・・・・・・・・・・・・
バッグを片手にブラ下げ、二人で駐輪場に向かっていると、同じクラスの生徒が近づいてきた。
「カッコいいですね。これから風になるんですか?」
他人から積極的に話しかけられるのが苦手な小熊は、目を合わせず黙って頭を頷かせた。
話しかけてきた生徒のことをある程度知っているらしき礼子は、胸を張って「そうよ」と言った。
それ以上話が続くこともなく、クラスメイトは離れていく。小熊は礼子を見て言った。
「風だって」
礼子は軽く鼻を鳴らしながら答える。
「風が何だってのよ」
~(略)~
~二人がよく言われるのが、この風というものの絡んだフレーズ。バイクに乗ることをよく風になると言うが、小熊も礼子もカブに乗り始めて以来、そんな印象を持ったことは無い。
バイク乗り、特にカブのような原付きに乗る人間にとって、風は一体感を覚えるというより、忌避する類のものだった。
ただでさえ非力な原付は風が吹くと最高速度を削られる。スクータータイプの原付より車重の有利は多少あれど、側面投影面積の大きいカブは横風にも弱く、不意の突風で車線の左右に押し付けられ、肝を冷やす思いをさせられたことは何度もある。
~(略)~
雨の日も、レインウェア無しで乗り切れそうな小雨は、風が吹くと全身をズブ濡れにさせる風雨となる。
角川スニーカー文庫
トネ・コーケン「スーパーカブ2」より
‥‥・・・・・・・・・
昨日は春の嵐。昼過ぎまで強風が吹いていた。
この小説の中にある「風になる」という言葉だけれど、周囲にはそんな素敵な言い回しをする奴は居なかったのが残念。でも、以前に小説か何かで目にしたことのある言い回しではある。
そう言えば「エンジンに火を入れる」ってのも小説で見ただけだな。小説でも「気障ったらしい!何だこれ」、と思ったけど。スイッチボタンを押すだけじゃないか。チョーク引いて、キックアームで上死点探して、「掛かれ!」と念じながら踏み下ろすわけじゃないだろ?・・・・あ、また脱線した。
バイクに乗ったことのない人は「風になる」という言葉を、どんな気持ちで口にするんだろうな。
「よくやるよねえ~、寒かろうに」
という若干のからかいの気持ち、は・・・あるな。
「ちょっとカッコイイ、・・・かな?」
といった羨望もあるかも。
でもやっぱり一番大きいのは「危ないのに」、だろうな。乗ってる本人の身体のことを心配してくれているわけだ。有難いことだ。「貴方のことが心配だから言ってるのよ!」って。残念ながら言ってくれる人はないけど。
そう言えば落語家の柳家小三治が、どうしてもバイクに乗りたくなって、でも、家で言ったって賛成してくれる筈はない。それなら既成事実を作っちゃえ、ということでヤマハのXS750だったかを買ってしまったんだって。
そしたら奥さんがこれまで見たこともないような鬼の形相になって怒りだした。
勿論、「貴方のことが心配だから言ってるのよ!」って。でも、バイクは買ってしまった。
散々叱られて、〆の言葉が「ちゃんと生命保険に入ってよ!」・・・・。
まあ、そこは長年連れ添った夫婦だから、ホントのところは分からないけどね。
「風になる」。
カッコいい言葉だけど、乗ってる奴はそんなロマンチックな(というか)、歯の浮くような科白は口にしないと思います。「汝の敵を愛せよ」って言われたって、ね、風を愛しても風は敵のままだからね。
こっちだって風を「切って」走ってるんだから。
「火を入れる」は言う奴がいるかもしれない。
もっとも、そんな言葉を聞いたら(え、え~?)と思いながら十歩は後ずさりするけど。
・
バッグを片手にブラ下げ、二人で駐輪場に向かっていると、同じクラスの生徒が近づいてきた。
「カッコいいですね。これから風になるんですか?」
他人から積極的に話しかけられるのが苦手な小熊は、目を合わせず黙って頭を頷かせた。
話しかけてきた生徒のことをある程度知っているらしき礼子は、胸を張って「そうよ」と言った。
それ以上話が続くこともなく、クラスメイトは離れていく。小熊は礼子を見て言った。
「風だって」
礼子は軽く鼻を鳴らしながら答える。
「風が何だってのよ」
~(略)~
~二人がよく言われるのが、この風というものの絡んだフレーズ。バイクに乗ることをよく風になると言うが、小熊も礼子もカブに乗り始めて以来、そんな印象を持ったことは無い。
バイク乗り、特にカブのような原付きに乗る人間にとって、風は一体感を覚えるというより、忌避する類のものだった。
ただでさえ非力な原付は風が吹くと最高速度を削られる。スクータータイプの原付より車重の有利は多少あれど、側面投影面積の大きいカブは横風にも弱く、不意の突風で車線の左右に押し付けられ、肝を冷やす思いをさせられたことは何度もある。
~(略)~
雨の日も、レインウェア無しで乗り切れそうな小雨は、風が吹くと全身をズブ濡れにさせる風雨となる。
角川スニーカー文庫
トネ・コーケン「スーパーカブ2」より
‥‥・・・・・・・・・
昨日は春の嵐。昼過ぎまで強風が吹いていた。
この小説の中にある「風になる」という言葉だけれど、周囲にはそんな素敵な言い回しをする奴は居なかったのが残念。でも、以前に小説か何かで目にしたことのある言い回しではある。
そう言えば「エンジンに火を入れる」ってのも小説で見ただけだな。小説でも「気障ったらしい!何だこれ」、と思ったけど。スイッチボタンを押すだけじゃないか。チョーク引いて、キックアームで上死点探して、「掛かれ!」と念じながら踏み下ろすわけじゃないだろ?・・・・あ、また脱線した。
バイクに乗ったことのない人は「風になる」という言葉を、どんな気持ちで口にするんだろうな。
「よくやるよねえ~、寒かろうに」
という若干のからかいの気持ち、は・・・あるな。
「ちょっとカッコイイ、・・・かな?」
といった羨望もあるかも。
でもやっぱり一番大きいのは「危ないのに」、だろうな。乗ってる本人の身体のことを心配してくれているわけだ。有難いことだ。「貴方のことが心配だから言ってるのよ!」って。残念ながら言ってくれる人はないけど。
そう言えば落語家の柳家小三治が、どうしてもバイクに乗りたくなって、でも、家で言ったって賛成してくれる筈はない。それなら既成事実を作っちゃえ、ということでヤマハのXS750だったかを買ってしまったんだって。
そしたら奥さんがこれまで見たこともないような鬼の形相になって怒りだした。
勿論、「貴方のことが心配だから言ってるのよ!」って。でも、バイクは買ってしまった。
散々叱られて、〆の言葉が「ちゃんと生命保険に入ってよ!」・・・・。
まあ、そこは長年連れ添った夫婦だから、ホントのところは分からないけどね。
「風になる」。
カッコいい言葉だけど、乗ってる奴はそんなロマンチックな(というか)、歯の浮くような科白は口にしないと思います。「汝の敵を愛せよ」って言われたって、ね、風を愛しても風は敵のままだからね。
こっちだって風を「切って」走ってるんだから。
「火を入れる」は言う奴がいるかもしれない。
もっとも、そんな言葉を聞いたら(え、え~?)と思いながら十歩は後ずさりするけど。
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