今日は、5月5日子供の日
子供の日を迎えると、一年に一度だけ心に浮かんでくる思い出が
あります。
あれは、小学校1~2年の時だったと思います。
その頃は、子供の日だからと言って家族で出かける家は滅多になく
子ども会が子供たちを遠足に連れて行ってくれるのが、唯一の
楽しみでした。
前日からわくわくしていた私に、母が「明日はこれを持って行きな」
と、赤いチェックの模様のついた魔法瓶の水筒を渡してくれたの
です。
きっと少し前に買ってあったのを、私を驚かすために遠足の前日に
出してくれたのでしょう。
その当時、魔法瓶の水筒は高価なものでした。
私の嬉しさは頂点に達し、翌日は朝早くから魔法瓶の水筒を持って
うきうきしていました。
ところが、集合場所である神社で、こともあろうに私は
その水筒を落っことしてしまい、中のガラスが粉々に
割れてしまったのです。
私は小さいながらも、それが高価な物であり母が無理して
買ったのを分かっていたので、その場で泣きだし、涙が
止まらなくなり、子ども会の遠足には行かないと帰って来て
しまいました。
壊したことに対して、親に叱られた記憶は残ってないので
母も父も何もいわなかったのかもしれません。
子供の日に、つまんなそうに家でポツンとしている私を見て
父が「自転車を教えてやる」と言って、あの集合場所だった
神社に私を引っ張って行ったのです。
今でこそ、子ども達は子どもの自転車で補助輪をつけて乗り
スムーズに乗れるようになると、初めて補助輪を取るという
段階を踏んで自転車に乗れるようになりますが、当時は
子どもの自転車なんて乗っている子はいなかったし、子ども達は
行き成り24か26インチの大人の自転車に、座ることも出来ずに
三角乗りでした。
私は運動神経が鈍く、怖がりの子供だったので、その時は
恐怖しかありませんでした。
父が荷台を抑え、私がよろよろとペタルを踏む
どれだけ倒れたか分かりませんが、後ろにはいつも父がいる
その安心感だけで、必死に練習したように覚えています。
本当に突然、すーと走れた気がした時、ちらっと振り向いたら
父がいなくて、私は自転車と一緒に倒れてしまいましたが
その時、父が満面の笑顔で「乗れたよ、乗れた!」と走ってきて
くれたのです。
あの魔法瓶の悲しみは、すっかりどこかに飛んで無くなって
父の嬉しそうな顔と、自転車に乗れたと言う喜びで一杯に
なりました…
あの時笑ってくれた父はもういませんが
一年に一度、子どもの日になると思い出す、私の大切な思い出です。
あの魔法瓶は、もしかしたら魔法の瓶だったのかもしれません。
子供の日を迎えると、一年に一度だけ心に浮かんでくる思い出が
あります。
あれは、小学校1~2年の時だったと思います。
その頃は、子供の日だからと言って家族で出かける家は滅多になく
子ども会が子供たちを遠足に連れて行ってくれるのが、唯一の
楽しみでした。
前日からわくわくしていた私に、母が「明日はこれを持って行きな」
と、赤いチェックの模様のついた魔法瓶の水筒を渡してくれたの
です。
きっと少し前に買ってあったのを、私を驚かすために遠足の前日に
出してくれたのでしょう。
その当時、魔法瓶の水筒は高価なものでした。
私の嬉しさは頂点に達し、翌日は朝早くから魔法瓶の水筒を持って
うきうきしていました。
ところが、集合場所である神社で、こともあろうに私は
その水筒を落っことしてしまい、中のガラスが粉々に
割れてしまったのです。
私は小さいながらも、それが高価な物であり母が無理して
買ったのを分かっていたので、その場で泣きだし、涙が
止まらなくなり、子ども会の遠足には行かないと帰って来て
しまいました。
壊したことに対して、親に叱られた記憶は残ってないので
母も父も何もいわなかったのかもしれません。
子供の日に、つまんなそうに家でポツンとしている私を見て
父が「自転車を教えてやる」と言って、あの集合場所だった
神社に私を引っ張って行ったのです。
今でこそ、子ども達は子どもの自転車で補助輪をつけて乗り
スムーズに乗れるようになると、初めて補助輪を取るという
段階を踏んで自転車に乗れるようになりますが、当時は
子どもの自転車なんて乗っている子はいなかったし、子ども達は
行き成り24か26インチの大人の自転車に、座ることも出来ずに
三角乗りでした。
私は運動神経が鈍く、怖がりの子供だったので、その時は
恐怖しかありませんでした。
父が荷台を抑え、私がよろよろとペタルを踏む
どれだけ倒れたか分かりませんが、後ろにはいつも父がいる
その安心感だけで、必死に練習したように覚えています。
本当に突然、すーと走れた気がした時、ちらっと振り向いたら
父がいなくて、私は自転車と一緒に倒れてしまいましたが
その時、父が満面の笑顔で「乗れたよ、乗れた!」と走ってきて
くれたのです。
あの魔法瓶の悲しみは、すっかりどこかに飛んで無くなって
父の嬉しそうな顔と、自転車に乗れたと言う喜びで一杯に
なりました…
あの時笑ってくれた父はもういませんが
一年に一度、子どもの日になると思い出す、私の大切な思い出です。
あの魔法瓶は、もしかしたら魔法の瓶だったのかもしれません。