それなら仏法を国の中心にセットしたらどうか、これが、なかなかの難題なのだ。
古代の日本の試み、成功したのか、蘇我や大伴さらに物部の豪族が蟠踞する西日本に、天皇中心の律令体制をデザインしたが、もうひとつ、普遍性・全体性の必要性を求めて大乗仏教を採用するが、これは、平安の仏教者から「仏法の悪利用」と批判される。
この国に強いのは、やはり、村落共同体の文化と伝統、だから、ともすると、
「共同体維持のなれあい宗教」
この国にあっては、集団・組織が強く個人が弱い、個人が育たない・育てない。
明治の初期、新しい日本の土台を何にしようかという会議が開かれた、当時のアメリカ・ヨーロッパの発展にはすばらしいものがあり、一日に何千枚の服を製造する工場、轟音を立てて疾駆する機関車、空を飛ぶ電信そして缶詰が発明されたのは普仏戦争か、これらはキリスト教の国々、だから、
「いっそ キリスト教の国にしようか」
「それは あんまりだ」
一人が、
「仏教は どうだろう」
すると、
「仏法は 精妙なれど 僧侶は人間なり」
よく分かっている、明治の男のエスプリはホンモノだ、国を乱す原因は仏教教団と僧侶たちだった。
ここに、究極のジレンマがある、釈尊の悲しみが伝わって来る、そして、明治の日本は、天皇中心の政体をセットし、統治権(行政)と統帥権(軍事)のトップに天皇陛下を据えるが、これをコントロールするのは、とても常人技ではなく、ひとり、明治天皇の英邁な資質と果断な決断によってのみ可能であった。
だから、その時から、この国は、みずからの内に、分裂と崩壊の種子を蔵し、昭和になだれこむ。