世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

冬の子④

2017-11-20 04:13:35 | 風紋


「ああ、ソミナ、囲炉裏に榾をくべておくれ。湯がなかなかわかないの」

言ったのは村の産婆役をしている、ソノエという女だった。囲炉裏に水の入った土器の壺を入れ、湯をわかそうとしている。エマナは家の隅の茣蓙の上でうずくまり、しきりにうめいていた。

「木舟をかりてきたよ」
と言いながら、ソミナの後からまた他の女が入ってきた。出産は女の大仕事だから、多くの女が協力し合う。その女は小さな舟のような形をした木の器を持って来た。中には少し水が入っている。

木舟というのは、舟作りの技術を応用して作った器だ。小さな舟の形をしている。それはカシワナ族が出産の折に使う産湯桶だった。女たちは子供が生まれると、この木舟にぬるま湯を張り、生まれたばかりの赤子を洗うのだ。

木舟を囲炉裏のそばにおくと、その女は茣蓙の上でうめいているエマナのところに行った。そしてエマナの腰をなでてやりながら、励ました。

「がんばろうねえ。今日が山だよ。痛いかい?」
するとエマナはうめき声の影から、吐くように言った。
「ちきしょう、トレクのやつ!!」

それを聞いたソノエは、どうしようもないというように笑って顔を振った。




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冬の子③

2017-11-19 04:12:48 | 風紋


「いいが、どうしたんだ?」

「エマナが産気づいたの。ビーズに色を塗っていたら、急に腹が痛くなったのですって。手伝いにいかなくちゃならないの」

「ほう? 今頃に生まれるのは、歌垣の子じゃないな」

「そんなの珍しくないよ。エマナはお産が重い方だから、今夜は帰れないかもしれない」

「いいよ。大変だな。よくしてやれ」

そういうと、アシメックはソミナを送り出した。

カシワナ族では、死者を扱うのは男の仕事だったが、出産をとりしきるのは女の仕事だった。男はこういうとき、ほとんど何もできない。巫医のミコルだけが、出産に立ち会い、魔が出産の邪魔をしないように、お祈りをするだけだ。

ソミナは家を出ると、まず広場に向かい、そこに積んである村共有の榾を一束とってから、エマナの家に向かった。エマナの家のところまで来ると、ミコルが家の周りに色砂で陣を描いているのが見えた。まじないの陣だ。あの陣を家の周りに描くと、魔が家に入ってこれないという。

ソミナはミコルにあいさつすると、その陣をまたいで、家に入った。すると早速、誰かが声をかけてきた。




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冬の子②

2017-11-18 04:13:02 | 風紋


茅布というのは、ケセン川の川原に生える茅草を干して割き、糸にしたものを織って作る布だ。もちろんこの時代には立派な道具などない。ソミナは床に糸を並べ、それを手で編むようにして織っていくのだ。

ソミナは織るのは上手だった。美しい指先を器用に使い、見る間にきれいに布を織っていく。織り上げた布はしばらく乾かした後、水で洗って干す。そうすると、適度に布が縮んで、しっかりした茅布ができるのだ。

アシメックはそんなソミナの仕事を見ながら、自分も囲炉裏のそばにすわり、茅を使って茣蓙を編み始めた。冬にやる仕事はだいたいそんなものだ。村人は家にこもって、茅で布を織ったり茣蓙を編んだりする。魚骨ビーズで首飾りを作ったり、木を削ってへらやさじを作ったりもする。外で働くのは漁師くらいのものだった。蛙は冬眠するのでとれなくなるが、魚は冬も眠らない。また冬の魚は、身がきれいになってうまかった。漁師は鹿皮の肩掛けをかけながらも、寒さや水の冷たさを我慢して川に舟を出しだ。

そんなある日のことだった。夕方、アシメックが村の見回りから帰って来ると、ソミナがそわそわしながら言った。

「あにや、今日は米を食う日なんだけど、できなくなったの。悪いけど、これを食べてくれる」

言いながら、ソミナは囲炉裏のそばにおいた糠だんごを指さした。




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冬の子①

2017-11-17 04:13:10 | 風紋


山行きが終われば、急速に冬がやってくる。

村の広場に積まれた榾の山が、アシメックの家からも見えるようになる頃、風が冷たくなり始めた。アシメックはエルヅに言って、宝蔵の鹿皮の蓄えを出させ、村のみんなに分けた。

共有の財産である鹿皮を、宝蔵の管理人であるエルヅからもらうと、村人はそれを家の外幕にかけたり、屋内の床に敷いたりした。

カシワナの村の冬は、厳しいものだった。雪はそれほど降らないが、水は凍る。母親たちは子供のために肩掛けと足袋を縫ってやった。春や夏の間は裸で育てる子供も、冬は腰布や肩掛けをかけるのを許された。

先祖から伝わる鹿皮は相当にたくさんあった。冬の間、村人みんなを寒さから守ってやれるほどのものはあった。宝というのはすばらしい。大事にしていけば、みんなの役に立つ。エルヅの管理もすばらしいものだった。蓄えておくだけでなく、定期的に日干しにしてくれるので、古いものも傷みが少ない。

栗も充分にとれたし、米もたくさんあるし、鹿の干し肉もたくさんある。今年の冬も無事に超えられそうだと、アシメックは広場で榾の山を見上げながら思った。

アシメックも足袋で足を覆い、肩掛けをかけた。家に戻ると、ソミナが茅布を織っていた。




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イメージ・ギャラリー⑦

2017-11-16 04:13:06 | 風紋


Tucker Smith

アルカ山は北アメリカ大陸にあるなだらかな山です。
豊かな実りがあり、鹿がたくさん住んでいます。
実際の風景はどのようなものだろうと思いながら、絵を探してみました。




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山へ⑨

2017-11-15 04:12:51 | 風紋


それから、冬にさしかかるまで、山での採集は毎日続いた。山の宝はすばらしかった。土器の壺に、栗の実が満々と満ちて、それがいくつも家の周りに並んだ。酒つくりの上手な女は、さっそく林檎を壺にいれ、水と種を入れて酒を造り始めた。子供がとってきたグミや、キノコを干す板がそこら中に並んだ。寒い冬を過ごすためにとってきた榾も、広場に山のように積まれた。

また人々の中から自然に歌が生まれた。

山はいい
山はいい
なんで神は
こんなにたくさんくれるのか
ひとよひとよ
いいことをしろ
正しいことをしろと言って
くれるのだ

アシメックも毎日、山に言った。山にいくたびに、オラブに呼び掛けた。だが返事は一切なかった。それでも呼び続けた。

そして、もうそろそろ冬がやってくるという、最後の山行きの日、アシメックは意を決して、境界の岩を越え、オラブを探してみた。道に迷わないように枝折をしつつ、用心深く藪をまたぎながら、オラブをよびつつ探してみた。

「オラブ! もう冬が来る。寒いだろう! どうやって暮らすつもりだ! かえってこい!!」

だが、何度叫んでも答えはなかった。アシメックはあきらめるしかなかった。

そんなアシメックの様子を、村人たちは、尊いものを見るように見ていた。悲し気に泣く者さえいた。オラブのやつめ。アシメックはいいやつなのに。

山行きが終わると、冬がやってくる。とうとうオラブは見つからなかった。ただ一度だけ、川で漁をしている男がこう言ったのを、アシメックは聞いた。

「昨日、ケセンを泳いでいる変なやつがいたけど、あれはオラブかもしれない」
「ケセン川で?」

それを聞いた時、アシメックはふとアロンダのことを思い出した。まさかとは思うが。

しかしその不安が的中するとは、このときアシメックはひとかけらも思ってはいなかった。





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山へ⑧

2017-11-14 04:13:16 | 風紋


その頃、アシメックは、少し高い山の尾根に立ち、風景を見まわしていた。アルカの山は美しいが、先祖からの言い伝えで、これ以上奥に行ってはならないという境界の岩があった。その境界を越えると、アルカラではない魔の世界に迷い込んでしまうという言い伝えがあったのだ。

その境界の岩をなでながら、たぶんオラブはここを越えて言ったのだろうと、アシメックは思った。

きっと山の奥のどこかに住んでいるのだろう。なんとかしてやりたいが。

アシメックは少し考えた後、意を決して、大声で言った。

「オラブ! いるか!」

その声に反応してか、近くの木の枝の上で、栗鼠か何かが動いた。アシメックは続けた。

「返事をしなくてもいい! 聞いてくれ! もうそんな暮らしはつらいだろう! 戻って来い! おれのところにきたら、なんとかしてやる!」

もちろん返事などはない。背後で村人たちが、静かな目で自分を見ているのを感じた。アシメックは続けた。

「みんなに謝って、まっとうな仕事に戻るんだ! それが幸せだぞ!!」

風が起こり、山の木々の梢を揺らした。アシメックは木霊を待つように、何かの反応を待った。しかしそんなものは何もなかった。

だがいい。これからも山に来るたびに、こうして呼び掛けよう。いつか、オラブに届くかもしれない。アシメックはそう思った。

日が陰り、みなの袋が十分に膨らんできたころ、アシメックは皆を率いて山を下りた。




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山へ⑦

2017-11-13 04:13:23 | 風紋


早く帰らねばならないが、これを見逃すのは惜しいと思い、子供に言い聞かせて、一旦子供をおろしてから、キノコを採った。すると子供が言った。

「それ毒だよ。母ちゃんが言ってた。食うと死ぬって」
「ああ、知ってるよ。食うわけじゃないんだ。鹿狩りの毒に使うんだよ」
「へえ? 鹿狩り!」
急に子供が目を輝かせた。この子供は、大人になると鹿狩りの仲間に入りたいのだ。

「毒って、そのキノコ使うの?」
「子供は触っちゃだめだぞ。これはね、蛙の毒と混ぜるんだよ。すると一撃必殺の毒ができるんだ。蛙の毒でも十分に殺せるが、これを混ぜるともっと効くんだ」
「毒蛙って、あの赤いのだろう? あれも食べちゃダメだって、母ちゃんが言ってた」
「あれは食べたらのたうち回って死ぬんだ」

子供は目を輝かせて、サリクに鹿狩りのことを尋ねた。

「鹿って怖いの? 角あるよ」
「怖くないさ。毒矢を使えば一発なんだ。でも手ごわいのはいるよ」
「てごわいって?」
「六年前に生まれた、キルアンていう名の雄鹿がいるんだ。こいつがデカいんだけど、すばしこくてなかなか矢が当たらない。おまけに毒矢が当たっても死なないんだ」
「へえ、キルアン!」
「俺たちが狩りをしてると、どこからかやってきて、向かってくるんだよ」
「へえ!!」

子供と話をしながら、サリクは自分がずいぶんと立派な男になったような気がした。アシメックのように、小さいやつは大事にしてやらねばならない。特に男の子には、大人の男のやり方ってものを、見せてやらねばならない。サリクは嬉しそうに尋ねた。

「おまえ、名前はなんていう? 年は?」
「ネオ、もうすぐ十一だよ」
「へえ、じゃあ次の歌垣には出れるな」
「うん、まあね」

サリクはキノコを腰に下げた袋に入れると、また子供を背負い、山を下りて行った。




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山へ⑥

2017-11-12 04:13:21 | 風紋


アシメックは子供にやさしく声をかけながら、身をかがめ、子供の足の傷を見てやった。右足の裏に、かなり大きな傷があり、血が流れていた。アシメックは、自分の汗拭き用の茅布を取り出し、それで傷をしばりながら、言った。

「大丈夫だ、痛くない。男は我慢しろ。しかしこれでは歩けないな。だれか背負って、村に帰してやってくれないか。ミコルのところに行って、薬を塗ってもらわねばならない」

アシメックがそう言うと、周りを取り囲む村人の中から、「おれが行くよ」という声がした。見ると、それはサリクだった。

アシメックはサリクを見ると、「じゃあ頼む」と言った。するとサリクはさっと表情を明るくして、子供の所に来た。アシメックの役に立てるのが、うれしくてたまらないのだ。

「どら、おれが背負ってやるよ。山で栗はひろいたいだろうけど、今は我慢しろ」

サリクが背中を向けてやると、子供はおずおずと身をかぶせてきた。なりは大きめだが意外と軽い子供だ。母親が寄って来て、子供をなでながら「頼むよ」とサリクに声をかけた。サリクは笑って答えた。

「こんなこと、なんでもないさ」

それはアシメックの真似だった。アシメックは人に御礼のようなことを言われると、いつもこういうのだ。

サリクは子供を背負って、山を下りて行った。軽い子供だが、やはりずっと負っているのは疲れる。だがサリクの胸は明るかった。ずいぶんと自分がいい奴のような気がしていたからだ。子供を背負ってやるなんて、なんておれはいいことをしているんだろう。

ふとサリクは、傍らの木の根元に、紫色のキノコが生えているのに気付き、「お」と言った。




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山へ⑤

2017-11-11 04:12:53 | 風紋


アシメックは林檎を摘みながら、ふとオラブのことを思い、少し気持ちが暗くなった。この山のどこかに住んでいるというが、何を食っているのか。秋には実りがあるからいいが。

いつまでも放っておくわけにはいかない。なんとかしてやらねばなるまい。

アシメックがそう思った時だった。少し離れたところから、子供の泣き声が聞こえた。アシメックははっとして、林檎を摘むのをやめ、振り向いた。

「どうした!?」

すると、女がひとり、アシメックに近づいてきて、言った。

「榾のとがったのを踏んで、子供が足を怪我したの。足袋を脱いで裸足で歩いていたらしいわ。泣いてる。どうしたらいいかしら」
「手当はしたのか」
「一応なめてあげたけど」

アシメックは女に導かれて、怪我をした子供のところに行った。こういうトラブルはいつものことだ。子供はいつでも予想外のことを引き起こす。

怪我をしたのは男の子だった。栗の木の根元に座り、右足を伸ばして、大声で泣いている。アシメックは近づきながらなだめるように言った。

「どら、見せてみろ」




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