えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

:射貫かれる太陽のもとへ『九日~Nine Sols~』

2024年07月27日 | コラム
*作品のネタバレが記載されています。未プレイの方はご注意ください。

『九日~Nine Sols~』をひと月かけて真エンディングまでクリアしたと書くとこのゲームの難易度が相当のものに見えてくるかもしれないが、それは単に私が毎日ゲームする時間が無いだけでゆっくりと進めたためである。ゲームの作りはアクションゲーム初心者でも順応できるよう丁寧に作られている。赤燭遊戯のヒット作であり処女作『返校』は2Dホラーアドベンチャーであり、複雑な操作を組み込まない代わりに演出や物語を徹底するという作りであるため、継続したファンにアクションゲームの経験が少ないことを考慮して『九日~Nine Sols~』には気配りが行き届いている。

たとえば複雑な操作がどうしても必要となる戦闘では、大半の状況で敵とは一対一で戦うことができる。ラスボスを含めた全ての敵には攻撃の前の予備行動が(時間はどんなに短くとも)存在するため、予備行動を見て次に自分が取るべき行動を選択することが出来る。もちろんゲームが進むにつれて敵の行動と行動の間隔は短くなり、素早い判断と操作が求められるが、どんな敵でも行動パターンが定められているのでゲームの肝である「弾き」を決めやすい。「弾き」とは敵の攻撃に遭わせてタイミング良く防御ボタンを押すことで、ダメージを受けずに防御することが出来る操作だ。この操作を軸にして主人公羿を動かしていくことが本作の基本的な操作である。ボスなど行動パターンが複雑だったり素早い敵は何度も死亡しながら覚えることになるものの。

他にも地味にありがたい点が全てのマップの全ての部屋に後から戻れることだ。もちろん一回で探索を完了してしまうに越したことはないが、集団の敵を対処しきれずあきらめた場所や、クリアを重視して先に進んでしまった場合でも、再度探索することができる。ありがちな「一度しか行けない場所のわかりづらい場所にアイテムを隠す」といったことはなく、一度しか行けない場所には一切アイテムが無いという徹底ぶりだ。一度行ったチェックポイントへ自由に移動できるツールも中盤で手に入り、なおかつこれを手に入れるタイミングでほとんどの技能が揃うので、これを手に入れてから探索し直してもよいし、限られたスキルで進めるだけ挑戦しても良い。探索すると手に入る宝を持ち帰ろうとした道中で予想だにしない強敵に出くわしてパアになるのはご愛敬だ。それも探索の楽しみである、というには少々辛いかもしれないが。

話が面白い。元ネタを崩さない神話の使い方が嬉しい。たとえば農園エリアを管轄する勾芒(こうぼう)というキャラクターの名前の元ネタが春の女神であったり、毒を渡すことで体力の最大値を上げてくれる神農は神話でも薬効や食用を見分けるために毒のある植物を食べている。あとから調べても面白く、元々知っていればにやりとさせられる。そして主人公の羿は太陽を射貫くのだ。
彼が太陽を射貫くのを見るためにはそこそこ複雑な条件を満たす必要があるが、探索を徹底して一見おまけのような要素も攻略していくタイプのプレイヤーならばあっさりと辿り着き、そしてやたら強いラスボスが中々クリアせずに悶絶するだろう。とはいえこれまでの敵と同様に行動パターンへ慣れてしまえば十分突破はできるので、焦らず気長に攻略すれば応えてくれるというゲームである。
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:赤色燈の映すもの『九日~Nine Sols~』

2024年07月13日 | コラム
*作品のネタバレが記載されています。未プレイの方はご注意ください。

台湾の赤燭遊戯(Red Candle Games)が2024年5月に発売した2Dアクションゲーム『九日~Nine Sols~』は、アドベンチャーゲームの前作『還願』と前々作『返校』から大きく方針を転換した意欲作だ。近現代社会から架空の宇宙世界へ舞台を移し、これまでの幽霊的な恐怖から一転して人造人間や機械、奇怪な生物が蠢くSFの世界の探索の楽しみが中核となった。中国神話「后羿射日」を元に主人公「羿(げい)」が神話そのままに「太陽」と呼ばれる支配者達を討ち取る冒険は、慣れてしまえば爽快な戦闘と共に楽しみながら徐々に明らかになる謎に胸をときめかせるある意味王道の作りだった。だが物語中盤のボス「蚨蝶(ふちょう)」のステージは別格である。
彼女のステージはこれまでのステージと異なり、精神世界を探索する物語だ。そのためこれまでのステージでは巨大な人工空間という舞台設定上出来なかった演出が許される、私が進んでいる時点では唯一のステージである。ここで二つのホラーゲームの演出が一気に解き放たれていった。

最初にプレイヤーが蚨蝶のもとを訪れると桃源郷のような桃色の雲たなびく温泉の前に半裸の艶めかしい蚨蝶が歌いながら座っている。留まるよう主人公に語りかける蚨蝶を無視して先へ進むと何故か元の場所に戻ってしまい、温泉にも湯治客が増えている。構わず先へ進むとまた元の場所へ戻されるが、道中に散らばるガラスの破片のような欠片に蚨蝶の姿が所々見え隠れする。この記憶を鏡やガラスのような透明な画面に映し出す演出は『返校』にも同じ場面があり、プレイヤーは進むにつれて彼女の記憶を掘り起こしていることが暗に匂わされているのだ。

そして記憶の採掘が深まるにつれて湯治客の表情は固まる。かっと見開かれた瞳は宙を見つめ、温泉を堪能していた口からは誰かを呪う言葉が吐き出されていく。ステージも最初は何もなかった桃色の空間へ、その裏へ隠されたものを剥がすような黒い光が差し込み、暗闇の世界と桃色の世界を行き来する複雑なアクションと共に鋭いトゲや武器を持った敵が現われるようになる。とうとう全ての湯治客が呪いの言葉を吐き出すようになると蚨蝶は正気とも更なる狂気とも感じられる表情でプレイヤーに、自分を痛めつけるよう懇願する。彼女は自分を罰することを望んでいるが、それを果たすために他人の手を必要としているのだった。桃源郷は失われて血の涙を流す湯治客こと、彼女と共に働いていた仲間達の影は彼女を責め立てて止まない。

プレイヤーが蚨蝶を痛めつけることで彼女の精神世界から解放されると、相方のコンピュータから蚨蝶本人は既に死亡しており、その肉体は失われていることが改めて告げられる。何らかの理由で死亡した彼女の死を惜しんだ何者かが、せめて意識だけは保たせるよう脳を巨大な機械に移植したらしい。けれどもプレイヤーが欲しい情報を蚨蝶の精神がアンロックしているため、プレイヤーは彼女の精神を「殺す」為に機械を通じて彼女の精神世界へ再度飛び込むのだ。この時表示される彼女の脳と、それを取り囲むように配置された大量の脳が痛々しい。その痛みを抱いたままプレイヤーはボス「蚨蝶」と戦わなければならない。

背景が素晴らしい。垂直に切れ目の入った彼女の後頭部を包み込むように、実験で死亡した彼女の仲間が指先から吊り下がる巨大な両手が門のように生えている。蝶が飾られた舞台の上に乗るプレイヤーと背中から蝶のような羽を生やした蚨蝶の対決が始まる。最初はこれまでのボスと同じようにボスの基本行動を教えてくれる練習段階だが、それを乗り越えた次の段階では後頭部の切れ目が開き、中から胎動する何かが垣間見えていく。三人に分身した蚨蝶の攻撃をいなすと幕が下り、もう一度開くと彼女の後頭部からは複数の目玉が嵌め込まれたような羽根を持つ巨大な蝶がリボンのように生まれて出てくる。悲鳴のような細い余韻を甘い声が延々と響かせるBGM「Smile at My Cursed Dream」も相まって、自由にステージを飛び回りながら蚨蝶の笑い声は泣いているかのような悲しみを湛えていく。精神世界の自由さを生かして彼女の記憶がプレイヤーに伝える物語は、先の二作の主人公達と同じ「罪悪感」であることがより切ない。

八人のプロジェクトメンバーを失い、さらに大勢の人が犠牲になることを知りながらプロジェクトの欠陥を表向き黙らざるを得なかった蚨蝶の罪悪感は彼女が死亡しても機械により終わらされることなく、数百年の時の中で自分を守るために蚨蝶は狂気へ陥った。誰かにその罪へ対する罰を与えてもらうことを望み続けていた。プレイヤーによって罪を痛みという罰で贖うことの出来た彼女は最後の最後で正気に戻り、穏やかに後を託して去って行く。
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