探しは無理だな」
夕方。
「やっぱり無理だったな。明日だな」
、とやっと諦め、念のために天気予報を見る。
あらら。朝から夕方にかけて、雨、だって。
これは、答え探しに行くなということか???
・・・・なんてことを書いたが、勿論、本気で「答え探しに行こう!」、なんて思っちゃいない。
あれはただの口実。クルマで出た用事が済んでしまったから、何か口実を作って出歩きたいというだけのこと。
そして、あの問題の答えは大体見当がついている。
あの窓は持ち主が「作業を見たい、というかもしれない」から、つくっておこうというディーラーの想定から。
見辛い高さなのは、作業する者の意向。「気が散る」。
で、クルマの持ち主の大半は、別に作業を見たいなんて思ってない。
早くて安けりゃ満足。待ってる時間は退屈なだけ、だから。
けど、中には作業を見たいという子供みたいな持ち主が、時々いる。
「クルマの修理販売はただの仕事」と考えるディーラーの中にも、「好きでクルマに関わる仕事をしている」という者もいる。普通に考えれば、そちらの方が多いだろう。
そういう者は「作業を見たいという子供みたいな(好奇心の)持ち主」の気持ちを少なからず持っている。けれど作業をする者の気持ちもわかる。
折衷案。それもユーザーの中のマイノリティーを大事にしようという経営者の。
他業種でも行われている「工場見学」コース、というのは、そこに目を付けたやり方なわけだが、目先の実利を求めてなのか、それとも、ファン(支持者)を増やすための「深慮遠謀」からなのか、で様子が変わってくる。
「用があるからクルマに乗る」人が、「好きだからクルマに乗る」人でもあれば、世の中は大きく変わると思うけど。
「好きで~している人」は「好きで何かをする人」の気持ちが、多少なりとも分かるだろうから。
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