えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・勝負のゆくえとお題の忖度

2019年07月27日 | コラム
 六月の頭から二か月続いた『マスター・オブ・アームズ』も今週末で放映終了らしい。アックスピストルから始まった数週間は「カトラス付きピストル」を最後に他の番組が放映されるようになる。刃物と銃が融合したきわものに始まりきわものに終わる、企画こそなにかと火と爆発に見舞われるアメリカンな演出に反比例して、番組そのものの魅せ方はつくづく堅実だ。

 通してテレビ番組を見るという経験をこれまでしたことがなかったのが、意図せずに毎週の金曜21時55分を楽しみに過ごすようになったのは、奇妙な心持もする。番組自体は一回簡潔なので、オープニング映像以外に毎週見るメリットといったものは特にないのだが、ある時唐突に番組の審査員を務める武器職人の実演コーナーが入ったり、老境に差し掛かってから大学に行った妻の奨学金を払わなければいけないご老人や、脳卒中で倒れたリハビリに武器を作り始めて明るく作業を進める重たい逸話が遠慮なくぶちこまれたりと、どこか涙ぐましい努力が垣間見える。

 延々と種々雑多な男性がグラインダーとハンマーで戦うのかと思いきや、「ジャンヌ・ダルクの剣」編ではおそらく唯一の女性参加者が登場した。キャリアこそ3年と短いが、こだわりは強く、男社会に太い腕っぷしで飛び込み指の付け根まで入れ墨でキメた彼女のふるうハンマーは美しいひと振りを作り上げていた。個人的には本選の剣よりも、予選の「鎖付きフレイル」で審査員から「野獣のよう」と評された、野球ボールにコンクリート用の釘を装着したような代物がすばらしかった。残念ながら彼女はグラインダーを利用した加工の前に敗北したが、刀身をハンマーで形作る彼女を下から写したショットはいろいろな意味で素晴らしかった。

 ただ、第二回の「クロスボウ」編がどうもいけなかったようで、基本的にナイフか銃のどちらかしか作ったことのない参加者へのお題には厳しすぎたらしい。見ている側も技術のつたなさにはらはらさせられ、案の定クロスボウの設計から作業を開始した参加者は銃とは全く違うクロスボウの土台と、発射機構に四苦八苦し、最終試験ではまさかの修理タイムが与えられるという惨状を見せてくれた。以降、参加者がナイフを得意とすれば刃物を中心としたお題を、銃が得意ならば土台から作成する型の銃をとお題に冒険はなくなった。かといって番組はその魅力を落とすことなく、クセの強すぎる参加者とアクの強い審査員、そして試験係のニックさんの奮闘で数々の武器が往年の姿を見せつけてくれた。先週の「フリントロック式グレネードランチャー」は「素の命中率が低い」ことを加味した採点で、自重音を毎日18時に吐きながらきっちり仕事をした方に勝利が与えられたのは印象強い。

 幸い、この番組はシリーズ「1」とのことなので、シリーズ「2」の放映を心待ちにしたい。ついでに第一回のアックスピストル編をもう一度放映してくれれば御の字だ。
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:マシュー・ボーン『白鳥の湖』 新演出版 所感

2019年07月21日 | コラム
 マシュー・ボールのスワンは鳥と人をわけることがばからしくなるあわいにいた。眠る王子の夢枕に現れて両腕をしならせ、ゆったりと翼をはためかせるわずかな合間に、そのスワンは王子の運命のように現れた。2014年、2010年の日本公演の力強いスワンから、白鳥の形をとった「スワン」という別のなにかのように、王子はスワンの夢を見る。

 目覚めてからの王子は変わらぬ駄目っぷりで、気持ち誰かに「すがる」姿が強調されているように感じた。たとえば母親である女王の手を、男としてではなく子供のように頬へ当てようとする仕草は言葉を選ばずにいえばオーバーに何度も繰り返され、身振り手振りはわがままを言う子供そのものだ。常に無償の愛を欲して叫び続ける彼と周囲のずれがマシュー・ボーンの『白鳥の湖』の芯のひとつだろう。

 打算からでも自分にあからさまな好意を向けてくれたガールフレンドの虜になっても、彼女を母親から否定され、酒におぼれるポーズをしても母親は彼の子供らしい甘えを許さない。母親をあきらめて酒場で探し当てたガールフレンドも近習の執事から金を握らされ、王子を袖にする。失望と諦めにかられて白鳥の湖(看板の「えさをあげないでください」も健在)に入水を決行しようとしたその時、美しいスワンに王子は目を奪われる。この少し前、酒場の看板に描かれた白鳥がCGで飛び立つ様子が投影され、王子はそれを追いかけて右往左往するのだが、個人的には王子が見ている幻をCGで直接示されるよりは、目線から幻の白鳥を追いかけてもよかったのではないか、と思う。これをはじめとして王子の目線をわかりやすくした細工が気持ち増えたように感じた。

 かつて観たジョナサン・オリヴィエのスワンが、人間が跳んではいけないような高く力強い跳躍と全身を使って「鳥」で会ったのに対して、新しいスワンはなにものかがわからない。周りに白鳥を従えた白鳥の姿をしたなにものかが、王子の出会ったスワンだった。鳥になってしまう少し手前にとどめるような跳躍と、なめらかな身体のさばきかたで、人でも鳥でもないものでいようとするような、とにかくそうした生き物だった。ごく自然に王子へ少しずつ翼で触れるとき、指先をまっすぐにそろえつつ手の甲から先の腕が常に弧となるような羽ばたきが、人の関節を忘れさせる。スワンの翼に何度も触れて踊る王子は一時の喜びに包まれて、死ぬことをあきらめてしまうのだが、「ストレンジャー」の登場を知っているとその天上の喜びはしごくはかないものである。

 たった一夜のスワンとの邂逅はそれからの王子の心の支えとなるはずだった。だから、スワンと瓜二つのストレンジャーが現れたとき、王子はまったくこわれてしまう。

 このストレンジャーも、たばこやお酒、腕力で各国の姫君の集う優雅な場を支配する「男」から、妖魔のようにそもそもの正体がわからない悩ましいものへと変わっていた。それはマシュー・ボールという人の味かもしれない。各国の王妃たちと交互に踊りながら、王子が見ていないときに目線を常に彼へと向け、王子がストレンジャーを見ている時は目を合わせず、二人の目が合った後のデュエットはたくましい子供のような王子をあやすようにあしらいながら、最後の最後で王子へ銃を向けるところまで、歌舞伎の女形が荒事を演じるようなアンバランスなつやっぽさを崩さなかった。

 母親のまぼろしに現実で責められ、夢ではあのスワンが他の白鳥に奪われ、大切なものを一挙に失う王子とスワンの過程ははっきりと美しい。行き場のなくなった王子を抱えるスワンは、かつてのスワンよりももっと遠くの方へ王子を連れて行ってしまった。そう思わせるほど、スワンという名前の「なにか」が、大きく物語を変えた演出だと思う。
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・うっかりもの机

2019年07月13日 | コラム
 唐突に勤め先の上司が言い出した単語に我々は一瞬固まったのではないかと記憶している。「認知症倶楽部だ」上司は再度はっきりと繰り返した。健康診断でよくわからない値が出たおかげかしばらく前からコーヒーから白湯に切り替えた上司は、今しがた電子ポットから注いだお湯をにやにやしながらすすった。「認知症ですか」「そう、認知症。つながらないでしょ、会話」「いや、一応聞こえてはおりますが」隣と向かいと斜め向かいの先輩方はお愛想笑いと苦笑いと混乱がほどよく入り混じった表情で部長を見上げていた。仕事の波は比較的平穏で、そろそろ引退の近づいた部長は仕事を順調に減らしながら空いた時間で我々をからかうことが気持ち増えている。
「ほら、……だよ」
 パーテーションと先輩の頭越しに私へ声がかけられたが、よく聞き取れなかったので「まあ、そういうことでしょうね」と危うい単語で返答した。「それだよ、認知症」部長は嬉しそうに笑った。「認知症じゃありませんよ」と、隣の先輩が笑い交じりにつっこんだ。「いや、認知症なんだよ」部長は譲らない。「会話が互いに食い違うでしょ、聞いていないってことなんだよ」なあ、とこちらへしっかり合わせられた目線はいたずらっぽく輝いていた。
「こればかりは人間にしかできないぞ」「何でそんなに嬉しそうなんですか」まともに切り返す姿勢に入ったのは私だけだった。他の先輩は私と部長のやり取りをおかしがっているような気配がする。部長はまたもにやっと笑った。
「面白いからだよ」
 趣味で部長はAIを育てている。認知症倶楽部と呼び出す前はアイドルの画像をインターネットで拾い集めて人間の画像認識システムを育てていたが、肖像権云々ではなく「あきた」の三文字で人間はやめて次は犬猫の写真に移行し、これも「あきた」と、今度は画像認識のプログラムを組み込む過程で使う技術を応用して「暗視カメラ」なるものを作り出して専門家から問い合わせが来た、と喜んでいた。そうした静的なやりとりにも「あきた」のだろうか、突如として部長の脳裏にひらめいた「認知症」というテーマにのっとり部長はよく給湯室のポットの往復路に近い我々にちょっかいを出す言い分を作り上げたのだろう。言われ続けていると本当になりそうで恐ろしいものだが、ささいなうっかりを「認知症」とほのかに笑って済ませる習慣は、互いのこの先を少しだけ笑い飛ばせるようで個人的には心中、気に入っている。
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