書評 BOOKREVIEW
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骨太の女流新星、保守論壇に登場。「故郷忘じがたき候」。
日本という故郷への不安と地に根を張れないもどかしさ
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仁平千香子『故郷を忘れた日本人へ』(啓文社書房)
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本書は『表現者クライテリオン』の奨励賞を受賞した女流新人の論壇デビュー作である。クライテリオン奨励賞は、嘗ての『自由新人賞』か、『平林たい子賞』に匹敵するのかもしれない。
追求するテーマは「なぜわたしたちは不安に苛まれ、生きにくい世の中にあるのか」。隠れていると思われるテーマは「『移民文学』の居場所」ではないか。ともかく哲学風な現代日本の病理を衝く力作である。
基底に13の文学作品を読み解き、現代人が忘れてしまった故郷への愛し方の痕跡をたぐりつつ、その居心地の悪さ、その生きにくい現実の深い原因を突き止めようとする。
この主題を見て評者(宮崎)がすぐに連想したのは三島由紀夫の『豊饒の海』にでてくる「日本の根から生い立った暗さ」というフレーズだった。
著者はまず芥川龍之介が自殺に到る不安と現代若者との共通項を比較検証する。とりあげる芥川の作品は『馬の脚』である。
「脚は人間の根っこである。どんな大木も小さな花も根がなければ身体を支えられない。人間も脚がなければ地面の上にたつ術がなくなる。近代以降の日本は根を失った。(中略)近代化に急発進した日本に対し、芥川をはじめ多くの知識人は日本の将来を不安に思った。全く馴染みのない西洋の価値観を取り込み、其れまで通り日本人として規範を持って生きていくことは可能なのか。確信はなかった」
こうして俎上に乗せられる作品はスタインベック、村上春樹、フランツ・カフカ等である。
敗戦後のGHQ政策はさらに日本から根っこを奪い、史観も国語も台無しにされて、秩序、価値観が改造された。
「アメリカにおける歴史教育とは偉人教育を指す。現在のアメリカの偉大さを作り上げた先祖の偉業を褒め称えることで、アメリカの子供たちは自然と自国に誇りを持つ」。
日本の戦後教育はヤマトタケルも徳川家康もろくすっぽ教育せず、大東亜戦争は太平洋戦争と呼びかえされた。
著者が言うように、「歴史教育とは試験対策に年号と事件名を暗記するという退屈な学問となった」。
著者は故郷の原点にもどってこう言う。
「人は何かに自分を結びつけ、関連づけさせることで自分が何者かを認識し、自尊心や自己肯定感をやしなう。帰属感を感じる対象は人間でも空間でも可能である。ある場所への愛着によって帰属感を得るとき、人は居場所を獲得する」(44p)
それが故郷だ。
しかし「個人は単体で自立可能であるとする新自由主義の考えは、人間が自尊心や自己肯定観を構築する過程を無視している。帰属感がアイデンティティ形成には不可欠であり、それを媒介するのは土地や共同体や歴史である」(48p)
かくして著者は文学作品を批評する営為のなかから、グローバルスタンダードの間違いを同時にただして行く。あざやかな筆力である。
伝統的な死生観を喪失し、生命至上主義におちいった日本人の猛省をせまるのである。
評者は、また連想してしまった。
三島由紀夫の最後の檄文の一節である。
「生命尊重のみで、魂は死んでも良いのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君のまえに見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ」(昭和45年11月25日)。
この檄文を復唱するとき、古代の神々の震えを感じないか?
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和四年(2022)12月13日(火曜日)
通巻第7551号より
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「個人は単体で自立可能であるとする新自由主義の考えは、人間が自尊心や自己肯定観を構築する過程を無視している。帰属感がアイデンティティ形成には不可欠であり、それを媒介するのは土地や共同体や歴史である」
【~生命尊重以上の価値~は自由でも民主主義でもない。~われわれの愛する(歴史と伝統の国)、日本だ」】
日本に生まれたのだから(普通、その社会への帰属感を持って育つのだから)そうなる(日本人であるというアイデンティティが形成される)のが当然なのにそうなっていないのは、「明治以降の西洋文化の入手と、敗戦時のGHQ による政策が~」という説明が、これまで色々な人によって為されてきた。
けど、そういった論説は戦後の学校教育には見事なくらいに取り入れられることはなかった。そして今「日本人としての規範」は育てられてない。