勤め出して服に困った時のこと。知人はイタリア製のスーツを売る店に私を案内した。
行き届いた仕立ての洋服は、たしかにそれをまとう女性店員の動きを美しくみせていた。
してみると
『バーバリーの高級パンツスーツは「丸井国分寺店で買った吊るしの安物です」』
という『大胆な嘘』の通じる宝生麗子の職場は、他人の姿にかまっていられないほど忙しいのかもしれない。
東京は国立署に勤務する刑事の麗子が活躍する、東川篤哉の「謎解きはディナーのあとで」は、
平成23年度の本屋大賞に選ばれた短編集だ。
話の多くは、麗子が刑事として働く昼間を謎の提示に、帰宅して贅沢な生活を楽しむ夜を
謎の解決へ充てる二部構成で仕上がっている。
騒がしい人々から解放され、ひとり優雅に過ごす中で事件の断片が麗子の頭で結びつくかと思いきや、
事件の端々から明確な推理を導き出すのは、執事の影山なのである。
彼の率直な物言いから謎解きは始まるのだ。
『「失礼ながらお嬢様――この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」
―中略―
「クビよ、クビ!絶対クビ!クビクビッ、クビクビクビッ、ビクビクビクビクッ」
「まあまあ、そう興奮なさらないでくださいませ、お嬢様」
「これが興奮せずにいられるかっつーの!」』
不透明な蛍光色のように派手で濃厚な記号で形作られた登場人物たちの言葉は、
幼児のおもちゃのようにめまぐるしい。
何よりお言葉を荒げる「お嬢様」麗子の根っこが、令嬢という立場をネオンのようなまばゆさに留めている。
上司を内心バカにし同い年の知人の結婚を妬み、男だらけの職場で孤軍奮闘、帰ってこぼすは仕事の愚痴。
ちょっと辺りを見ればそう難なく目にする姿だ。
現代のお転婆姫と冷静で恰好よく見える侍従の掛け合いが少女漫画風のか細い姿で脳裏に浮かび、
読者の口元がにやりと吊り上れば、書き手のあからさまな狙いは成功だろう。
令嬢である麗子の「らしからぬ」ふるまいをこそ、人は笑いたいのだから。