CubとSRと

ただの日記

乗せられているのは、我々か。それとも、人民解放軍か。

2020年03月28日 | 重箱の隅
2014.06/24 (Tue)

 シナ共産党幹部の、部下への「指導訓話」の転載にしようか、それとも、「60年安保時の岸信介総理のことについて」、の転載にしようか、で迷いました。

 「いずれにしても転載なら迷うことはないやね、さっさとやってくれぃ!」
 と言われそうですが、悩みます。両方とも近現代史そのものですからね。
 一方は「国民の本質に絡んだ話」だし、もう一方は、「政治とは何か。我々は如何に生くべきか」まで考えていかねばならない大問題に直結している。

 ・・・とまあ、無駄口を叩いている暇があったら、本題に入りなさいよ。

 そういうわけで(?)、「敵を知り己を知らば」ということで、本当に日支間で戦争は起こるのかということについて考える「指導訓話」の方から。

 「余命3年時事日記」にもありましたが、シナは一人っ子政策の弊害が今噴出していると言われます。
 家では子供は「皇帝」。
 育て方を間違えられた犬のように、猫かわいがりされ、飼い主より自分の方が偉いと思い込んで、暴君とまではいかずとも、とてもじゃないけど「ゆとり世代」なんかメじゃない、くらいの我儘気儘で、辛抱や我慢、努力なんてことは異次元の子供ばかりになっている。
 それでも、たった一人の子だから親は豊かで不自由のない生活をさせてやりたくて、走り回る。そして親の力で、共産党に入党させる。入党すれば将来は賄賂取り放題の明るい(?)未来が待っている。

 ところが折角共産党に入れそうだ、となっても、人民解放軍の士官へ、となると、親子ともども嫌がる。そりゃそうですね、たった一人の息子です、名誉の戦死、なんてことになったら家が途絶える。
 家が途絶えるのは良いけれど、両親の老後は誰が見る???
 ・・・・ということだそうです。

 というわけで、「愛国」、「滅私奉公」なんて心掛けは、どこを探しても、ない。
 けど、ないからと言ってほっとくわけにはいかない。何しろ東夷どもが小さな島のくせして漢民族の言うことを聞かず、事毎に文句をつけてくる。
 特に今の安倍とかいう小僧っ子は、実にずる賢く我々に楯ついて困る。
 脅し上げようにもこっちの「小皇帝」共は、いや、親もそうだな、国なんかどうでも好いと思っている。何とかうまいこと騙して、その気にさせないと、我々の得意な「人海戦術」の役に立てられない。
 ・・・・・なんてことを考えて「指導訓話」をしたんじゃないかな、なんてね、思ったものですから。

 「頂門の一針」、というメルマガに、《私の「身辺雑記」》という平井修一氏の日記が出てるんですが、そこに藤井厳喜氏の「呉竹論考:シナ共産党幹部の日本侵略指令」からの転載、として文章が載っていた。
 だもので、ここにそれをまた転載します。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 対日工作に関するシナ共産党幹部の部下への指導訓話である。

 「日本人は本当にバカだ。この40年、我々は日本のカネと技術を吸い上げ、その御蔭で国を富ませ、その経済力で国防力を充実させて、今や日本を侵略するのに十分な力を蓄えたのだ。日本は自分の手で自分の首を絞めているようなものだが、未だにそのことに気が付かない。彼らの愚かさは無限大だ」

 「中国は過去2回、本格的に日本を制覇しようとして失敗している。1回は元寇で、第2回目は日清戦争だった。過去2回の失敗の原因は明らかである。第1回は愚昧なモンゴル人がそれを行い、第2回はこれまた愚鈍な満洲人がこれを行ったからだ。今度は我々、優秀な漢民族が行うので、我が国の日本制圧は必ず成功する。日本には『三度目の正直』という諺があるというではないか」

 「過去2回の日本属国化が失敗した理由の一端は、日本が団結していたからだ。しかし今や、日本の政財官界には、我が方の工作員が溢れるほどいる。日本の政治家は完全に我々の賄賂漬けだし、日本のマスコミには我々の洗脳が行き届いている」

 「第二次大戦で日本は米軍に負けたと思っているが、実は中国に負けたのだ。つまり中国に翻弄され、米英と対決せざるを得なくなったのだ。中国共産党は、国民党を操り、国民党は米英を操って日本にぶつけさせた。夷を以て夷を制するという中国の伝統的戦略である。米日は中国に操られて戦闘に突入したのだ」

 「昔の日本人は勇敢ではあったが、単細胞で、我々優秀な中国人の謀略の敵ではなかった。今の日本人は昔のように勇敢でもないし、もっと謀略には弱い。日本人を騙すことなどは、赤子の手をひねるより簡単だ。それ故、日本属国化は必ず成功する。諸君は自信をもって対日謀略を進めてもらいたい」

 「我々はチベットやウイグルを完全に制圧した。ここまでやっても日本人は自らの危険を察知しないというのだから、その愚かさにも程がある。こういった国民は滅ぶしかないのだ。それが彼らの天命である」

 「日本人は1947年に台湾で起きた228事件のことを知らないようだ。敗戦時の台湾は日本の一部であった。228事件は戦勝国としての中国が敗戦国としての日本を侵略した結果、起きたものだ。国民党軍は台湾の知識階級を中心にその人口の1%を殺戮した。我々共産党が日本本土を制圧したときは、もっと徹底した粛清を行わなければならない」

 「日本人は米国を頼りにしているようだが、米国はスッカリ弱体化している。慰安婦問題と南京虐殺での反日宣伝は大きな効果をあげ、米世論は反日に傾いている。米政財界の主要人物には、たっぷり我々の賄賂がいきわたっている。オバマ大統領の弟は、十数年も中国で生活し、完全に我々のコントロール下にある。先日、米大統領は、その妻子まで我が国に送り、我が国に対する忠誠ぶりを見せてくれた」

 「我々中国人は、広島と長崎に原爆が落ちたのを知って、欣喜雀躍した。第三発目の原爆は我々が日本に落とすことになるだろう。日本人は原爆で米国に降伏したのだから、今度は我々が日本に原爆を投下すれば、中国に降伏するに違いない。

 それにしても、鄧小平同志以来、我々の先輩たちは、日本をまことに上手く手玉にとってきたものだ。我々は今日も核ミサイルの照準を日本の大都市に当てているが、日本にはいまだに憲法9条支持者がいるというのだから、彼らの馬鹿さ加減にはあきれてものが言えない。勿論これは我々の対日工作の偉大な成果でもあるのだが、国民の資質が元々劣っているから我が国の謀略に容易に騙されるのだ」

 「日本の現政権が、移民自由化の方向に政策を変更しつつあるのは、大変良い兆候だ。我々はすでに経済的には華僑・華人の力によって、東南アジアを乗っ取っている。オーストラリアは乗っ取ったも同然だ。豪州の白人は我々の言うがままだ。日本の移民政策が自由化されれば、優秀な中国人が日本に殺到し、軍事力なしで、労せずして、日本を制覇することができるようになるかもしれない」

 「いずれにしろ我々は、硬軟さまざまな作戦をもって、日本を必ず制圧し、我が中華人民共和国の倭人自治区としなければならない」

 筆者のコンピュータに、どこからともなく送られてきた情報である。
 (以上)

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「相手を信じよう、無闇に疑うものではない。それは人間として恥ずかしいことだ」
 こう考える日本人を、共産党幹部はただ一言、「日本人はバカだ」、と。
 それも「疑うのは恥だ」と、理性的に行動しようと考えることを「バカだ」と言っているのではなく、「疑うことを知らないのは無教養。だからバカ」だ、と本当に言葉通りの「バカ」だと言っているらしい。
 ということは、「規範に基いて、理性的に行動しよう」という、「理性」自体が彼らにはない、ということになる。
 まあ、それは当然かもしれない。そんなものは要らない。共産党の発言が「理性」なのだから。個々に考え、悩む必要なんてない。共産党が言うようにやることがベスト、なんだから。
 共産党支配になってからそうなったのか、それ以前は?というと、どうもそれ以前は何にもなかったみたいだ。
 理性はおろか規範もない。「現実主義」。生き残ることが全て。「髪を切るか。それとも首を切られるか」、だけで、清の時代は成立していた。


 全体を読んでみると、余りにも見事に日本の様子を捉えているので、きっと、これ、「脳内共産党幹部指導訓話」だと思うんですけどね。
 つまり、日本人の誰かの創作だ、と。ネタ、ですね。
 しかし、ということは当たらずと雖も遠からず、で、似たような把握をしているだろうことは、昨今の人民解放軍の異常行動で想像できますよね。
 だから、ネタか事実か、は、この際大した意味は、ない。
 ネタであっても、ここにあるような把握をしている可能性はとても高いのだから、それならこれを参考に対抗措置を考える、と言うのはディベートなんかよりよっぽど意味がある。
 そして反対に、ネタではなく実際に行われた訓話だとしたら、共産党幹部の、また、訓話を聞く兵員の意識レベルの低さも見て取れる。

 果たして、こんな心構えで本当に日本と一戦交える気があるのか。
 話を聞いた兵員は、これで、
 「よし!両親には申し訳ないが、おれは国のために命を捧げる!」
 と発奮するか、なんてことも推量できる。
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たった三ヶ月なんですが。

2020年03月28日 | 重箱の隅
2014.06/21 (Sat)

 たった三ヶ月しか経ってないんですが、何だか今昔の感があります。
 河野談話の検証作業のことです。

 今朝の産経新聞、流石に阿比留記者を先頭にして、渾身の取り組みだったからか、昨日の検証作業委員会の発表に関連しての記事の多いこと。

 「何だ?河野談話継承する?じゃ、何のために検証するんだ?結局アメリカ様の言う通り、か。やっぱり、ポチか」
 「検証なんか意味ない」
 「検証したって新しい談話を出さなきゃ意味ないだろう」
 色々言われましたが、あれ、三ヶ月前のことです。

 3月13日にこんなことを書いてました。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 慰安婦問題を「見直」すために行動を起こせば、一番困るのは、実はアメリカですよね?
 自分等はその大変な問題を(戦地であろうと何であろうと)「恋愛は自由である」、との全くのその場しのぎの「建前」で、誤魔化し続けて来たんだし、揚句、敗戦国日本には慰安所の開設要求をしていたという事実があるんですから。
 「自由恋愛」、って代金払ってするものですか?
 慰安所の開設要求は米兵による強姦が多発したからでしょう?
 暴行を抑制できるから、と日本に慰安所の開設を無理強いしたんでしょう? 誰が暴行してたんですか?

 だから、「見直す」と言い出せば、ありもしないことや針小棒大に語られたことはそれこそ騙りで片付けられるけど、米軍や、韓国軍、特に米軍は本当に事実の記録が大量にあるんですから大変なことになる。

 「検証は、しなければならない」
 けど、
 「河野談話は継承している」
 これ、額面通りに取る方がおかしいんじゃないでしょうか。
 けれど、
 「要請があれば結果を国会で明らかにする」。
 言ってみれば、
 「証拠は把握した。出すつもりはないが、要請があれば出さざるを得ない」
 「政府としては継承するが、民主主義の国だから、国会に委ねる」

 だから、韓米共、何とか抑え込まねば、と圧力を掛けてくる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 本当の敵(この問題の、一番の強敵)は、同盟国アメリカです。
 引用した通り、この問題で性奴隷云々を、己の口を拭って言い募っているのは、アメリカです。
 ただ、アメリカには欠片ほどでも正義感がある。何しろ世界の警察、世界の平和を守る「スーパーマン」を生んだ国ですからね。金蔓を手放したくない国や、正義感など初めっからない、どこかの大国とは違う。
 だからアメリカだけは、「談話の見直しはしない。検証はする」と言われたら、論理的に付けこむ隙がないのだから、じりじりしても辛抱せざるを得ない。

 そして翌3月14日にはこんな日記を。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 気を付けて見なければ、と思ったのはここの部分です。
  ↓
○「歴史問題は政治・外交問題化されるべきものではない。歴史の研究は有識者や専門家の手に委ねるべきだ」との考えも示した。(首相答弁)
○一方、菅氏は河野談話の作成経緯の検証に関し、韓国側とのすり合わせについて「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。しかるべき形で明らかにすべきだ」と重ねて言及した。(官房長官答弁)

 以前から言っていることと、何か変わったでしょうか。
 ・「政治が介入すべきではない」
 ・「擦り合わせについては検証すべきだ」
 言って来たことはこれだけじゃなかったでしょうか。
 「慰安婦の証言を検証する」、なんて言ってました?

 今回、「秘密裡にやってきたことだから、検証は不可能」との答弁で騒ぎになっているようですが、あちらが「信用できる人物」として出してきた人物が嘘つきだったんでしょう?それに年齢もあわないし、今はどこにいるのかもわからない、亡くなっている人が多い。高齢の故に記憶も曖昧だ。
 そんな怪しい人々に会って、検証して、彼の国が、また世界が「なるほど!日本、GJ!」って言いますか?
 世界を納得させなきゃならない。そこに政治が介入してはならない。

 この「政治が介入してはならない」というのは、「政治、外交問題化されるべきではない」の本意です。
 ということは、これ、「(日本の)政府が談話撤回などの政治的行動は起こさない」ということと同時に「(彼の国に)政治、外交カードにさせない」ということです。
 条約というものは「擦り合わせの成果」と言うより「精華」なのだと思います。
 だからこその条約です。(この場合は談話だから条約ではないのですが。)
 そんな厳密なものを、改めて隙を衝いて(それを楯にして)新しい要求を突き付けてくるというやり方は、世界の非常識のはずです。
 
 「世界の非常識」ならば、世界にその擦り合わせの部分を明らかにすれば(公表すれば)、日韓、どちらが理不尽なことを言っているのか評価はすぐ定まります。アメリカも全く口を挟めないところです。
 それに、実際のところは、既に産経のスクープで明らかになっているわけですから、「検証する」、と一言言うだけで、韓国は狼狽えるしかない。
 だから、猛反撃に出てきた。「談話を見直すなんて!」と騒いでましたね?

 「談話見直すなんて言ってませんよ。擦り合わせの有無を検証するだけで、談話は踏襲しますよ」という言葉の言外の意味は「擦り合わせの有無を検証したら、何かまずいことでもあるんですか?フッフッフ」、ですよね、当然。

 例のスワップの延長期限の来た時、現政府はなんて言いました?
 「韓国から『要請があれば』、延長する」みたいなこと言ってませんでした?
 つまり、「頭下げたら、許してもいいよ。どう?頭下げる?『ごめんなさい』って」、ですよ。
 あの、「日本は弟。ウリナラが兄」とふんぞり返っているプライドは人一倍の朝鮮が、頭、下げますか?案の定、「宗主国様に就くからいいもん!」、となりました。

 「摺り合わせを検証する。」
 談話の文言に注文をつけまくった「事実」が世界に晒されると、もう彼の国の立場はなくなってしまう。河野談話の撤回なんかしなくても、あの談話は信用の出来ないものという評価が与えられることになる。
 それでも、「継承する」という限り、米韓支は突っ込めないんだから、政府は痛くも痒くもない。
 代わりに、維新を中心とする野党が「検証した結果を国会で明らかにせよ」と騒ぎ立てるようにシナリオが出来てるんじゃないですか?

 だから官房長官、
 「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。しかるべき形で明らかにすべきだ」と。
 「政府がやると言ってるんじゃないですよ。野党が言うからやらなきゃならないんです。何しろ日本は民主主義の国なんですから」

 一つもウソは言ってない。
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金を使って味方を増やす (兵法 ③)

2020年03月28日 | 重箱の隅
2014.06/20 (Fri)

 ①相手の計画を見破り、言葉で実行を封ずる。
   これは確かに戦わずして勝つ、上策(双方に損害はない)。
 ②敵の外交関係を断ち切り、孤立させる。
   これも確かに戦わずして勝つ、中策(工作活動が露呈すると失敗する)。
 ③軍を動かして、叩く。力づくで捻じ伏せる。
   戦って勝つ、だから下策(油断すると反攻や内乱が起こる)。
 
 中でも、城攻めは被害が大きくなる。
 (それでもやらなきゃならない時もある。)
 というわけで、やっぱり一番の策は、人を殺さず(つまり、双方に損害を出さず)目的を達成する事。相手が計画を立てている(だろう)時点で計画を見破り、釘をさす。そうやって互いに実害を生じさせることを未然に防ぐ。

 ややこしいことを書いたけど、これって防空識別圏内の哨戒にあたることが、そうですよね。
 だのに、それにスクランブル掛けて丸腰の哨戒機にロックオン、なんて狂気の沙汰です。
 変なことしてないか、情報収集して置いて、「分かってるんですよ、言わないで置くけど」という。
 そうやって互いが牽制し合うんであって、いきなり匕首衝き付けて、「われ、いてまうど」、てやってるんですから、どこが孫子の兵法なんだか。防空識別圏は領空じゃないんですから。

 ということで、前回の「小白龍」こと小日向白朗(本名 小日向兼松)のやり方は見事に孫子の兵法なんではないか、と思って書き掛けにしたんですが。

 「馬賊」と言う言葉自体最近はほとんど聞かれなくなりましたが、満洲国が世界から注目されていた頃、大陸では影の力、というより民衆の代表と言ってよいくらいの存在で民衆から高い信頼を得ていたようです。
 言ってみれば、江戸時代のやくざ。それも博奕やあくどいマネをして民衆から金を巻き上げる、などと言ったものではなく、大きな範囲を縄張りとして治安を守る。私設巡邏隊、自警団、と言った方が良いでしょうか。
 流賊、匪賊、から村民を守るために自然発生的にできたものです。
 
 勿論、警察ではないのだから、馬賊同士衝突することもあるのだけれど、時には大集会を開いて、頭目同士の縄張りについての会議もする。
 小日向白朗は、そんな馬賊の社会に日本人であることを隠して身を投じ、満洲南部の頭目から、大陸全土の大頭目(総覧把)となり、終には大陸全土の裏社会を支配するまでになった人物です。

 「夕陽と拳銃」の主人公、伊達順之助が馬賊として有名ですが、軍の後ろ盾があった伊達とは違って、小日向は民衆の力だけを背景にした人物です。
 伊達の場合は実在の人物ではあっても、小説ですから話は創作が半分、後は針小棒大になっていても不思議ではない。
 しかし小日向の話は、余りにも壮大過ぎて、どこまでが事実でどこから作り話なのか分からない。実際、「ホラ吹きだ」、と関東軍などは全く信用していなかったらしい。
 ところが当の本人は、怒るわけでもなく、淡々として相変わらず人を食った話をしている。
 不思議なことに金は随分持っているようだが家を持たず、知り合いの日本人の家に何カ月も居候したりしている。
 居候をしているにも拘らずふらっと出て行って一週間くらい行方をくらまし、また何事もなかったかのように戻ってくる。
 その数日後には、日本人社会の大問題になっていたことが何者かの力であっさり片付いてしまっている、という情報が流れる。
 「先生ですか」と家の主が問うと「さて、何の事だか。おれはあんたのところの居候だぞ」みたいなことを言って、知らん顔をしている。

 噂と事実を上手く煽り、上手に使う。裏を取ってみるとやはり彼の仕業としか思えないのだが、とにかく話が大き過ぎて俄かには信じ難いことばかり。

 そんな中でのはっきり裏の取れた話です。
 上海に乗り込んだ時の話。
 「満洲の総覧把、小白龍こと尚旭東(小日向白朗のこと)が上海の裏社会を奪いに来た」
 まず、そんな噂を流す。上海の大親分連中は、当然返り討ちにしてくれる、と手ぐすね引いて待っている。
 裏社会の緊張が高まって来たころを見計らって、白朗が上海に入る。
 同時に、上海の青幇の長老を呼び出し、上海の様子を聞く。
 年下ではあっても青幇の位は上である白朗が、多額の小遣いを長老にやって、
 「明日から、食事に毎朝出るから。一週間たったらどうなるかな」
 、と、
 「殺せるものなら殺して見ろ、お前らの命はあと一週間だ」
 と暗に知らせるよう、仕向ける。
 殺せなかったら地元の親分の負けで、縄張りは白朗のものになる。

 そうやって見得を切って置いて、翌朝。
 既に長老の放った情報は上海中の物見高い連中のうわさになり、宿からホテルまでの道の両側は人で埋まっている。
 そこに、懐に右手を入れた目つきの鋭い男が、ホテルから出てきて立ち止まり、辺りを睥睨する。
 それからおもむろに道の真ん中を歩き出す。
 三十メートルほど進んだところで、いかにも大尽然とした白朗が、出てきて、距離を空けたまま歩き出す。
 三十メートルほど進んだところで、やはり懐に手を入れた目つきの鋭い男が出てきて、後を、これまた空けたまま歩き出す。
 言うまでもなく、この二人がボディーガードで、実はこの二人しかボディーガードはいなかった。
 だから狙撃しようと思えば簡単なことだったわけだが、道教の寺で修行をし、射撃の腕は神技、超能力まで持っているという噂が途方もなく大きくなっているから、みんな二の足を踏む。
 また、ボディーガードが二人なんて筈がない、これだけの群衆の中に、十人や二十人、いや数百人が紛れていたって不思議ではない。

 疑心暗鬼、ですね。そして、この奇妙な隊列(?)の行進は機械仕掛けのように、毎朝、決まった時間に寸分違わず繰り返される。
 地元の大親分連中は気が気ではない。男を売りたい連中は銃を懐に出掛けるのだけれど、あまりの八方破れの行進に、却って怖くなり、こそこそと逃げ出す。小走りになり、群衆とぶつかって遂には走り出す。そこかしこでそういう光景が毎朝繰り返される。

 そこへ白朗から小遣いをもらった長老達が出掛けて行って大親分連中に催促する。
 「おい、大丈夫かい。いつになったらやるんだ?一週間だと言ってたから、あと~日しかないぞ。何とかせんと、お前さん、やられるぞ」
 毎日毎日、「もう二日経ったぞ」、「あと三日しかないぞ、大丈夫か」
 、と煽る。
 初めは強がって、息巻いていた親分衆も段々顔色が悪くなっていく。
 そして、終に長老に間に入ってもらって面会にやってくる。

 白朗は、「これはこれは。こちらから挨拶に伺わねばならないところを」と見え透いた決まり文句で迎える。
 そうして、助命を懇願されると「おや、そんなことを言いましたかな?まあ皆さんもあんまり無理をなさらぬように。」
 これで、上海は白朗の軍門に下った、ということになります。

 軍を動かすのは下。武力は見せるためにある。練度の高さを知らしめる、と言うのも見せることの一つ。

 殺したり、無くしたりしたらそれまでです。失うことは大きな痛手。だからこそ、大事に遣う。使う時は自分の命の代理なわけだから疎かにはしない。

 「将棋の駒みたいに」、と言いますが、将棋の駒は取ったものを自分の駒として使えます。これは命を大事にしていることと同じです。
 金を使って味方を増やす。
 饅頭をばらまいて仲間を増やす。

 そこに大志があれば、人を、国民を大事に思う心があれば、一概にきたないやり方だと切れないでしょう。

 小遣いもらって仲を取り持った(?)長老達。
 「イイ仕事してるねぇ~」と思いませんか?
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疑心暗鬼に陥らせ、結束を乱し、・・・・(兵法②)

2020年03月28日 | 重箱の隅
2014.06/18 (Wed)

  「孫子の兵法を用いることにした」
 って、言ってたけど、現実はどうなんだ、と言うと「戦は兵を動かさずして勝つのが上策」、の筈の孫子の兵法が、ジャイアンだってやらないようなごり押しで・・・・。

 ところで「孫子の兵法」だけれど、宮崎氏のメルマガの氏の文中に、
 香港紙『東方日報』(6月9日)のコラムの分析として、以下の文が揚げてあった。

 《孫子はこう書いた。
 「最良の策とは敵の謀略を看破して心理的ダメージを与え降伏させることであり、次の策は敵の外交関係を分断し孤立化させることによって降伏させることだ。下策は、敵軍を、軍隊を投入し破ることである。「攻城戦」は「下の下」。
したがって攻城戦は止むを得ない場合にのみ行なうものである」
 中国はいま、伝統的な「孫子の兵法」を用いて、ベトナム、フィリピンには軍を投入し、米国には謀略でそのアジア戦略を打ち負かそうとし、対日外交では心理戦・宣伝戦・法廷線を駆使し、日本の精神的勃興を食い止め劣位においたままにしようとしている。
 つまり対米、対日、対越対策で、中国はそれぞれが異なって策略をもって当たっている。》

 氏は、これがちっともうまくいってない、と。その理由は「傲慢(な姿勢)」。
 早い話が、心根、心の底に問題があると、何をやっても(技術だけでは)上手くはいかない。日本で能く言われる「心技体」、ですかね。
 それとも、「仏作って魂入れず」でしょうか。心が籠ってないから、上策、中策、下策、みんなうまくいかない。
 日本なんかは徹底してやられたでしょ?
 上策、中策、下策。
 まず、軍人、民間人、関係なく徹底的に叩かれた。主要都市空襲の最後は原爆まで落とされて。これが下策。
 次に、GHQによって日本の社会の仕組みは全部ズタズタに分断された。神道指令、公職追放、農地改革、教育改革、・・・。これが中策。
 そして、追撃戦として、自信を失わさせられ、好戦国だと罪悪感を持たされ、ついにはこんな国は無くなった方が良いとまで。見事な上策。
 おかげで日本は国連の重要メンバーでありながら、未だに「敵性国家」で、常任理事国なんて夢のまた夢。
 ・・・・・あ!また脱線した。

 日本はアメリカを先頭にして、世界中から孫子の兵法を用いられたみたいな気がするけど、下策から始まるやり方で、言ってみれば孫子の嫌うやり方だった。
 できることなら兵は使わない。それが孫子の考えだから。
 欧米諸国がいかに好戦的な国か、が分かる。

 いずれにしてもいくらカッコだけ真似したって、中身に本気、誠意がなければ、どんなに立派に見えたって、それはただのパクリであり、張子の虎でしかない、ということですね。
 ・・・・あらら?これまでの彼の国の評判通り!

 まあ、悪口は置いといて。
 改めて孫子の兵法のことについて。

 「相手を疑心暗鬼にさせる。組織の内部、仲間うちで互いに不信感を持たせる。すると行動がギクシャクしてくる。その隙を衝く」、なんてのも「戦わずして勝つ」でしょうか。「隙を衝く」のは剣でなく、ペンで事足りる。

 例の、海自のケーブルソナー、なんてのは好例でしょう。
 本当のところ、あるのかないのか分からない。あったとしても、領海どころか、接続水域をはるかに超えて、青島の付近まで完璧に張り巡らされている、なんてとても思えないけれど、ないとは言い切れない。何しろ、当の海自の上層部だって決して断言はしないんだから。
 「敵を欺くには味方から」、というけど、これで起こった国内の疑心のさざ波が周辺諸国には増幅して恐怖の大波になって襲い掛かる。あの漢級原潜の追尾事案がそうでしょう?原潜が出航した時点で、アメリカよりも早く発見していた。
 それもご丁寧に日本海に居た米原潜まで一緒に見つけて。
 あれで「青島の湾口まであるのかも?」と思わせることができた。
 
 更には、先ごろ、「ソナーの一つが、点検中漂流し、行方不明になった、大変だ、重要な情報が入ってるのに」と、大慌ての様子が報道されたけど、本当にそうかもしれないけれど、反対に、もう既に重要ではなくなったものだから、敢えて大騒ぎをして見せることで、情報収集活動の攪乱を期待しているのかもしれない。わざと漂流させた可能性だって出てくる。わざとではなくとも、漂流させるか、回収するか、どちらが費用対効果が高いのか。

 何のことはない、「孫子の兵法」は現場の自衛隊の方がよっぽどうまく使っているんじゃないか。
 何故、日本の方が上手く使っているように見えるのか。彼の国が傲慢であって「遣えない」のは何故なのか。

 これは実に簡単な話で、「日本に生まれたからって、立派な日本人であるとは限らない」というのと同じじゃないか。
 つまり「シナに生まれたからって、孫子の兵法が身についているわけではない」ということだ。何でも、習わなけりゃ、学ばなけりゃ、そして修練しなけりゃ身につかない。孫子の兵法だって同じ。それだけのことだ。

 大体が共産主義革命で、それまでを全部否定したんじゃないか。
 それを、思いつきで「コレ、昔から家にあった青竜刀ヨ。タカラ練習なんかしなくても使えるヨ」、なんて中華思想(或いはゴーマニズム)はあまりにも能天気。極楽とんぼ。頭、涌いてる。

 と、書いたところで思い出した。
 満洲で馬賊の大頭目となり、後に支那全土の総頭目となった「小白龍」こと、小日向白朗の逸話だ。
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兵を動かさずして勝つ (兵法①)

2020年03月28日 | 重箱の隅
2014.06/17 (Tue)

 最新型の戦闘機に乗るのは、階級の高い、ベテランの操縦士に限られる。
 高性能ならそれだけの高い技術が必要になる。それに何しろ値段がべらぼうに高い。そしてステップアップは世の常。
 駆け出しのパイロットに最新鋭機は荷が重過ぎるどころか、いくら潤沢な軍事費があったって、勿体ないし、何より危険過ぎる。二輪の免許取った翌日にリッターバイクに乗る、どころの騒ぎじゃない。

 そんな戦闘機に、「武装してない偵察機が近づいてきた。危険である。挑発行為だ」、って。
 速さが全く違うのに、どうやって近づく(=追いつく)のだ?
 「いや、その前に日本がやったのだ。F-15が30メートルまで近付いた。危険だ!」
 こんなのもやっぱり「ああ言えばこう言う」というやつなんでしょうか???
 言い訳をすればするほど首が締まっていくように思ったのは私だけ?
 「F-15が先にやってきた」と言えば、「だから仕返しにやったアルヨ」と認めたことになる、とは思わないんだろうか。

 そんな空軍の公開した「F-15が先にやった!」という動画を見たけれど、あちらの偵察機のやや下方をピタッと併行(?)して飛行している。
 勿論百メートル以上離れているらしいことはズームを利かせた撮り方で分かる。30メートルなんて、あり得ない。
 空自のF-15の飛び方。何かに似てるな、としばらく考えて思いついた。まるで違反車両に併走している白バイみたいな飛び方で、言ってみれば赤灯をつける寸前。ここで違反車両が慌てて平常運転に戻れば、赤灯つける前だから、何事もなかったかのように離れていく。車を運転する人が一度や二度は経験したことのあるプレッシャー、緊張感、と言えばいいか。

 技術の差を痛感すると同時に、恐怖心は与えないやり方だということが分かる。ただし、少しでも不穏な行動をとると、一瞬に離脱され、反転して後尾に食いつかれるだろうという極度の緊張感は、ある。
 戦闘機どころか、飛行機は言うまでもない、車だって、おっかなびっくりでまだ3年半ほどしか運転したことのないおっさんが何をエラそうに、と言われるのは百も承知だ。
 しかしいつも言っている通り、そんな物知らずだって、持ってる教養総動員して考えなきゃならんのが社会のことであり、国のことだろう。
 僅かな操縦技術に関する知識と体験しか頼れるものはないのだ。いきなり「餅は餅屋、戦闘機は戦闘機乗り」に丸投げじゃなくって、まずは持っている知識と体験を基に考えて、専門家に敬意を持ってから見るのが普通じゃないか。
 そうすると、空自の公表したsu-27の写真と、彼の国の偵察機が撮ったF-15の写真から、彼我の姿勢と練度が素人にだって或る程度は見えてくる。

 嚇すことで戦いを回避する、というやり方で、彼の国は半島国に、或いは周辺の国々に力を誇示してきた。日本に対しても同じくやってきた。日清戦争の前夜は長崎で殺人事件まで起こした。
 けど、追い詰めたら猛烈な反撃に出るのが日本なんだ、ということを何度も体験して来ている、その都度、随分痛い目にあってる筈なんですけどね。
 覚えてないんでしょうか。
 覚えてないんでしょうね、国が変わったから。 

 数か月前、東シナ海、南シナ海に於いての戦略、として「孫子の兵法を用いることにした」みたいなことを公言していた。広言と言う方が良いかな。いや、大口叩いていたから、放言、か?

 最近、宮崎正弘氏のメルマガだったか、で「それ、全然うまくいってないじゃないか」、とからかわれていた。
 実際、私みたいな物知らずから見ても、とてもじゃないけど上手くやっているようには見えない。
 何しろ「戦は兵を動かさずして勝つのが上策」、とするのが孫子の兵法のはずなんだが、ホント、ドラえもんに出てくるジャイアンだってやらないような強引な「オレ様が掟だ」式ごり押しと、報道官の毎度変わらぬ単純明快な決めつけで終始している。このごり押しのことを「華夷思想」って言うんでしょうね。

 クセ球も投げず、ひねりの効いたところもまるでない。あまりにも単純と言うか見え透いたやりかたで、最近は失笑を誘うのを通り越して、「世界は憐憫の情をもって彼の国を見てるんじゃないか」とさえ思う。
 「一体どこが『孫子の兵法』なんだ?」

 「共産主義革命で過去を全否定した国に、体質として残る『華夷思想』で以て『孫子の兵法』をを用いることができるのか。また、その実力はあるのか」、なんてことを考えてみたい。
 ・・・と思って書き始めたんですけどね。どこへ行くのだ・・・・。
コメント
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