CubとSRと

ただの日記

「人はパンのみにて生くるにあらず」、ですね。

2021年03月02日 | 心の持ち様
  書評 
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 「人生百歳時代」がはじまる。長生きと幸福の相関関係をさぐる
    「幸福論を抹殺した倫理は、虚無主義にほかならぬ」との格言あり

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 中山理『人生100年の時代を楽しむ技術』(育鵬社)
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 題名から受ける印象は老後の過ごし方のノウハウ本のようだ。しかし通読してみて、これはやさしく「哲学用語を使わないで書いた人生哲学」の書である。著者は麗澤大学前学長で、倫理の研究者。『紫禁城の黄昏』の名訳者でもある。
 副題は「定年後の30万時間をどう過ごすか」。それには知的座標軸の発見からだと説く。
 基軸にあるのはモラルである。近代の日本語は「道徳」と訳すが、格調高くいえば「修身」、あるいは「徳育」と言ってもよい。分かりやすく言えば「人生の常識」である。
 戦後教育は知育、体育を重視したが、徳育を軽視した。その結果、無軌道で知的にも劣化した日本人が目立つ社会となった。
 そのうえ、幸福とは金持ちになることと錯覚する傾向が生まれ、強欲資本主義が日本のビジネスマンの目標になった。
 三木清は『人生論ノート』(新潮文庫)なかで、こう言ったと中山氏は力をこめて箴言を紹介する。
 「過去のすべての時代において常に幸福が倫理の中心的問題だったのに、近年日本で書かれた倫理の本を開いてみると、一ケ所も幸福の問題を扱っていない」。
 そのうえ「新たに幸福論が設定されるまでは倫理の混乱は救われないだろう(中略)。幸福論を抹殺した倫理は、一見いかに論理的であるにしても、その内実において虚無主義にほかならぬ」。

 団塊の世代がこぞって後期高齢者となり、2060年には日本の総人口の40%が高齢者となるようだから少子化とあいまって深刻で暗い未来が呈示されている。
 しかしながら現在の議論の間違いは下流老人、老後破産、ケアセンター、医療の充実と社会保障、介護保険等とセットした政策的視野に狭められての侃々諤々であって、すっぽりと落ちている論点は「幸福」である。
 70歳定年とか、制度改正は日米で進んでいるけれど、たとえば米国では1967年に雇用年齢の上限を撤廃した「雇用に於ける年齢差別禁止法」が施行されているし、日本でも平成19年に「事業主は労働者の募集及び採用について、年齢に関わりなく均等な機会を与えなければならない」となっている。
 しかし著者はこう言う。
 「いくら長生きできたとしても、私たちの人生は一度きりです。リハーサルもなければアンコールもありません」。つまり「リセットも後戻りも出来ないのなら、今、ここで一所懸命生きるしかありません。だとすれば、時の過ぎゆくままに、ただだらだらと貴重な時間を浪費するのは、じつにもったいない」(46p)
 くどくど抽象論をいうより、老後を果てしなく愉しんだモデルとして著者はふたりの「知の巨人」を紹介する。一人が渡部昇一で、まさに「あらまほしき姿」の人生を送られたとする。
 二人目は随想を書き残し思索を促すモンテーニュだ。
なぜこの二人にモデルを求めたのかが本書の肯綮である。


「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)3月1日(月曜日)
  通巻第6816号 より

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 先日、氏が書かれた記事と絡んでくると思うので挙げてみました。↓

 経済と出生率と(国の未来を見ようとすること) - CubとSRと (goo.ne.jp) 
コメント
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