予約の取りづらくなったかかりつけの医者に予約を入れて携帯電話を閉じた。時間まではあと一時間半ほどある。とはいえ午前中の予約を取るには朝六時直前に起きてリダイヤルボタンを十分ほど連打し、辺りに気を払いながら音声ガイドの指示に集中しなければならないので昼間の予約はまだ気が楽だった。朝から文字にしづらい下世話な状態に見舞われてそれでも勤め人のあさましさ、仕事に出たはよいものの空っぽの胃では頭もろくに働かず、悪くなる一方の体調を抱えて帰路に着いた道中である。立ち寄った喫茶店で店主に断りを入れてから電話をかけて予約を入れた。機械的な女の声に従って診察券に書かれた番号を二つ折り携帯電話のボタンで入力しながら、スマートフォンでは操作がやりづらそうだと余計な事を思った。
「今日はどうしましたか」前髪を切りそろえた受付嬢に症状を伝えると、普段渡される体温計の代わりにマスクを渡された。体温はどうでもいいらしい。たどたどしく症状を喋ろうとする患者へ「詳しいことは先生に伝えてくださいねー」と事務的なやさしい声で伝え、彼女は予約が取れていないと繰り返す初老の男をなだめる仕事に戻った。私の名前が呼ばれたのはその直後で、少し髪に白いものが混じった医者へ久々にお目通りした。質問に押されるかたちで症状をとつとつと伝えると、医者は丸顔をしかめながら「つらかったでしょうね」と言って点滴を受けるよう看護師に指示をした。
注射も点滴も腕に針を刺す過程は同じなのだが点滴のほうが気楽なのは寝そべったまま受けられるからという一点からだろうか。上を眺めて液体が管をつたって少しずつ腕に落ちてくる様子を見ているうちに気づくと眠ってしまう時間の進め方と、液体が身体に直接行きわたる過程が感じられるのが面白いのかもしれない。眼鏡の看護師がアルコールで湿った脱脂綿を腕に塗り針を刺した。それから針に管を繋ぐ。私は液体の入ったパックを見上げて微動だにせず待っている。雫が一滴一滴圧力と重力で落ちて管を流れ出した。「あっ」と小さく看護師が声を上げる。「ごめんなさいねえ」と脱脂綿で拭き取った先には、五百円玉ほどの血だまりが出来ていた。
「今日はどうしましたか」前髪を切りそろえた受付嬢に症状を伝えると、普段渡される体温計の代わりにマスクを渡された。体温はどうでもいいらしい。たどたどしく症状を喋ろうとする患者へ「詳しいことは先生に伝えてくださいねー」と事務的なやさしい声で伝え、彼女は予約が取れていないと繰り返す初老の男をなだめる仕事に戻った。私の名前が呼ばれたのはその直後で、少し髪に白いものが混じった医者へ久々にお目通りした。質問に押されるかたちで症状をとつとつと伝えると、医者は丸顔をしかめながら「つらかったでしょうね」と言って点滴を受けるよう看護師に指示をした。
注射も点滴も腕に針を刺す過程は同じなのだが点滴のほうが気楽なのは寝そべったまま受けられるからという一点からだろうか。上を眺めて液体が管をつたって少しずつ腕に落ちてくる様子を見ているうちに気づくと眠ってしまう時間の進め方と、液体が身体に直接行きわたる過程が感じられるのが面白いのかもしれない。眼鏡の看護師がアルコールで湿った脱脂綿を腕に塗り針を刺した。それから針に管を繋ぐ。私は液体の入ったパックを見上げて微動だにせず待っている。雫が一滴一滴圧力と重力で落ちて管を流れ出した。「あっ」と小さく看護師が声を上げる。「ごめんなさいねえ」と脱脂綿で拭き取った先には、五百円玉ほどの血だまりが出来ていた。