2013.10/15 (Tue)
5年くらい前からでしたか、ネットで色んな情報を見るようになって、
「????」
と思うことが結構ありました。
「覚醒した」云々、といったことじゃないんです。
「何それ?そんなの聞いたことないよ」
というのがほとんどだったんですが、殆んどはネット用語というか内輪の言葉で。
(wwwwとか8888とか、乙とか。)
でも、「ファビョる」とか「ファビョッた」というのはホントに意味が解らなかった。
勿論、調べりゃすぐ分かったことなんでしょうけど、全く調べる気にならなかった。
理由は簡単。使われ方に嫌な気配を感じたから。
「気配」、ですからね、自分勝手な判断です。是々非々です(ちょっと違うかな)。
でも、ホントに何だか嫌な気分しか感じられなかった。明らかに蔑んでいるという空気が伝わって来ていた。で、意地のようになって調べようとしなかった。
それが「夕刻の備忘録」氏のエントリー「売国奴の濫用を糺す」を読んだ辺りから「是々非々」の罠に陥っている、もっと単純に言えば「食わず嫌い」にしているのではないかと思うようになりました。
ネットで検索かければ一瞬ですよね。
「ファビョル」という病名が、通称ではなく、現実に存在することにも驚きましたが、風土病で括っても良いくらいな、この病気の地政学的発生理由。
何ともやり切れないものを感じました。
能く言います。「何も好き好んでバカに生まれたわけじゃない。そりゃ、オレだって賢く生まれたかったよ」「私だって、もっと美人に生まれたかったわよ」
そうは言いながら、生んでくれた親への気持ちもあるんでしょう、それなりに己が頭脳、容姿に、それなりの愛着は持っている。
自身、バカだと言いながら、融通の利かない自分に「剛毅木訥、仁に近し」、だなんてエール送ったり、もっと美人だったらと言いながら、「可愛い方が良いよね!」と女は愛嬌、を目指す。素晴らしいことです。それでこそ社会の力強い支えになれる。
でも、病気への愛着がある、なんてのはない。
「この病気を持つ民族として、誇りを持って生きる」??
それが民族として特有のものだって、病気は嫌だ。
「病身舞」などという他人の身体の不自由を真似て笑う芸能を持っていても、国民病である「ファビョル」を誇る者は居ない。
ところで、何でそんな民族独特の病気が発生したんでしょうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「嘘も百回吐けば真実に」その後
2010年2月08日
この名言、一体誰が言い始めたんだろう、とふと気になって調べてみたら、ナチスの宣伝相ゲッペルスが言ったと書いてありました。
なるほど、そのまま彼の担当する職分の、直截的な説明です。
(マスメディア、みんな力強く頷いているのが目に見えるようです。)
ただ、この名言を、ナチス成立のはるかな昔、古来より国是とする国がある、とネットの世界では言っていたような気がしたのですが。
また、残念ながら、その国はなかなか目的を達成できず、現在に至っているようです。
曰く、「孔子は我が国の出身」、「空手は我が国の~」「剣道も~」「天皇も~」「日本海は東海が正しい表記」「竹島は独島が正しく、勿論我が国の領土」等等。
ここまで見え透いたことを、あっけらかんとして、時には怒気を含んで「そんなことも知らんのか」みたいな調子でノタマワレルと、怒る前に腰砕けになって茫然自失、「えっ?えっ?な、何で?何でそうなるん?」となってしまうしかありません。そんな攻撃のされ方、想像もできなかった。
さて、かねがね、不思議に思っていたのですが、何でこんな国民性ができたのでしょうか。
逆に日本人は、なぜ、自国に誇りを持たず、自分を卑下し、他国の目ばかり気にするのでしょうか。
「そういう国民性なんだよ、遺伝子レベルで決まってるんだ」
冗談半分にそう言う人がいます。いや、冗談であって欲しい。本気で言ってほしくない。
だって、そうでしょう?「駄目なのは生まれた時から決まっている」のなら「優秀なのも生まれた時から決まっている」というのが反面にありますよ。
それじゃ、「努力して優秀になる」、とか、「頑張って、技を身に着ける」なんてのも、「所詮、そんな奴、たかが知れてる」ってことになります。
身体のデカい、チイサい、鼻が高い低い、なんてのは確かにどうにもできないけど、頭の中、能力なんてのはそんな筈はない。それじゃ、白人による人種差別と五十歩百歩です。
戻って。「国民性だよ」。
それは言える。では、なぜ、そんな国民性ができたのか。
まず、民族として見ると、日本人の場合は、単一民族ではあるものの、相当に古い昔から色々な民族が集まり混血が進んだことは間違いありません。
「縄文人」と言われる人々が中心ではあるものの、或る時期から体格が変ったと言われる「弥生人」も確かに存在したようです。
鹿児島辺りの人のすっと伸びた脚の形等を見ると、「南方からやって来た、ニューギニア系の人種」の関わりも頷けます。
以前にちょっと書いた、アイヌ民族の血があるのも当然、それ以前のオロッコ族だって、戦って追い払ったからいなくなった、わけではない。
朝鮮半島経由では信じられないくらいの人数がやってきている筈です。 朝鮮の国づくりの伝説以前の、まだ国のない時代から、いくらでもやって来ている。流されただけで日本に着いてしまうのですから。
ピンと来ない人は、一度、春先に山陰海岸を見に来てください。呆気にとられるしかない、大量の漂着物の山を。漁業関係の物は言うに及ばず、台所周りの用品、ペットボトルなどの生活用品、果ては、ベッド、テーブルに至るまで。ほぼ、ハングル文字が書かれています。(つい最近も劇物と書かれた容器がいくつも漂着し、触らないようにとニュースが流れてました。)
こういうことを書くと、「いくらなんでもゴミといっしょにするな。バカにしてる」と思うかもしれませんが、そうじゃないんです。人も物も流れて来る。現実で見て下さい。
「海に逃げて、対馬海流に乗ってしまったら日本に着いてしまった。帰るより、歓迎してくれるここの人々と暮らす方が良い。」
半島経由の大半はこうだった筈です。
「新天地を探して希望の船出」なんて、ありえない。仕方なし、です。
中には侵略を目的にした者もいたかもしれない。しかし、結局は多勢に無勢、です。同化していった。
平城京は帰化系が大半を占めていた、と聞いたことがあります。しかしそれは、日本が乗っ取られそうになっていたということではありません。
また、都は帰化人が多くとも、日本全国がそうだ、ということではありません。彼等は出身国の手先で潜入しに来たのではない。それどころか日本に骨を埋めようとしている。
日本は彼らを技術、学識があるなしに拘らず、受け容れた。彼等もそれを喜んだ。
現在の日本の情況とは全く違う、ということを冷静に見るべきです。
日本では、「異国人は新しい優れた物をもたらす」のが当たり前で、「敵意を抱く危険な存在」なんて考えられなかった。
「素直に受け容れ、努力して、それを身につけたら豊かになる。確かな実感がある」
日本人の素直、真面目、勤勉などの国民性は、大陸の近くの島であること、強い海流が流れていること、半島が介在することなどと無縁ではありません。これらの条件が揃っている、ということは、或る意味、奇蹟的なことなのでしょう。
半島の国は気の毒、としか言いようがありません。
まず、彼等は、日本と違って、同じ民族ではありません。基本が「総入れ替え」です。
負けたら国が滅びる。滅びる時は、日本に僅かの人(主に王族、貴族、富裕者層)が逃げ延びる。捕まった者は、良くて奴隷。普通は殺されます。これは当時の世界では当たり前(日本だけが変なのです)。
この繰り返しです。だから、単一民族だった、とは言えないし、侵略、征服が当たり前だから、独自の文化など、ある筈もなく、歴史に学ぶ、なんて発想自体、あり得なかった。
そして、大陸の「端」です。「辺境の地」とバカにされ、蹂躙されるのが当たり前の地。そこにやって来る異人は「征服者」「我々を見下す者」「収奪する者」です。
5年くらい前からでしたか、ネットで色んな情報を見るようになって、
「????」
と思うことが結構ありました。
「覚醒した」云々、といったことじゃないんです。
「何それ?そんなの聞いたことないよ」
というのがほとんどだったんですが、殆んどはネット用語というか内輪の言葉で。
(wwwwとか8888とか、乙とか。)
でも、「ファビョる」とか「ファビョッた」というのはホントに意味が解らなかった。
勿論、調べりゃすぐ分かったことなんでしょうけど、全く調べる気にならなかった。
理由は簡単。使われ方に嫌な気配を感じたから。
「気配」、ですからね、自分勝手な判断です。是々非々です(ちょっと違うかな)。
でも、ホントに何だか嫌な気分しか感じられなかった。明らかに蔑んでいるという空気が伝わって来ていた。で、意地のようになって調べようとしなかった。
それが「夕刻の備忘録」氏のエントリー「売国奴の濫用を糺す」を読んだ辺りから「是々非々」の罠に陥っている、もっと単純に言えば「食わず嫌い」にしているのではないかと思うようになりました。
ネットで検索かければ一瞬ですよね。
「ファビョル」という病名が、通称ではなく、現実に存在することにも驚きましたが、風土病で括っても良いくらいな、この病気の地政学的発生理由。
何ともやり切れないものを感じました。
能く言います。「何も好き好んでバカに生まれたわけじゃない。そりゃ、オレだって賢く生まれたかったよ」「私だって、もっと美人に生まれたかったわよ」
そうは言いながら、生んでくれた親への気持ちもあるんでしょう、それなりに己が頭脳、容姿に、それなりの愛着は持っている。
自身、バカだと言いながら、融通の利かない自分に「剛毅木訥、仁に近し」、だなんてエール送ったり、もっと美人だったらと言いながら、「可愛い方が良いよね!」と女は愛嬌、を目指す。素晴らしいことです。それでこそ社会の力強い支えになれる。
でも、病気への愛着がある、なんてのはない。
「この病気を持つ民族として、誇りを持って生きる」??
それが民族として特有のものだって、病気は嫌だ。
「病身舞」などという他人の身体の不自由を真似て笑う芸能を持っていても、国民病である「ファビョル」を誇る者は居ない。
ところで、何でそんな民族独特の病気が発生したんでしょうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「嘘も百回吐けば真実に」その後
2010年2月08日
この名言、一体誰が言い始めたんだろう、とふと気になって調べてみたら、ナチスの宣伝相ゲッペルスが言ったと書いてありました。
なるほど、そのまま彼の担当する職分の、直截的な説明です。
(マスメディア、みんな力強く頷いているのが目に見えるようです。)
ただ、この名言を、ナチス成立のはるかな昔、古来より国是とする国がある、とネットの世界では言っていたような気がしたのですが。
また、残念ながら、その国はなかなか目的を達成できず、現在に至っているようです。
曰く、「孔子は我が国の出身」、「空手は我が国の~」「剣道も~」「天皇も~」「日本海は東海が正しい表記」「竹島は独島が正しく、勿論我が国の領土」等等。
ここまで見え透いたことを、あっけらかんとして、時には怒気を含んで「そんなことも知らんのか」みたいな調子でノタマワレルと、怒る前に腰砕けになって茫然自失、「えっ?えっ?な、何で?何でそうなるん?」となってしまうしかありません。そんな攻撃のされ方、想像もできなかった。
さて、かねがね、不思議に思っていたのですが、何でこんな国民性ができたのでしょうか。
逆に日本人は、なぜ、自国に誇りを持たず、自分を卑下し、他国の目ばかり気にするのでしょうか。
「そういう国民性なんだよ、遺伝子レベルで決まってるんだ」
冗談半分にそう言う人がいます。いや、冗談であって欲しい。本気で言ってほしくない。
だって、そうでしょう?「駄目なのは生まれた時から決まっている」のなら「優秀なのも生まれた時から決まっている」というのが反面にありますよ。
それじゃ、「努力して優秀になる」、とか、「頑張って、技を身に着ける」なんてのも、「所詮、そんな奴、たかが知れてる」ってことになります。
身体のデカい、チイサい、鼻が高い低い、なんてのは確かにどうにもできないけど、頭の中、能力なんてのはそんな筈はない。それじゃ、白人による人種差別と五十歩百歩です。
戻って。「国民性だよ」。
それは言える。では、なぜ、そんな国民性ができたのか。
まず、民族として見ると、日本人の場合は、単一民族ではあるものの、相当に古い昔から色々な民族が集まり混血が進んだことは間違いありません。
「縄文人」と言われる人々が中心ではあるものの、或る時期から体格が変ったと言われる「弥生人」も確かに存在したようです。
鹿児島辺りの人のすっと伸びた脚の形等を見ると、「南方からやって来た、ニューギニア系の人種」の関わりも頷けます。
以前にちょっと書いた、アイヌ民族の血があるのも当然、それ以前のオロッコ族だって、戦って追い払ったからいなくなった、わけではない。
朝鮮半島経由では信じられないくらいの人数がやってきている筈です。 朝鮮の国づくりの伝説以前の、まだ国のない時代から、いくらでもやって来ている。流されただけで日本に着いてしまうのですから。
ピンと来ない人は、一度、春先に山陰海岸を見に来てください。呆気にとられるしかない、大量の漂着物の山を。漁業関係の物は言うに及ばず、台所周りの用品、ペットボトルなどの生活用品、果ては、ベッド、テーブルに至るまで。ほぼ、ハングル文字が書かれています。(つい最近も劇物と書かれた容器がいくつも漂着し、触らないようにとニュースが流れてました。)
こういうことを書くと、「いくらなんでもゴミといっしょにするな。バカにしてる」と思うかもしれませんが、そうじゃないんです。人も物も流れて来る。現実で見て下さい。
「海に逃げて、対馬海流に乗ってしまったら日本に着いてしまった。帰るより、歓迎してくれるここの人々と暮らす方が良い。」
半島経由の大半はこうだった筈です。
「新天地を探して希望の船出」なんて、ありえない。仕方なし、です。
中には侵略を目的にした者もいたかもしれない。しかし、結局は多勢に無勢、です。同化していった。
平城京は帰化系が大半を占めていた、と聞いたことがあります。しかしそれは、日本が乗っ取られそうになっていたということではありません。
また、都は帰化人が多くとも、日本全国がそうだ、ということではありません。彼等は出身国の手先で潜入しに来たのではない。それどころか日本に骨を埋めようとしている。
日本は彼らを技術、学識があるなしに拘らず、受け容れた。彼等もそれを喜んだ。
現在の日本の情況とは全く違う、ということを冷静に見るべきです。
日本では、「異国人は新しい優れた物をもたらす」のが当たり前で、「敵意を抱く危険な存在」なんて考えられなかった。
「素直に受け容れ、努力して、それを身につけたら豊かになる。確かな実感がある」
日本人の素直、真面目、勤勉などの国民性は、大陸の近くの島であること、強い海流が流れていること、半島が介在することなどと無縁ではありません。これらの条件が揃っている、ということは、或る意味、奇蹟的なことなのでしょう。
半島の国は気の毒、としか言いようがありません。
まず、彼等は、日本と違って、同じ民族ではありません。基本が「総入れ替え」です。
負けたら国が滅びる。滅びる時は、日本に僅かの人(主に王族、貴族、富裕者層)が逃げ延びる。捕まった者は、良くて奴隷。普通は殺されます。これは当時の世界では当たり前(日本だけが変なのです)。
この繰り返しです。だから、単一民族だった、とは言えないし、侵略、征服が当たり前だから、独自の文化など、ある筈もなく、歴史に学ぶ、なんて発想自体、あり得なかった。
そして、大陸の「端」です。「辺境の地」とバカにされ、蹂躙されるのが当たり前の地。そこにやって来る異人は「征服者」「我々を見下す者」「収奪する者」です。
「彼等」は嵐のようにやって来て「収奪」して去る。金品、食糧、女子供に至るまで。まだ去ってくれればいい。居座られる時は、自分達には「死」あるのみ。
侵略、征服した民族としての、遠い過去の記憶はあります。
しかし、その、モンゴルの記憶を、数百年前からずっと、親戚であるはずの満洲人ならともかく、彼らに支配されているはずの漢人(清朝の「官吏」)の命に、「属国」として服さなければならない。
その理不尽さに堪えきれず、叛乱をおこしたって、圧倒的な武力によって叩き潰される。今まで以上に屈辱の日々が続く。
清の属国となっても、以前からのシナの文化は否定されず、日本のように目新しいものが流入するわけではありません。
遠い過去の「征服者」の誇り。数百年も続く「属国」という恨み。
そして、自力で「独立国」になれなかった、悔しさ。
相手に自国の主張を認めさせたいから嘘を言い続ける、のではなく、自分がそう思い込みたいから嘘をつく。辛い話です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この日記を書いてから、もう三年半余りになります。
でも、たったの三年半。
数百年、いえ、「千年の恨み」は全くと言って良いほど変わらず、残っています。
わざわざ、というか、御丁寧に、というか、自ら、「千年経っても恨みは消えない」と再確認しています。そして、そこに「道理」は全く、ない。
「恨み」は道理に適った解決法によって解決し、しかも「恨み」の感情はその際からは理性によってとにかく抑え込み、以降、長年月をかけて消し去らねばならない。
「道理に適った解決法」。それは「事実を確定し、見詰め」た上に設定されるべきものです。
遠い過去、半島の住民であった民族を蹂躙し、居座ったのが、現朝鮮民族のようです。従って、我が日本に多くの文化をもたらした古代の半島在住民族ではありません。
モンゴル風の名前を付けた満州民族の一支族らしいのが元の手先となって半島を支配し、元滅亡後は明の支配下となってシナ風の一字姓に替えてそのまま支配する。つまり、正式に属国となる。
結果、満州民族が清を建てた時、漢民族の臣下だったため、今度は皮肉にも遠い先祖は同じであった筈の満州民族の臣下となる。情けないことに清の臣下となった漢民族に、臣下の礼を執らねばならない。
そして、(日清戦争による)たなぼたの「独立」が、あまりの実力のなさの故に植民地、或いは保護国となるべきところ、再びたなぼたの「(日韓)併合」となり、日朝の実力差による急激な近代化により、プライドを完膚なきまでに叩き潰され続ける年月を過ごすことになる。
初めは良かった。弱いものを叩いていれば治まった。
属国の時代も良かった。隷従するだけで、「同じ人間だ」、なんて考えもしなかった。明、清の前では「誇り」なんて存在しなかった。
けれど、日本は「併合」した。読み書きが出来なきゃ駄目だ、と叱った。もっとまともな生活をしろ、と産業から保険衛生面にまでうるさく言って来た。
ここでやっと「悔しさ」を知った。「誇り」を持つことを知った。
しかし。
「恨み」は道理に適った解決法によって解決し、しかも「恨み」の感情はその際からは理性によってとにかく抑え込み、以降、長年月をかけて消し去らねばならない。
「事実を確定し、見詰め」た上に設定されるべき「道理に適った解決法」。
彼の国は、やっと「悔しさ」を知り、「誇り」を持つことを知りました。
しかし未だ真っ当な解決法を入手し、実践しようとするには至っていません。
我が国にできることは何か。
「併合」は失敗でした。
情にほだされて、の河野談話、スケベ心満載の菅談話は見事に仇で返され続けています。
侵略、征服した民族としての、遠い過去の記憶はあります。
しかし、その、モンゴルの記憶を、数百年前からずっと、親戚であるはずの満洲人ならともかく、彼らに支配されているはずの漢人(清朝の「官吏」)の命に、「属国」として服さなければならない。
その理不尽さに堪えきれず、叛乱をおこしたって、圧倒的な武力によって叩き潰される。今まで以上に屈辱の日々が続く。
清の属国となっても、以前からのシナの文化は否定されず、日本のように目新しいものが流入するわけではありません。
遠い過去の「征服者」の誇り。数百年も続く「属国」という恨み。
そして、自力で「独立国」になれなかった、悔しさ。
相手に自国の主張を認めさせたいから嘘を言い続ける、のではなく、自分がそう思い込みたいから嘘をつく。辛い話です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この日記を書いてから、もう三年半余りになります。
でも、たったの三年半。
数百年、いえ、「千年の恨み」は全くと言って良いほど変わらず、残っています。
わざわざ、というか、御丁寧に、というか、自ら、「千年経っても恨みは消えない」と再確認しています。そして、そこに「道理」は全く、ない。
「恨み」は道理に適った解決法によって解決し、しかも「恨み」の感情はその際からは理性によってとにかく抑え込み、以降、長年月をかけて消し去らねばならない。
「道理に適った解決法」。それは「事実を確定し、見詰め」た上に設定されるべきものです。
遠い過去、半島の住民であった民族を蹂躙し、居座ったのが、現朝鮮民族のようです。従って、我が日本に多くの文化をもたらした古代の半島在住民族ではありません。
モンゴル風の名前を付けた満州民族の一支族らしいのが元の手先となって半島を支配し、元滅亡後は明の支配下となってシナ風の一字姓に替えてそのまま支配する。つまり、正式に属国となる。
結果、満州民族が清を建てた時、漢民族の臣下だったため、今度は皮肉にも遠い先祖は同じであった筈の満州民族の臣下となる。情けないことに清の臣下となった漢民族に、臣下の礼を執らねばならない。
そして、(日清戦争による)たなぼたの「独立」が、あまりの実力のなさの故に植民地、或いは保護国となるべきところ、再びたなぼたの「(日韓)併合」となり、日朝の実力差による急激な近代化により、プライドを完膚なきまでに叩き潰され続ける年月を過ごすことになる。
初めは良かった。弱いものを叩いていれば治まった。
属国の時代も良かった。隷従するだけで、「同じ人間だ」、なんて考えもしなかった。明、清の前では「誇り」なんて存在しなかった。
けれど、日本は「併合」した。読み書きが出来なきゃ駄目だ、と叱った。もっとまともな生活をしろ、と産業から保険衛生面にまでうるさく言って来た。
ここでやっと「悔しさ」を知った。「誇り」を持つことを知った。
しかし。
「恨み」は道理に適った解決法によって解決し、しかも「恨み」の感情はその際からは理性によってとにかく抑え込み、以降、長年月をかけて消し去らねばならない。
「事実を確定し、見詰め」た上に設定されるべき「道理に適った解決法」。
彼の国は、やっと「悔しさ」を知り、「誇り」を持つことを知りました。
しかし未だ真っ当な解決法を入手し、実践しようとするには至っていません。
我が国にできることは何か。
「併合」は失敗でした。
情にほだされて、の河野談話、スケベ心満載の菅談話は見事に仇で返され続けています。