中村吉右衛門演じる平知盛を観る。一幕席四階。昔階段のあった入り口はエレベータになっていた。もしかしたら左手に階段へ続くドアが見えたかもしれない。早めについたのでエレベータは空いていた。新しい歌舞伎座はなにかと便利に整っていながら、かつて見た雰囲気だけはそのままのような気がした。
「義経千本桜」の二番目「渡海屋・大物浦」は、壇ノ浦で死んだはずの平知盛、安徳天皇が実は生きており、船宿を営みながら義経一行を討とうと待ち構える物語だ。前半、船宿の親方を装う知盛から後半、義経に奇襲をかけながらも敗れる知盛を中村吉右衛門が演じる。
袂を振る、懐手をして傘をさす、煙管をふかす、船宿の親方でありながら悠然と構える一挙一動は、写真で見た背広姿のにこやかな老人とは全く違う壮年の男だった。旗本でありながら浪人に変装する長谷川平蔵を思わせる。下手で掛け合いを始める二人の男を扉一枚はさんだ舞台中央で、中村吉右衛門は一人胡坐をかいて煙草を吹かす。騒ぎのあいだにも吉右衛門には別の静けさがある。かれの沈黙が美しい。
そして船宿に匿っていた義経一行と入れ替わりに、船宿の親父は次の間へ引っ込む。彼らが北条の追手をかいくぐり、船宿を出ると次の間が開く。そこには白い鎧に烏帽子、立を履いて白木の薙刀を携える武将が座っていた。
後半、安徳天皇に仕える女達の所作とことばで、知盛の再度の敗戦を知る。知盛は負けた。負けた知盛が、最後のあがきと兵を蹴散らしながら舞台へおどりあがった。乱れた髪、血にまみれた白い薙刀に鎧、手。つくばう床にまで赤い跡がつくほど激しく血に汚れた知盛は義経を呼ばわうと、安徳天皇とお付の局を率いて義経が現れる。敗軍の将同士が戦い終えて睨み合う。勝負は、舞台の外でつけられているのだ。
薙刀を支えに立ちあがるも膝が崩れ、膝に手を当て、力を込めてもう片足を上げようにも崩れ落ちる。反対の足でもう一度試みるも、崩れ落ちる。弁慶が手向けにと首にかけた数珠を、文字通り引きちぎり、投げ捨てた。義経は微動だにせず、その光景を黙って見ている。
敵の眼前で力およばず、はいつくばる知盛は声をあげた。すすり泣くような唸り声から、歯ぎしりのような嗚咽、行き所のなくなる感情の終わりの、喉をしゃくりあげながら小刻みに笑う。丸めた身体はほとんど動かない。頭もほとんど動かない。震えすら見えない(四階席の限界かもしれないが)。
さざなみのように文字通りの悲憤慷慨が声に合わせて会場へ広がってゆく。
瀕死の知盛に、十月のはじめに病を患った吉右衛門はいない。壮士のあがきは死に瀕してもなお力強い。余力があっても苦しみすぎてもならないぎりぎりの死に際に、ほんのわずか残された力が芯となり、声が胸に直接刺さるように体がふるえた。
二階で謡が顔を真っ赤にして知盛の心情に応える。知盛は碇の艫綱に向かって、薙刀を支えに一歩一歩登る。一足一足、重い。登りきったその先で太い綱を腰に巻き付けると、傷ついた熊のように肩で碇を持ち上げ、海へ投げ捨てた。大きな諦めと共に綱へ引きずられて知盛は背中から海に沈む。義経は泰然と見届けた後、振り返らずに花道から舞台を去った。
「義経千本桜」では源義経が主人公を張る番はない。かれはたくさんの人の死を見届け、あるいはかれの裏でかれに関わる人を死なせながら落ちのびてゆく。追われる身であるからこそ、かつて自らが破った敗軍の将、知盛の死は義経にとっても悲壮なものでなくてはならない。吉右衛門の残した死の余韻を確かに義経は受け、見送る代わりに背を向ける。喉もとまで見事な演技を詰め込まれた観客は、ただ黙って拍手を送ることしかできずに呆然と座っていた。
「義経千本桜」の二番目「渡海屋・大物浦」は、壇ノ浦で死んだはずの平知盛、安徳天皇が実は生きており、船宿を営みながら義経一行を討とうと待ち構える物語だ。前半、船宿の親方を装う知盛から後半、義経に奇襲をかけながらも敗れる知盛を中村吉右衛門が演じる。
袂を振る、懐手をして傘をさす、煙管をふかす、船宿の親方でありながら悠然と構える一挙一動は、写真で見た背広姿のにこやかな老人とは全く違う壮年の男だった。旗本でありながら浪人に変装する長谷川平蔵を思わせる。下手で掛け合いを始める二人の男を扉一枚はさんだ舞台中央で、中村吉右衛門は一人胡坐をかいて煙草を吹かす。騒ぎのあいだにも吉右衛門には別の静けさがある。かれの沈黙が美しい。
そして船宿に匿っていた義経一行と入れ替わりに、船宿の親父は次の間へ引っ込む。彼らが北条の追手をかいくぐり、船宿を出ると次の間が開く。そこには白い鎧に烏帽子、立を履いて白木の薙刀を携える武将が座っていた。
後半、安徳天皇に仕える女達の所作とことばで、知盛の再度の敗戦を知る。知盛は負けた。負けた知盛が、最後のあがきと兵を蹴散らしながら舞台へおどりあがった。乱れた髪、血にまみれた白い薙刀に鎧、手。つくばう床にまで赤い跡がつくほど激しく血に汚れた知盛は義経を呼ばわうと、安徳天皇とお付の局を率いて義経が現れる。敗軍の将同士が戦い終えて睨み合う。勝負は、舞台の外でつけられているのだ。
薙刀を支えに立ちあがるも膝が崩れ、膝に手を当て、力を込めてもう片足を上げようにも崩れ落ちる。反対の足でもう一度試みるも、崩れ落ちる。弁慶が手向けにと首にかけた数珠を、文字通り引きちぎり、投げ捨てた。義経は微動だにせず、その光景を黙って見ている。
敵の眼前で力およばず、はいつくばる知盛は声をあげた。すすり泣くような唸り声から、歯ぎしりのような嗚咽、行き所のなくなる感情の終わりの、喉をしゃくりあげながら小刻みに笑う。丸めた身体はほとんど動かない。頭もほとんど動かない。震えすら見えない(四階席の限界かもしれないが)。
さざなみのように文字通りの悲憤慷慨が声に合わせて会場へ広がってゆく。
瀕死の知盛に、十月のはじめに病を患った吉右衛門はいない。壮士のあがきは死に瀕してもなお力強い。余力があっても苦しみすぎてもならないぎりぎりの死に際に、ほんのわずか残された力が芯となり、声が胸に直接刺さるように体がふるえた。
二階で謡が顔を真っ赤にして知盛の心情に応える。知盛は碇の艫綱に向かって、薙刀を支えに一歩一歩登る。一足一足、重い。登りきったその先で太い綱を腰に巻き付けると、傷ついた熊のように肩で碇を持ち上げ、海へ投げ捨てた。大きな諦めと共に綱へ引きずられて知盛は背中から海に沈む。義経は泰然と見届けた後、振り返らずに花道から舞台を去った。
「義経千本桜」では源義経が主人公を張る番はない。かれはたくさんの人の死を見届け、あるいはかれの裏でかれに関わる人を死なせながら落ちのびてゆく。追われる身であるからこそ、かつて自らが破った敗軍の将、知盛の死は義経にとっても悲壮なものでなくてはならない。吉右衛門の残した死の余韻を確かに義経は受け、見送る代わりに背を向ける。喉もとまで見事な演技を詰め込まれた観客は、ただ黙って拍手を送ることしかできずに呆然と座っていた。