『「AV女優」の社会学』の増補版が出たことは知らなかった。おそらく昨今のAV業界に関する法改正によって変化せざるを得なかった情勢が追補されているのだと思われる。鈴木涼美の著作は彼女もかつてそこに属していた風俗の世界を追い続けており、『ギフテッド』『グレイスレス』『トラディション』の小説三作も例外ではない。けれどもその世界は一般多数の人生が送っている会社員の生活と同じように、日常働く場としての業界であり、どこの業界でも同じように存在する特色がただ物珍しく見えるだけで、小説の登場人物の生活のリズムは一定を刻んでいる。
小説の語り部は皆風俗業界の裏方を担う女たちで、『トラディション』の語り部はホストクラブの経理の担当者だ。作品にはホストクラブという単語は一言も出てこない。冒頭の「湿気を含んだ「姫」の」(括弧は筆者)という文に含まれる「姫」という単語と、「姫」が主人公にとって客であり、「姫」を持てなすのは男たちであるという状況から舞台がホストクラブであることを暗に匂わせる。敢えて直接的な名詞を出さないのは名詞から連想される印象で作品が上書きされないためかもしれず、「姫」と主人公の属する裏方の間に存在する溝を意識させるためかもしれない。
「いずれにせよどの名前も、ぎざぎざとした人生を背負う物では無く、つるんとした作り物の響きしか持たないのだから、私は平気でそれらの文字に線を引いたりバツ印をつけたりする。」
主人公の間接的な客の女たちを指す「姫」という言葉には二重性がある。その意味を知らずとも読み進めるうちに二つの顔を持つ姫たちは観察するように眺める主人公によって語られていく。主人公の幼なじみである「祥子姫」もまた、生まれ育ちの良い環境からホストクラブの沼に陥って大企業の会社員を辞め、客から渡された金を贔屓のホストへ右から左に渡して一夜を過ごしていく。「汗と涙を流して」「後ろめたさを常備して」彼女たちは主人公が雇われている店に来る。猫姫、苺姫、痩せ姫、モデル姫と彼女たちが何をしていようが店に来れば金が続く限り一律に姫と扱われる。主人公は彼女たちから得た金で自分が暮らしていることを理解はしているが同情や軽蔑といった感情はない。淡々と彼女たちの置かれた立場を観察し、批評も肯定もすることなくありのままを観ている。
これまでの小説同様に夜の町から抜けた時間を主人公は施設に入所した祖母への面会に使っていく。そこは唯一主人公の感情がほどけて祖母の手を握り足をさすりながら重いが込み上げるままに過ごしていられる場所だ。それも街角で客を待つ姫たちの稼ぎに支えられており、同時に幼なじみの祥子姫を彼女の母から止めることを頼まれながら止めきれなかった罪の意識が読者へ露わになる。昼間の女と夜の女を行き来しながら、主人公の語りの静けさがホストクラブという単語には背負いきれなかったのかもしれない。
小説の語り部は皆風俗業界の裏方を担う女たちで、『トラディション』の語り部はホストクラブの経理の担当者だ。作品にはホストクラブという単語は一言も出てこない。冒頭の「湿気を含んだ「姫」の」(括弧は筆者)という文に含まれる「姫」という単語と、「姫」が主人公にとって客であり、「姫」を持てなすのは男たちであるという状況から舞台がホストクラブであることを暗に匂わせる。敢えて直接的な名詞を出さないのは名詞から連想される印象で作品が上書きされないためかもしれず、「姫」と主人公の属する裏方の間に存在する溝を意識させるためかもしれない。
「いずれにせよどの名前も、ぎざぎざとした人生を背負う物では無く、つるんとした作り物の響きしか持たないのだから、私は平気でそれらの文字に線を引いたりバツ印をつけたりする。」
主人公の間接的な客の女たちを指す「姫」という言葉には二重性がある。その意味を知らずとも読み進めるうちに二つの顔を持つ姫たちは観察するように眺める主人公によって語られていく。主人公の幼なじみである「祥子姫」もまた、生まれ育ちの良い環境からホストクラブの沼に陥って大企業の会社員を辞め、客から渡された金を贔屓のホストへ右から左に渡して一夜を過ごしていく。「汗と涙を流して」「後ろめたさを常備して」彼女たちは主人公が雇われている店に来る。猫姫、苺姫、痩せ姫、モデル姫と彼女たちが何をしていようが店に来れば金が続く限り一律に姫と扱われる。主人公は彼女たちから得た金で自分が暮らしていることを理解はしているが同情や軽蔑といった感情はない。淡々と彼女たちの置かれた立場を観察し、批評も肯定もすることなくありのままを観ている。
これまでの小説同様に夜の町から抜けた時間を主人公は施設に入所した祖母への面会に使っていく。そこは唯一主人公の感情がほどけて祖母の手を握り足をさすりながら重いが込み上げるままに過ごしていられる場所だ。それも街角で客を待つ姫たちの稼ぎに支えられており、同時に幼なじみの祥子姫を彼女の母から止めることを頼まれながら止めきれなかった罪の意識が読者へ露わになる。昼間の女と夜の女を行き来しながら、主人公の語りの静けさがホストクラブという単語には背負いきれなかったのかもしれない。