妻女山展望台から20~30分ほど登って長坂峠を右へ、斎場山を通り過ぎ、御陵願平から鬱蒼とした森の中へ入るとそのプールはあります。最も長いところで5メートルほど。深さは1メートルぐらい。水深は30~50センチぐらい。これは、イノシシのぬた場(沼田場)なのです。ぬた場とは、イノシシが泥浴びをして体についたダニなどの外部寄生虫を落としたり、夏の暑さから体を冷やすために水浴びをするところです。猟師に追われて命からがら逃げおせた後も、急上昇した体温を下げるために真冬でも氷を割って入る事があります。
イノシシのぬた場は、東京、神奈川、山梨の山でもいくつも見たことがありますが、こんな巨大なものは見た事がありません。左に土の壁が見えますが、これは倒木の根っこの裏側です。初めはこの倒木が作った直径1.5メートル程度の穴があっただけだと思います。あとは、何年もかかってイノシシが掘ったのです。イノシシの鼻は犬並みに敏感ですが、70kgの石を持ち上げるほど力持ちでもあるのです。泥浴びや水浴びをした後は、木の幹に体をこすりつけるのですが、三枚目の写真を見ると樹皮が大きくえぐれて中の材が見えています。当然、形成層も削られています。体をこすりつけてこれだけ削るのに何頭のイノシシが何年かかったのか見当もつきません。
この泥がついた樹木は周り中にあり、それを辿って行くとイノシシの獣道がわかります。イノシシは本来は昼行性ですが、人間により夜行性にさせられている場合もあります。この辺りのイノシシは、毎年害獣駆除で狩猟されているため、人を見ると猛ダッシュで逃げますが、人を恐れて完全に夜行性になっているわけではなく、日中に遭遇する事もあります。先にこちらの存在がわかれば、向こうから逃げて襲ってくることはありませんが、冬の発情期の雄などと出会い頭に遭遇すると、襲われる危険性があります。クマ除けの鈴をつけるなどの対策が必要です。
以前、長男が小学生の時に二人で神奈川県の山を登っていて5、6メートルの距離で5頭のイノシシ(母、妹の成獣2頭と子供3頭)に遭遇したことがあります。長男が「あっ、イノシシだ!」と叫んだ瞬間に、群れは針葉樹林の急斜面を猛ダッシュで5メートル駆け上がり、左に直角に折れて私たちの真上を左へ駆け抜け、右上にターンして尾根の向こう側へ消えて行きました。わずか数秒のことでした。猪突猛進といいますが、イノシシはもの凄い急ターンができるのです。以前テレビで、突進されたらイノシシの前で傘を広げるといいとか言っていましたが、そんな余裕はありません。イノシシは常に牙をカミソリの様に研いでいるので、牙で太腿の動脈を破られて失血死ということもあるのです。
妻女山山系では、年末の害獣駆除を行ったところ二日で40頭のイノシシが獲れたことがあります。それでも相変わらず農業被害が出ていることから、まだ相当数が生息しているものと思われます。招魂者近くにある我が家の山も除伐して見通しをよくしたところ、たくさんあったぬた場が消滅しましたが、夏になり葉が生い茂るとイノシシが出没し、再び掘り返すようになりました。晴れたらすぐに除伐する必要があります。畑を掘り返されると、まるで耕耘したようです。主に地中のミミズや芋虫を食べるためのようですが、春はタケノコ、夏は葛の根や山芋、秋は色々な果実やドングリや栗などを食べます。動物では、ヘビやカエル、ミミズや昆虫類などを。雑食性なので人間が食べるものはみな餌になると考えていいようです。イノシシの糞はピンポン球大のものが連続してくっついているような形状をしています。
以前、信濃毎日新聞のカメラマンの方と話したときに、山にセンサー付きのカメラをセットしたことがあるけど写らなかったと言っていました。イノシシは非常に警戒心が強く、人の手が入ったと思われる場所にはしばらく近づきません。いつかこのプールに赤外線センサー付きのビデオカメラをセットして、イノシシ達が気持ち良さそうに水につかっているところを撮影したいものです。ぬた場でイノシシが「ぬたうちまわる」から「のたうちまわる」という言葉ができたといいますが、そんなシーンも撮れるでしょうか。また、イノシシには何度か遭遇しているのですが、一度もまともな写真が撮れたことがないのでそれも宿題です。
松代町や千曲市の山を冬に登る事も多いのですが、イノシシ狩りが行われていることもあります。登る前に猟師達と出会った時は、必ず登るコースを説明して、登山者がいることを無線で皆に伝えてもらいます。基本的には谷の下から追い上げて上で待ち構えて撃つので、尾根筋を歩いているぶんには心配ありません。狩猟をする谷はたいてい決まっています。尾根道を歩いていて下から銃声が聞こえたら、ホイッスルを吹くか大声を出して人がいることを知らせることです。狩猟期は、イノシシ狩り以外に散弾銃を使ったヤマドリやキジの狩猟も行われます。これも谷での狩猟がメインですが、千曲川の河原でも行われるので釣り人は要注意です。人と野生動物の共生は、簡単なことではありません。
★2006年の暮れにイノシシ狩りが行われている最中を妻女山から鞍骨城跡へ登ったフォトルポです。
★ネイチャーフォトは、【MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery】をご覧ください。キノコ、変形菌(粘菌)、コケ、地衣類、花、昆虫などのスーパーマクロ写真。滝、巨樹、森の写真、森の動物、特殊な技法で作るパノラマ写真など。