えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・寄席に行った話

2014年06月14日 | コラム
 くさくさした雨だった。待ち合わせまで余った時間を潰そうとアメ横のタイトーゲームセンターへ入ったはいいものの、クレーンゲームの部屋に置いてもどうしようもないような景品へ妙な熱を上げて結局は諦め、腹立ち紛れと続けざまに入ったアドアーズのゲームセンターでこれも既に手に入れた景品が簡単に取れそうに見えたので金を入れたらあっさりと手に入り、これから鈴森演芸場へ行って落語を聞くというよりは上野で遊び終えて家に帰るような大袋を抱えた姿で傘をさした。

 六時直前にチケット売り場で友人と合流し、エスカレータで三階まで上った。浅黄の半纏の女性が入口を開けてくれる。丁度前座の落語が佳境に入ったところで、友人とひそやかに後ろの空いていた席へ座った。落ちらしき言葉と拍手が聞こえ、噺家が舞台から降りた。隣の友人がすっと席を立ち、一番前の席へと向かっていった。荷物を抱えつつ後を追って隣に座る。丁度口座を左から見上げる位置だった。座ってしばらくすると次々に人が現れ、笑顔や渋面を作りながら通り過ぎるように十分の時間を演じて舞台から下がる。一人去るたびに頭を丸めた見習いらしき男が紫の座布団をひっくり返し、表面が平たくなるよう手でさっさと馴らし、演者の名を記した紙を一枚捲って掃ける。客はプログラムと紙に書かれた名を見比べる人、席を立つ人、それぞれに時間を過ごしている。

 最後の演者に近づくにつれて演者の口からは自虐的なことばが増える。「あと少しですから、お席を立たないでください」「もう少しですから、少々おつきあいください」それほどの人が後ろに控えているらしい。手品が終わり、最後の一枚が慎重に捲られた。友人が腕時計とプログラムの時間を見比べている。壇上に目をやると、黒い羽織に黒い着物の、どことなく飄然とした細身の男が若干身をかがめながら右手から現れ、座布団に座り手をついて一礼した。両手を床について頭を伏せる佇まいに空気が引き締められる。思わず姿勢を改めてしまった。そんな初見の客の緊張をすかすように自然と前振りが始まった。丁度上映中の映画を端的にまとめて笑いを取りながら、噺はまだ長屋というものが身近なものであった時代へ自然と手繰り寄せられた。

 慣れた手つきで釘を打つ音のように会話の語尾がぴしりぴしりと決まる。江戸弁の差が分かるほど明瞭な早口をことばに、抜け作の大工と女房、巻き込まれる隣人たちを上半身全て使って演じる。渋面、笑顔、合点のいった瞬間と、対座する人同士の人となりを自然に見せながら、つぼは逃さずに間を使い、笑いを生む。何本も演目を観た後なのに、まだこれだけ笑える力が残っているのか不思議なほど体から引き出されるように笑っていた。

 気付くと噺は昔本で読んだままの落ちを的確なシュートのように決めて終わり、噺家は最後の一礼をして舞台から去った。客も入り口から聞こえる太鼓の音へ合わせるように外へ出てゆく。淡々と荷ごしらえをして席を立つ友人をまた追いかけて、私も外に出た。雨は霧雨に変わり、穏やかに上野の街を静かに濡らしていた。
コメント
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