昨日は写真展に行った後、田口ランディさんの
『「原爆が落とされるまで」原子核の発見から
原爆投下まで』のお話を聴きに行きました。
ひとり一人が、真剣に聴いているのです。
こういう空気感って、あんまりないと思いました。
日本の過去に何が起こっていたのかを、知りたい
知らなくてはいけないと心から思いました。
今日の新聞に司馬良太郎さんのことが載っていて
司馬さんの言葉に、私たちの国のあり方を
見た気がしました。
『亡くなる3か月前の井上ひさしさんとの対談
「日本が、軍備をもつ<普通の国>になるなら
戦前・戦中の体制を否定したドイツのような
手続きを踏むべき」と主張する井上さんに
司馬さんが異を唱え、「私は、<普通の国>に
ならないほうがいいと思ってます。
日本は非常に独自な戦後を迎えて、
独自な今日の形態にあって
この独自さがいいんだという気持ちがある…
<普通の国>になって<普通>に振舞って
それが何になるんだ…
われわれはそれ以外の道を戦後に決めて
しかもわれわれの頭には、それがしっかり
沁み込んでいるのだから、もうちょっと違った
理想的な国をつくるほうに行こうじゃないかと思う』
と、語ったそうです。
司馬さんの「理想的な国」について、司馬遼太郎
記念館の館長で司馬さん義弟の上村さんが
答えています。
「軍備も交戦権も放棄する憲法です。
世界から見たら、おかしな国です。
でもね、その中で、日本人は希望を持ち、
懸命にやってきて今がある。日本には優れた文化、
例えば『協調性』があります。
その特殊さと日本の文化を生かし、世界を平和に
導く。世界に提言していく。
そういう特殊な生き方こそ、日本人らしい。
そういうことだと思います。」と…
憲法を改正して、戦争が出来る『普通の国』に
なろうとしている、今の日本への司馬さんからの
提言として、私たちはこの言葉を
受け取らなくてはと思いました。