ここは天の王様の住んでおられるお宮でございます。お宮と申しましても、王様はたいそう質素なことを好みましたので、そう大きくはなく、おひとりですごすに十分な広さの小さなお宮でございました。御心のお美しい王様のお宮の周りには、たくさんの美しい天人が羽衣に風をはらませ、琴を弾き、鈴を鳴らし、歌を歌いながら飛んでおりました。それらの天人の仕事は楽曲を奏で、王様の御心の静かな喜びを、清らかな花の震えるようにかきたてることでした。すると王様は、すべてのもののために、もっとも美しいことばをこの世に生み出すことができるのです。
しかしこの、悦び満ちる天のお宮には、たくさんの天女の中に、ただひとりだけ、小さな醜女がおりました。醜女は自分の醜いのを恥じ、いつも顔を隠し気味に羽衣をかぶっておりました。彼女の仕事は、毎日、天のお国のあるお庭にある大きな水盤に映る、月のお仕事の手伝いをすることでした。この天の国は桂の香りもただよってくるほど月に近く、月はたいそう大きく見えました。醜女は望月の夜が来ると、水盤に月の美しい光が映るのを確かめ、それを小さな匙ですくって丸め、たくさんの月の光の珠を作るのが常でした。月珠が小さな桶にいっぱいになると、醜女は仕事をやめ、水盤に映る月のためにかすかな歌を歌いながら小さな儀式をしました。小さな声ではありましたが、それは胸にすきとおるような美しい声で、月はたいそう醜女の歌を悦ぶのでした。
それが終わると、醜女は桶を頭にのせ、天の国の端にある銀の河へと向かいました。そして川辺に座り、両手をひらひらと蝶のように舞わせ、小さな儀式をしたあと、河の中をのぞきました。
河に映るのは、あまりにも小さな罪人たちの行く末でした。それらの人々は、地上で深い罪を犯したがために、永遠のからくりの中で光さえ浴びることなく、苦悩の中に迷っている者たちなのです。醜女は、その罪人たちのひとりひとりに向かって、月珠を落とすのです。そうすればしばし罪人の苦しみはやわらぎ、胸の中がまるで明かりがともったようにぬくもるのです。醜女は月珠に一つずつ、呪文のような言葉をかけながら、それらがすべての罪人のところに届くようにと、願うのです。
罪人にはいろいろな者がおりました。たとえば、それは豪華な王宮の中の、薔薇色の大理石でできた底なしの崖のきわに、左足の親指一本で永遠に立っていなければならないという者がいました。ほかには、窓もない暗い部屋の中で、開かないオルゴールの鍵を必死で回している者もいました。その部屋にはそれはたくさんの鍵が山のようにありました。しかしそのオルゴールは、鍵で開くのではなく、ある呪文で開くのを醜女は知っておりました。それを教えられるのは、ときどきその部屋を訪れる小さな蛇なのですが、暗闇の中、彼はその存在にすら気付かずにいるのです。
醜女は罪人たちに神の憐みの訪れるように願いながら、空になった桶を持って立ち上がりました。するといつしか、彼女の背後に、天の王様が立っておられました。醜女はびっくりして、思わず顔を隠しました。醜女は何よりも、自分の顔を見られることが悲しいのです。ですから、王様の前でも、ほかの天人の前でも、いつも顔を隠しておりました。
天の宮の王様は、ほほ笑みながら、それでもよいというように、真実しか語らぬという美しい声で、いつも醜女にもっとも苦しいことをおっしゃるのです。
「本当にあなたは、お美しいですね」
すると醜女はたまらなく悲しくなり、まるで責め立てるようにふるえながら言うのです。
「おたわむれを」
醜女は王様の前から逃げるように走りだし、水盤のもとにもどりました。滂沱と流れる涙を水盤の中に落としながら、醜女はすがりつくように月に手を伸ばしました。
月は静かにほほ笑み、乳色の光で彼女の涙を洗いながら、泣かなくてよいと、醜女にささやくのでした。