その日の六本木は風が吹き荒れていた。
風が絡み付くような円柱の建物を過ぎて、アシダカグモのような鉄筋のモニュメントの下にたどり着いた。やっと待ち合わせの場所である。だが風は足元をすくう勢いで吹き抜けてゆく。クモの姿が見えるビルの陰に行き、壁で風を防ぎながらじっと友人を待った。
メールが届く。
「風が強くて寒いので展望台前のエレベータ前に行きませんか」
了解と返信して、私はダウンジャケットの暖かいポケットに両手を突っ込んで
また歩き出した。
六本木ヒルズ52F、森美術館を併設した展望台には既にそれなりの人が床や柱のあちこちにたむろし、コピー紙へ目を集中させていた。
SCARAP企画の「楊貴妃の涙を探せ!~摩天楼探偵シリーズ1~」は直接参加型の推理ゲームである。企画者から与えられた情報を整理して問題を解き、犯人と盗まれた宝石を取り戻すのが今回のミッションだ。
ゲームの目的は謎を解くことであり、制限時間は閉館する23時までと長い。
ただその後に別の予定を控えていた私には途中でゲームオーバーの可能性が控えていた。
友人たちと同行しているため、「誰かが降りると全員ゲームオーバー」なのか分からないとえらい迷惑をかける。一人でもゲームを降りることが可能か森ビルに電話して問い合わせた。WEBサイトにそんなルールは書いていなかったからだ。
ともあれチケットを渡して冊子を受けとり、両面刷りのコピー用紙20枚に目を通す。ゲームとしての推理の条件は明示されており、提示された資料以上の内容は推理として認められない。情報は問題を解いてゆく毎に新しい情報が追加され、問題が解けなければ先へ進めない仕組みである。
また、「Keep out」の黄色いテープで封鎖された現場には一定数の問題を解かなければ入ることは出来ない。入るだけなら入り口をチェックするスタッフがいないので入ることは出来るものの、そこにあるものが何に必要かはある程度の情報が無ければ役に立たないよう仕組まれているので、素直に問題を解いてから行くことが無難だろう。
東京タワーを見下ろしながら途中までは順調に謎を解いたものの、ある謎が5人を躓かせた。頭を寄せ合い考える。気づくと遠くの富士が赤く染まっていた。時間がない。空腹や疲労や尿意やらが私を焦らせる。
スタッフが「何故この答えなのですか」と急にハードルを上げる。
「説明が間違っているから」という理由で回答を弾かれ「よく見てください!」とアドバイスを受けること3回、たぶんもう限界が顔に出ていたのだと思う。
ロングコートに中折れ帽の男性スタッフが訊いた。
「どうしてそう考えたのですか?」
私は彼の目を全力で見つめながらやけくそ気味に答えを言った。
もう勘弁してください、私をおとなしく帰らせてください。
彼はうーんとうなった後、
「・・・わかりました、あなたの答えとは少し違うかもしれませんが、正解にしましょう」
脇のプラスチックの書類入れから最後の解答を抜き出し、私に手渡した。
疲労と脱力の紙束がずしりと手に重かった。
周りには暗くなり始めた床に座りこむ人が大勢、今まで私たちが解いてきた解答用紙に
向かっていた。彼らがその後謎を解くことを祈りつつ、摩天楼を降りて私たちは風の強まる夜の街へと戻って行った。
風が絡み付くような円柱の建物を過ぎて、アシダカグモのような鉄筋のモニュメントの下にたどり着いた。やっと待ち合わせの場所である。だが風は足元をすくう勢いで吹き抜けてゆく。クモの姿が見えるビルの陰に行き、壁で風を防ぎながらじっと友人を待った。
メールが届く。
「風が強くて寒いので展望台前のエレベータ前に行きませんか」
了解と返信して、私はダウンジャケットの暖かいポケットに両手を突っ込んで
また歩き出した。
六本木ヒルズ52F、森美術館を併設した展望台には既にそれなりの人が床や柱のあちこちにたむろし、コピー紙へ目を集中させていた。
SCARAP企画の「楊貴妃の涙を探せ!~摩天楼探偵シリーズ1~」は直接参加型の推理ゲームである。企画者から与えられた情報を整理して問題を解き、犯人と盗まれた宝石を取り戻すのが今回のミッションだ。
ゲームの目的は謎を解くことであり、制限時間は閉館する23時までと長い。
ただその後に別の予定を控えていた私には途中でゲームオーバーの可能性が控えていた。
友人たちと同行しているため、「誰かが降りると全員ゲームオーバー」なのか分からないとえらい迷惑をかける。一人でもゲームを降りることが可能か森ビルに電話して問い合わせた。WEBサイトにそんなルールは書いていなかったからだ。
ともあれチケットを渡して冊子を受けとり、両面刷りのコピー用紙20枚に目を通す。ゲームとしての推理の条件は明示されており、提示された資料以上の内容は推理として認められない。情報は問題を解いてゆく毎に新しい情報が追加され、問題が解けなければ先へ進めない仕組みである。
また、「Keep out」の黄色いテープで封鎖された現場には一定数の問題を解かなければ入ることは出来ない。入るだけなら入り口をチェックするスタッフがいないので入ることは出来るものの、そこにあるものが何に必要かはある程度の情報が無ければ役に立たないよう仕組まれているので、素直に問題を解いてから行くことが無難だろう。
東京タワーを見下ろしながら途中までは順調に謎を解いたものの、ある謎が5人を躓かせた。頭を寄せ合い考える。気づくと遠くの富士が赤く染まっていた。時間がない。空腹や疲労や尿意やらが私を焦らせる。
スタッフが「何故この答えなのですか」と急にハードルを上げる。
「説明が間違っているから」という理由で回答を弾かれ「よく見てください!」とアドバイスを受けること3回、たぶんもう限界が顔に出ていたのだと思う。
ロングコートに中折れ帽の男性スタッフが訊いた。
「どうしてそう考えたのですか?」
私は彼の目を全力で見つめながらやけくそ気味に答えを言った。
もう勘弁してください、私をおとなしく帰らせてください。
彼はうーんとうなった後、
「・・・わかりました、あなたの答えとは少し違うかもしれませんが、正解にしましょう」
脇のプラスチックの書類入れから最後の解答を抜き出し、私に手渡した。
疲労と脱力の紙束がずしりと手に重かった。
周りには暗くなり始めた床に座りこむ人が大勢、今まで私たちが解いてきた解答用紙に
向かっていた。彼らがその後謎を解くことを祈りつつ、摩天楼を降りて私たちは風の強まる夜の街へと戻って行った。