世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

影の物語・1

2015-07-14 04:14:30 | 月夜の考古学・本館


 むかしむかし、あるところに、美しいが、とても心の冷たい王様がいました。王様は、まつりごとのことなど鼻にもかけず、毎日宴を開いては遊びほうけておりました。それだけならまだしも、お気に入りの踊り子たちに、宝石や衣装や香水などのさまざまな贅沢な品々を買ってやるために、毎年、民に重い税をかけたので、人々の暮らしはとても苦しく、貧しいものでした。
 これではいけないと、王様の部下の大臣は、ある日、王様に隣の国の姫との結婚を勧めました。身をかため、家庭を持ったら、王様も少しは他人のことを考えるようになるかもしれないと思ったのです。王様は、初めは言い顔をしませんでしたが、大臣があまり強く勧めるので、しぶしぶ承知しました。
 やがて、結婚式の日、たくさんの宝物や持参金といっしょに、隣国から白い輿に乗った花嫁がやってきました。王様は、輿からおりた花嫁を間近に見たとき、露骨に、がっかりした顔をしました。なぜなら、花嫁は、まだ十二・三歳の子供で、鼻の頭にノミみたいなそばかすがたくさんのっている上に、真っ黒なちりちりのちぢれっ毛だったのです。
 それとは反対に、花嫁のほうは、一目で王様が好きになりました。生まれてこのかた、こんなに美しい殿方を見たことがなかったのです。花嫁は、結婚式の間中、夢を見るような目つきで、王様の端整な冷たい横顔を見つめていました。
 式が終わると、王様は新妻を城の奥の豪華な部屋に閉じ込めて、そのまま忘れてしまいました。そして、再び、踊り子たちと遊び始めました。
 さて、新妻である姫様は、何日も部屋で王様を待ち続けました。でも、いつまでたっても王様は姫様のところに尋ねてはきませんでした。姫様は、王様のことが忘れられません。そこで、ある日、姫様はばあやや侍女たちの目を盗んで、こっそり部屋をぬけだしました。
 そのころ王様は、白の中庭で踊り子たちと古代の神様を気取った衣装を着て、舞踏を楽しんでいました。そこらじゅうに木の精(ドリュアデス)や水の精(ナイアデス)の紛争をした娘たちが踊っていました。そしてその真ん中に、月桂樹の冠をつけた王様が座っていました。姫様はその姿を見つけるなり、喜びいさんで駆けよりました。
「王様!王様!お会いしとうございましたわ!」
「なんだ、君か」
 王様は冷たく言いました。踊り子たちがくすくすと影で笑いました。
「悪いが、じゃまをしないでくれないか。ぼくはいま、この娘たちとたのしんでいるんだ」
「では、わたしも仲間にいれてくださいな」
「ふーん、だが、君のそのちりちりの髪ではニンフの衣装は似合わないよ」
「え?」
「髪をどうにかしてきたら、仲間にいれてやるよ」
「ほんとに?」
「ああ。ほんとだとも」
 恋に目がくらんでいた姫様には、王様の心の冷たさなど、見抜けるはずはありませんでした。姫様は大急ぎで部屋に戻り、ばあやに頼んできれいな金髪のかつらを持って来させました。そしてそれをつけて、次の日、王様の前に現れました。
 王様は、お城の庭の大きな池で、人魚のかっこうをした踊り子たちと水遊びをしていました。姫様が仲間にいれてと言うと、今度は王様はこう言いました。
「そのそばかすはどうにかならないのかい。それじゃあ、仲間にはいれられないね」
 姫様は、また、大急ぎで部屋に戻り、ばあやに頼んで上等な白粉を持ってこさせました。そして、それを顔中に塗りたくって、次の日、また王様の前に現れました。
 王様は、四季のさまざまな花の咲き乱れる温室の中で、踊り子たちと道化が寸劇を演じている前で、絹張りの椅子にもたれてうつらうつらとしていました。
「王様、王様!」
 姫様がうれしそうに温室に飛びこんできたとき、王様は目をこすりながら、眠そうな声で言いました。
「また君か、もういいかげんにしたまえ」
「どうして? 髪もそばかすもなおしてきたら、そしたら、遊んでくれるって……」
 目に涙をためながら姫様が言うと、王様はもう、このうるさい子供の相手などしたくないというふうに、目をそらしました。と、そのとき不意に、小名質の土の上に落ちている姫様の薄暗い影が、王様の目に入りました。
「そうだな、君の影となら、遊んでもいいな」
 われながらこれはいい考えだ、とでも言うふうに、王様はにやりと笑いました。でも、姫様の方は真剣でした。
「影?」
「そうそう、ぼくは、君のことは気にいらないけど、君の影は好きだな」
 姫様は自分の足元を見つめました。おおきなかつらをかぶった、ずいぶんと頭でっかちの影が、そこに横たわっていました。
「影となら、遊んでくれるの?」
「ああ、もちろんさ」
  王様は請け合いました。姫様は、しばらく悲しげにうつむいていました。が、やがて目をあげて言いました。
「ほんとに、約束してくださる?」
「そうそう」
 半分寝言のような返事が、戻ってきました。王様はもう、こくりこくりと舟をこいでいました。
 姫様は部屋に戻ると、なんとかして、影になれないものかと考えました。日の光や、ランプの光に背を向けて、日がな一日影を見つめながら、姫様は、何日も何日も考えました。でも、何も考えつきません。
 ある夜、姫様が、小さな鏡を見ながら、髪をすいていたときでした。姫様は、何だかとてもつらくなり、思わず、鏡に櫛を投げつけてしまいました。ぎしり、と、鏡が小さな悲鳴をあげて、傾きました。顔をおおった姫様の両手の間から、しめつけるようなおえつがもれました。
「ああ、どうして、わたしはちぢれっ毛なの? どうしてそばかすがあるの? こんなもの、みんななかったらいいのに」
 そのとき、不意に、姫様の耳元で、だれかがささやく声がしました。
…ヘ、オイキ…
 驚いて顔をあげると、ひびの入った鏡の表面が、墨を塗ったように真っ黒になっていました。声は、その暗闇の奥から、聞こえてきました。
「…キタノモリノ、マジョノトコロヘ、オイキ」
「北の森の魔女?!」
「…コンヤ、ヒトリデ、オイキ」
 そういうと、声は闇とともにするりと消えていきました。後には、涙で真っ赤にはれた目を、まん丸くして驚いている姫様の顔が残りました。
「北の森の魔女と言うと、とてもこわいうわさのある人だわ」
 姫様は、大臣が、北の森に人を食う魔女がいるといっていたのを思い出しました。
「でも、行ってみよう。魔女なら、わたしを影にする魔法を知っているかもしれない」
 姫様は、マントを羽織り、靴を履きかえると、真夜中にこっそりとお城を抜けだしました。


(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする