CubとSRと

ただの日記

ゆく川の流れは絶えずして

2022年12月12日 | 日々の暮らし
 神戸堂帽子店が、結局、閉店となるらしい。
 6、7年になるかと思っていたが、店の人の話では経営が変わってから十年だそうだ。
 それでこれまでに数回、日記に書いてきたのを再掲して、自身の中で区切りとしようかと思う。

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 「残念だけれど」           2011.12/01 (Thu)

 帽子屋のことだけ書きます。
 父の冬用の帽子を、と思っていました。今回は父の帽子を持って来ていたので、サイズの心配はなし。暖かそうなツィードの帽子を買うつもりでした。

 まだ本格的な寒さにはなっていないからか、小さなサイズも結構ある。
 田舎を出発する前に、思いついて父の頭を測ってみると、55,5cmだったのですが、店で持参した帽子を測ってもらうと、54,5cmしかない。

 「帽子は被るもの」で、「載せるもの」ではないから、と思って一番大きな部分を測ったのですが、考えてみればいくら「被るもの」と言っても、一番大きな所まで、となると、次の瞬間には頭を通り越して、「ネコに紙袋」状態、或いは「強盗にパンスト」状態になるわけです。
 だから、55,5は大き過ぎたということになる。

 以前、読んだ本に「S,M,Lの違いは僅か一センチずつ」と書いてありました。Sが56、Mが57、Lが58。
 私は頭が大きいと思っていたけどMとLの間みたいです。5ミリの差、ということですね。

 ほんの僅かの違いでしかないのに、随分、この頭の大きさを気にする。
 大体が自分は言うまでもなく帽子というやつは、かぶったところで普通は正面からしか見ない。
 私のように前後に長い頭は正面から見ると(自分では)さほど大きくは見えない。けれど、周囲となるとそれなりの数字になる。
 頭が私と同じ大きさの人でも、私と違って形の良い丸い頭なら正面から見ると当然少し大きく見える。

 先日、テレビで「骨を動かして小顔にする」とか、化粧で「いとうあさこを真矢みきにする」、なんてやっていたのを見たけれど、本当に僅かの修正(?)ですっかり顔が違って見えた。

 帽子も同じこと。ほんの少しのことです。
 一つだけ違うのは「見つめるのは自分だけ」、ということでしょうか。
 自分が一番厳しく、自分が一番頑迷だ、というのが大きな関門。

 日本に生まれて日本のことが好きなのに嫌なところばかりが目につく、というのも或る意味同じかもしれません。
 嫌だなと思うところが、他人(外国人)から見たら羨ましがられるようなことかもしれないのに。
 また、日本に生まれて普通なら日本が好きになるのに、家庭では日の丸を揚げることもなく学校では「日の丸の下で多くのアジアの人々が血を流して~」、だとか「日本は世界の人々に対して悪いことばかりしてきた」だとか教えられる。
 直接に「お前は駄目な奴だ」ではなく、「お前はいいけど、日本人がダメなんだ」と。でもオレ、日本人なんだけど・・・・。

 ということで、
 「日本人なんかやめたらいい、世界市民にみんなでなればいいじゃないか。EUみたいにすればいい。そうだ!TPPがあるじゃないか!」
 ・・・・なんて。この考え方のねじれ、敗戦後からです。

 「お前に帽子は似合わない」
 いきなりそんなこと言われたってそれじゃ中高生の6年間、学生帽をかぶっていた(校則でかぶらされていた)のは不恰好そのもの、いじめではないか!

 父の帽子は具合のよさそうなのが見つかりました。MAYSERのツィードのハンティング。(でも、製造はスロバキアです)
 色違いで、どっちにしようかと悩んでいたら、
 「半額にしますから二つともどうです?」と言われる。
 えらいこと言われるなあ、と思ったら
 「実は来年には店を閉めるんです」と続けられた。
 本社はそのままだけれど、アンテナショップとしてのこの店はこれで終わりにするのだそうです。

 ちょっと気難しそうな店主と人当たりの良い従業員。二人とも定年の時期をだいぶ過ぎていそうな年齢です。
 小売店舗としての営業成績は不景気の波をまともにかぶること、他業種と同じらしい。五十年近く続いた、今や神戸ではただ一軒となった老舗の帽子専門店が消えてしまう。
 新しい店はいくつか知っているけれど、最近の若者向けの帽子店ばかりで、ボルサリーノ社やノックスのソフトハット、MAYSERやBIGENSのハンティングなどを多種取り揃えている店は他にありません。

 「女性の装いは街の景観を美しくする」と三島由紀夫は言ったとか。
 至言だと思いますが、男だって街の景観に関わっている。帽子も昔は確かにその一端を担っていた。それなりに「身嗜み」と捉えるのが日本人ですから。
 女性の装いが街の景観を美しくするように、男の服装や、その動作は街にしっかりとした活力や安定感を与えていた筈です。確固とした気持ちが、男の服装もつくっていた。

 神戸が好きで帽子も好きで、という人は閉店前に一度は行って見られたらなあ、と思います。
 神戸大丸の一つ山側の通り、三宮神社のそばにある「神戸堂」という店です。
 (五十年近くではなく65年でした。訂正します。)




 (あと二回、再掲の予定です) 
コメント
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