胎児のような機械が廃材と鉄屑と廃水の組み合わさった世界を動き回っているスクリーンショットを見て、何も知らずに面白そうだとAndroid版を買ったゲームが『Garage』だった。昔ながらの探索型アドベンチャーで、プレイヤーは閉じられた箱庭を探索することで少しずつ開拓し、同じ場所へ何度も通ったり住民たちと会話を重ねたりすることでその世界への理解を深めていくという懐かしい形式のゲームだ。初出は1999年のためよりそう見えるかもしれない。発売会社の事情によりわずか3千本しか出荷されなかったり、当時のデータが欠損していたため描き下ろしたり、センシティブな基準に引っかかって一部画像が差し替えられたりと盤外の話題も多いがまずはタイトル画面に浮かび上がる整頓された廃墟のような俯瞰の眺めに惹かれた。
心を病んだ「ヤン」という男が「ガラージュ」という機械に身を委ねるところから物語は始まる。医師らしい人間の言葉に促されるまま歯医者の椅子に機械を取り付けたかのような椅子に腰掛けると、視界は暗転して気がつくと鏡の前にプレイヤーは正面から見た蛸のような奇妙な姿で鏡に映る自分を発見する。正面こそ蛸のようだが外に出て移動した横の姿は運搬台に乗せられた胎児のような頭でっかちの歪つな機械になっていた。兎にも角にもこの世界から脱出しないことには始まらない、と彼を操作して物語を進めていく。生きている人間らしいものはいるにはいるが、世界の住民は自分よりも整った形の機械達ばかりだ。
ある一定の行動を取ると章が進むため時限式のイベントに警戒をしながら進めていたものの、集中力が切れて案の定取りこぼしが多かったのはご愛嬌だ。これもまた懐かしいしくみだが、やり直す度胸はなかなか出ない。そんなことも楽しいと思えるほど没頭していた。マルチエンディングなので周回プレイが推奨されるが、他人のパートナーを横取りしようと悪巧みをした結果一番重要なストーリー分岐にいきなり入ってしまったため、他のルートでシナリオ補完をしようかどうかはまだ迷っている。集中して遊ばなければいけないゲームだが、同時に今プレイしている自分の指が溶け込んでしまうような不思議な寛ぎを覚えた。一方でゲームとして能力の上昇やアイテムの収集、ストーリーの進捗などを早回しで遊んでしまったため、二周目を遊ぶならばもう少し落ち着いて世界を歩こうと思っている。
静かなゲームでほっとする。常に不安を煽るような演出こそあるものの、ゲーム自体は素直な探索アドベンチャーなので、あれもこれもと新しいゲームへ久しぶりに触れた勢いであちこち探っている間にすぐ慣れてしまう。昭和の見世物小屋のような根明の陰惨だ。なぜ望んで入ったはずの世界から必死で脱出しようとするのか、なぜ主人公は「ヤン」ではないのか、「自分とはなにか」という問い掛けを繰り返しながら精神の深みへ手を入れて探ろうとする物語は同時代の『シリアルエクスペリメンツレイン』や『パーフェクトブルー』の不気味さも連想させられるが、新たに追加された本作の終わりはそう暗くはない。
「ガラージュ」と「ヤン」により作られた精神世界から、主人公は主人公として脱出できる。ただしもとの「ヤン」として脱出できたかは定かではない。その辺りの読み解きはゲームをひっそりプレイしてひそやかに自分の体の中で思考すれば良い。この精神世界はあまり気持ちの良いものではないが、居心地の悪いものではない。
心を病んだ「ヤン」という男が「ガラージュ」という機械に身を委ねるところから物語は始まる。医師らしい人間の言葉に促されるまま歯医者の椅子に機械を取り付けたかのような椅子に腰掛けると、視界は暗転して気がつくと鏡の前にプレイヤーは正面から見た蛸のような奇妙な姿で鏡に映る自分を発見する。正面こそ蛸のようだが外に出て移動した横の姿は運搬台に乗せられた胎児のような頭でっかちの歪つな機械になっていた。兎にも角にもこの世界から脱出しないことには始まらない、と彼を操作して物語を進めていく。生きている人間らしいものはいるにはいるが、世界の住民は自分よりも整った形の機械達ばかりだ。
ある一定の行動を取ると章が進むため時限式のイベントに警戒をしながら進めていたものの、集中力が切れて案の定取りこぼしが多かったのはご愛嬌だ。これもまた懐かしいしくみだが、やり直す度胸はなかなか出ない。そんなことも楽しいと思えるほど没頭していた。マルチエンディングなので周回プレイが推奨されるが、他人のパートナーを横取りしようと悪巧みをした結果一番重要なストーリー分岐にいきなり入ってしまったため、他のルートでシナリオ補完をしようかどうかはまだ迷っている。集中して遊ばなければいけないゲームだが、同時に今プレイしている自分の指が溶け込んでしまうような不思議な寛ぎを覚えた。一方でゲームとして能力の上昇やアイテムの収集、ストーリーの進捗などを早回しで遊んでしまったため、二周目を遊ぶならばもう少し落ち着いて世界を歩こうと思っている。
静かなゲームでほっとする。常に不安を煽るような演出こそあるものの、ゲーム自体は素直な探索アドベンチャーなので、あれもこれもと新しいゲームへ久しぶりに触れた勢いであちこち探っている間にすぐ慣れてしまう。昭和の見世物小屋のような根明の陰惨だ。なぜ望んで入ったはずの世界から必死で脱出しようとするのか、なぜ主人公は「ヤン」ではないのか、「自分とはなにか」という問い掛けを繰り返しながら精神の深みへ手を入れて探ろうとする物語は同時代の『シリアルエクスペリメンツレイン』や『パーフェクトブルー』の不気味さも連想させられるが、新たに追加された本作の終わりはそう暗くはない。
「ガラージュ」と「ヤン」により作られた精神世界から、主人公は主人公として脱出できる。ただしもとの「ヤン」として脱出できたかは定かではない。その辺りの読み解きはゲームをひっそりプレイしてひそやかに自分の体の中で思考すれば良い。この精神世界はあまり気持ちの良いものではないが、居心地の悪いものではない。